中国の南京にはミステリ専門の書店がありました。2014年にオープンした『館・夜行』という書店は5000冊に及ぶミステリ関係の書籍を置いてあり、定期的に読者の交流会等イベントを行っていたようですが、2016年の5月に業績不振を理由に閉店してしまいました。

 これが南京ではなく上海や北京だったら出版社や作家と提携してサイン会とか上手くやれたのかと思いますが、年々高騰する家賃の問題があるのでそれも難しそうです。近年、実体書店(ネットで書籍を販売するネット書店に対して実際にお店を出して本を売っているいわゆる普通の書店の呼び名)の閉店の話が多く取り上げられるところにミステリ専門書店のオープンは本の虫たちを喜ばせるニュースでしたが、たった2年も経たずに閉店してしまうとは……書店も一芸だけでは生き残れないということなのでしょう。

 この書店の閉店理由は売上が悪かったからですが、もし単純にミステリ小説の読者が多ければ閉店を免れたのでしょうか。私は最近中国の中高生と知り合う機会がありましたが「中国にミステリ小説なんかありますか?」や「中国ミステリはどれもつまらないです」という厳しい反応ばかりもらって、改めて日本や欧米ミステリと比べて中国ミステリの知名度が如何に低いかという事実を思い知らされました。

 子どものうちからミステリ小説に慣れ親しむことは大事ですが、それよりもまずは中国産のミステリがあるということを知ってもらう必要があります。そして中国にも子ども向けのミステリ小説があるということを私は声を大にして言いたいです。

 そこで今回は腹いせの意味を込めて中国の児童書ミステリを紹介したいと思います。

 ちなみに今回は作品のネタバレがあります。また作品の日本語タイトルは全て筆者による仮訳です。

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 克隆神偵孫吾空(クローン探偵孫吾空)シリーズは一冊100ページもない児童書です。2016年6月の時点で4冊の本が出版されていて私はそのうち2冊を読みましたが、1冊目の『幻影追踪』(訳:幻影の追跡)(2016年)はミステリ成分が薄く世界観の説明に多くを費やしていますが、2冊目の『神秘的遺物』(神秘的な遺物)(2016年)は一転して少年探偵の登場、殺人事件の発生までを描いています。

 物語は西暦2060年、動物が人間のような生活をしている科学の発達した星で犯罪を取り締まるために斉天大聖孫悟空の毛髪を使って作られたクローンこそ主人公の孫吾空で、高い知能と捜査能力を持つ警察官として活躍することになります。

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 どうでもいいですが、この挿絵はもうちょっとなんとかならなかったのでしょうか。

『神秘的遺物』では漫画家のカラス貝さんが遺した財産を知らずに託された金魚先生の周りでカラス貝兄妹やウナギさんが暗躍し殺人事件まで発生するというお話で、登場人物を人間に置き換えたら普通のミステリ小説にありそうな展開です。

 しかしトリックは動物キャラクターでなければできないもので、犯人が被害者にプレゼントしたマフラーの正体が実は電気ウナギさんで被害者を感電死させたというトリック、死体の正体が電気ウナギさんかと思いきや容姿がそっくりなウナギさんだったという入れ替えトリックには微笑ましい気持ちにさせられました。

 また本作の舞台は中国ではないのですが作品の背景には現代中国の社会事情が描かれています。『幻影追踪』は両親が共働きで家事は全てロボット任せになっている家庭で育ったアライグマの子どもが自分は両親に愛されていないと思い込んで家出をするという話なのですが、そこで留守児童の肯定と言うか両親が家におらず外で働くことが子どもへの愛情表現であるということが書かれ、まるで読者である児童へ向けてメッセージを発しているように見えます。

:親が出稼ぎに行っているため祖父母や親戚に育てられている子どものこと。近年では保護者なしで兄弟4人で生活していた子どもたちが農薬を飲んで自殺する事件や、生まれてから両親と一回も会ったことがないという少女が15歳で妊娠しネットを騒がせた事件、親戚による虐待など多くの問題が可視化されている。)

その他の児童書ミステリについて

 本コラムで幾度も取り上げている100年間の中国ミステリをまとめた『百年中国偵探小説精選』のうち9巻と10巻は児童ミステリのみ収録されています。厳霞峰『大偵探鼻特霊』(1995年)(訳:大探偵ビタリン)も動物を擬人化させた小説で、名前にもある通り鼻がよく利く犬の名探偵・鼻特霊が強盗や殺人事件、果ては麻薬密売からハイジャックまで防ぐという八面六臂の活躍をします。少年探偵シリーズでお馴染みの楊老黒『少年大解救』(2009年)(訳:少年大救出)は現実の事件を小説化させた話で、誘拐されてずっと犯罪行為を強いられている子どもたちを楊小白ら少年探偵グループが救い出します。公安に在籍していた作者らしく中国が解決しなければならない社会問題をテーマにしています。

そして海外の児童書ミステリで最近中国語版が出たのはスペインの作家 Ana・Campoy『阿加沙少年偵探所』(2016年)(訳:アガサ少年探偵所。原著のタイトルは不明)です。おそらく日本でもまだ翻訳されていない児童書でしょうがアマゾンなどですでに高評価を得ています。

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 大きな書店の児童書コーナーやアマゾンにはミステリ小説が意外と多く置かれていることに驚かされます。それは江戸川乱歩の少年探偵シリーズであったり、中国産の上述以外の児童書であったり様々ですが、中には子ども騙しでつまらない作品もあるでしょうし、そういう本しか読めなければ「中国ミステリはつまらない」と思い込んでしまうでしょう。ですが例え児童書しか読んでいなくてもその存在を知っていれば「中国にミステリ小説なんかあるのか?」と疑問に思うことはなくなるでしょう。そして子ども時代に目を肥やした中国人の方から中国ミステリをオススメする時代が訪れるかもしれません。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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