赤毛と赤い長靴の女の子に惹かれてジャケ買いした1冊です。オーストラリア発のベストセラー、版権も25カ国に売れているそうですので、邦訳も出るかな? と思いますが、たまには、人が疑わしい状況で死なない本を紹介しましょう。赤の他人の幼い少女、おじいさん、おばあさん(+マネキン)のわけあり逃避行。ブルック・デイヴィスの『Lost & Found』です。

 怪しい死はないけれど、のっけから、主人公の7歳の少女ミリーが死んだものリストを作っている、という描写。飼い犬を亡くしたことがきっかけだったのだけど、3カ月前にパパがそのリスト入りします。ミリーは絶望するママに気を遣って生活していたのですが、ある日デパートで待つよういいつけられ、置き去りに。読者にも理由はわからない。ミリーは大人に助けを求めようとは思いませんでした。本当は帰り道だって知っている。けれど、ママは約束を守るはずだ、がっかりさせたくない、とデパートでこっそり寝泊まりして待つことに。うまく立ちまわっていたミリーですが食料が底をついてしまいます。

 そんなとき友達になったのが、デパートのカフェで時間を潰すカール。キーボードがない場所でも、いつでもどこでもエア・タイピングする癖があり(なぜ? その理由が素敵)高齢者ホームから脱走してきた87歳。ラブラブだった妻といつも一緒、家から半径20キロを越えて出かけたことのないカールの結婚生活は地味ながら穏やかでしあわせな記憶に包まれていますが、妻に先立たれ、いったんは一人息子の家に引き取られたものの、結局ホームに、そして閉塞感に耐えられず飛びだすことに。飄々としたカールと幼いながら落ち着いたミリーは80歳の歳の差を越えて馬が合ったのですが、ついにデパートの人に見つかってしまい、福祉局に引き取られることを嫌がるミリーを逃がしたカールには厄介なその後が。

 仕方なく、ママのいない自宅に逃げ帰ったミリーを観察している人がいました。むかいの家のアガサです。世間からは変人と呼ばれる82歳。7年間、一歩も外に出ておらず、庭は草ボーボー、家には蔦が絡まりまくり。ひとりごとを叫んで生活していて、ほぼすべての文章が感嘆符つき。毎日のスケジュールが分刻みで決まっていてる彼女の1日のハイライトは、窓から蔦の隙間越しに歩行者をながめては、政治的に正しくない本音だけをどなりつける時間帯。こうなる前は夫と暮らしていました。初夜にはびっくり&がっかりで(このへんの描写、笑えて仕方ない)とくに可もなく不可もない結婚生活を送り、もともと愛想のいいほうではなかったけれど、7年前、夫の葬儀後、歳を取ることには悲しみしか伴わないのだろうかと感じるといたたまれなくなり、近所の人たちからのお悔やみのキャセロールやサンドイッチを見ていると「自分じゃなくてあなたに起こった不幸でよかった」という声が聞こえるように思ってプチッとなにかが切れた。

 こんな3人(+マネキン)がミリーのママを見つけるためにどうかかわり、どう動くのか、というところから本格的に話は転がりはじめます。まじめ少女とちょいワルに目覚めたじいさんとばあさんの話が面白くならないはずがない。

 テーマは死による喪失と生の象徴としての性。喪失への反応は三者三様。幼いミリーは大人の本音と建前の矛盾を見抜きながら冷静に状況を分析し、生き物はみんな死ぬ、というのを受けとめる。カールは生に執着することで乗り越えようとする。短パンを穿いて歩いてやりたい、まだまだ女性にラブレターを書きたい、スカートを脱がせたい、と。アガサは怒りをぶつけることで。この口の悪さには爆笑必至なんですが、笑いながら、彼女の痛みが突き刺さってきてそのうち泣けてくる、という按配。老齢のふたりの背景は正反対といってもいいものですが、狭く生きてきた、という共通点があり、そこからの解放にもなっています。危ない場面を何度も切り抜け、世間は子供や老人に目もくれないから好き勝手に動けるのだ、というのはともすれば陰鬱な皮肉になると思うのですが、文章的にはカラッとしているのです。テーマは重いですが、コミカルで色鮮やかな読み心地が一番の特徴。海外のレビューで日本のコミック的で現実離れしているという言葉も見かけました。たしかに、実際にはこれはむずかしいかもという、なかなか重要な場面もありますが、そこが逆にいいんじゃないかな。

 著者ブルック・デイヴィスはオーストラリアの南西部出身、現在30代なかばで、本書が長篇デビュー作。キャンベラ大学、パースのカーティン大学博士課程在学中から、文学新人賞関係の受賞歴があり、本書はその博士課程で執筆したもの。もともと登場人物のひとり、カールについての「Karl the Touch Typist」という短篇があり、そちらを下敷きにしたようです。着想はデイヴィス自身のお母さんが事故で急死し、自身が経験したこと。

 ミリーは無事にお母さんに会えるんでしょうか? 人生はつらく、ありはしない答えを求めて七転八倒するけれど、ときに、たまには、なにかが見つかることもありますね。

三角和代(みすみ かずよ)

デパートに泊まるなら高反発マットレスのいいのを試したい。訳書にアンズワース『埋葬された夏』、テオリン『夏に凍える舟』、パウエル『ガンメタル・ゴースト』、ザン『禁止リスト』、カーリイ『髑髏の檻』、ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ』シリーズ、カー『テニスコートの殺人』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、プール『毒殺師フランチェスカ』他。ツイッターアカウントは @kzyfizzy

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