杜の都を覆う満開の桜もその花弁を徐々に散らしはじめ、葉桜へと変貌を遂げつつある4月中旬の土曜日。もはや我が会ではお馴染となった戦災復興記念館の一室において、第25回せんだい探偵小説お茶会が催されました。

 この度の課題書は黄金期の巨匠ディクスン・カーによる『白い僧院の殺人』(本書の執筆に際してはカーター・ディクスン名義を使用)。“雪の密室”を扱った古典的佳作です。この課題書と軌を一にするようにこの日は季節外れの猛吹雪に……見舞われることもなく(笑)、穏やかな気候の下絶好の読書会日和となりました。些か時期を失した感は免れませんが、ここはひとつ舞う花弁が雪の代役を果たしてくれたということでご勘弁を願いたく思います……我ながら苦しいのは承知しております、はい。

 この度の読書会の参加人数は15名。宮城、山形、福島からお集まりいただいたのに加えてサプライズ、なんと別件で仙台を訪れていた札幌読書会の世話人Aさんが急きょ足をお運びくださり、1道3県にまたがる参加者を迎えての堂々たる盛会と相成りました! かねてより我が読書会ではクイーンの課題書は(主にある1人のメンバーの瞠目すべき熱意により)頻繁に扱う一方、昨年暮れまでカーは一度も取り上げられたことはなく、会中のカー派は内心密かに「ぐぬぬぬ」と切歯扼腕して……いたかはともかく(笑)、この不遇の時を経て昨年の12月には遂に初のカー作品『ユダの窓』読書会が開催され、更に時を置かずして今回に及びこの盛況ぶり。「やはりカーこそミステリの帝王! すわ下剋上の刻来れり、いざいざ!」と内心カー好きの私が増長してしまったのもむべなるかなと存じますが(何故時代小説調?)、これが愚かな早合点であることに気づくのにさして時間は要さなかったのであります……。

 さて、まずはレジュメとメンバーの方々に持ち寄っていただいたお菓子が配られる処から始まるのは我が会の恒例ですが、今回持ち寄られたお菓子はAさんがご持参くださった札幌銘菓「白い恋人」はじめ、判で押したようにホワイトチョコ系ばかりという結果に(笑)。“雪”の密室を扱った作品で序盤に毒入りチョコレートが送られる事件まで発生するとなれば、やはり皆さん考え付く処は同じだったようです。他人ごとのように書いていますが、ホストが持参したお菓子もご多分に漏れずアンテナショップで購入した北海道産ホワイトチョコでありました。商品が誰ともバッティングしなかった時は心底ホッとしたものです。

 そんな中、一際異彩を放ったお菓子はご自身大のカー・ファンでもあられる福島読書会世話人・諸葛亮証明さんがお持ちくださった二本松銘菓・御菓子処日夏の最中。日夏(H)の最中(M)ということで、H・M卿が活躍する本書にちなんだお菓子としてお持ちくださったとのこと。この諸葛亮さんの説明に、同じくカーに一家言を持たれる我が読書会重鎮Tさんは「うーん」と首を傾げておられました(笑)。ああ、さっそくカー派の結束が崩れていく……。

 そんなこんなでお菓子とレジュメも行き渡り、各々の自己紹介へ。名前、好きな作家、最近読んで印象に残った本、等々。そして“カー作品についてどう思うか?”という質問にも答えていただきました。普段の読書会においては、課題書の作家の作品を「(読書会の為に)初めて読んだ」「課題書しか読んだことない」という参加者の方が何人かいる場合が殆どなのですが、今回に関しては参加メンバー全員が事前に何らかの形でカー作品に触れたことがあるとのことで、(賛否は分かれましたが)1人も余すことなくカーへの印象を述べていただけました。古典が読まれなくなったと叫ばれて久しい昨今にあって尚これだけの既読率。やはりミステリファンの間でカーは依然避けて通れない作家なんだなあ、とその存在感を改めて実感させられた気がしました。思えばここが今読書会におけるカー評価のピークだったかもしれません。

 そうした自己紹介も終わり、いよいよ課題書の感想を1人ずつ述べていただく段となりました。

 以下、発表された感想を羅列しますと、

「合わなかった」

「(キャラクターが)誰が誰だか区別がつかなかった」

「長すぎる、もう少し短くまとめてほしかった」

「読みづらくて読了までに時間がかかった」

「文章が(読みづらくて)頭に入ってこなかった」

「H・M卿登場までが退屈でツラい」

「論理的だがクイーンならもっと上手く書ける」(どなたのご発言かは記すまでもありませんね・笑)

「建物の構造やキャラクターの動きなどが分かりづらく、状況を理解するのが大変」

「リアリティがない」

 等々……もう、惨憺たるものです(苦笑)。ホストとしては「かつてここまで不評が噴出する課題書があっただろうか……」と、思わず遠い目になりかけました。

 とりわけ「読みにくい」「中盤が退屈」という2つの感想が多く、カーマニアの方々含めほぼ全員が述べていたのではと思います……確かにホストも読書会に備えて読み返した際、「あれ、こんなに中盤読みにくい作品だったっけ……?」と面喰ったものでしたが(笑)。この件に関しては「(解決までの)話に起伏がなく平板で、キャラにも面白味がないから」「カー得意のオカルト要素がないから」などの分析が寄せられました。また「カーだから読みにくいのは仕方ない!」という擁護(?)の声も。

 唯そんな中にあってやはりメイントリックそのものへの評価は高く、「この時代としては斬新!」「トリックによって状況がひっくり返されたのは感心」といった好意的な感想が多く挙がりました。またカーは全作読んでおられるというAさんからは「カーは長編では全部で5つの足跡トリックをものしているが、その中で最も綺麗に決まっている」とのご意見もいただきました(一方で「(トリックが)行き当たりばったりだ!」という声や「このトリックが実行されたなら現場に○○が残ってないのはおかしい」といった矛盾点への言及もありました)。

 更に探偵役であるH・M卿の破天荒なキャラクターは大変好評で、「H・M卿が登場してから一気に頁が進みだした!」と言う意見が大勢を占める結果に。これと併せて「もっとはやく登場してほしかった!」という声も(笑)。無味乾燥な物語の中にあって一服の清涼剤ともいえるユーモラスさが人気の理由なのか、ともかく卿のファンであるホストとしてもこの好評ぶりは望外の喜びとなりました。

 上記のような幾何かのフォローはあったものの、殆どの方の本書の総合的な評価は「合わなかった」か「普通」というものでした。序盤から不評続きの流れは一向に変わらず、途中「普通だった」という感想が立て続けに起こった時は、それでホストが「盛り返してまいりました!」と実況してしまった程(笑)。カーを制覇ないしはほぼ制覇しておられるという重鎮の方々まで評価が芳しくなく「普通」止まりで、これは課題書を選定した私の責任問題に発展しやしないかと内心冷汗ものでしたが……。

 そんな中、唯一肯定的な声を挙げてくださったのが感想発表のトリを飾られた諸葛亮さん。それまでの不評の流れを一掃せんばかりに「(初読時に)読み終わって「あっ!」って声を挙げた初めての作品」「作中の状況を成立させる為に要素を重ねるに重ねたカーの手腕はすごい!」「この解決は美しい(某ドラマの決め台詞風)」と絶賛の嵐。更には(日本人キャストで)実写化する際のキャストまで考えてくださり、マーシャ・テート=藤原紀香、H・M=西田敏行……これ以降はネタバレになるのでオフレコとのことです(笑)。氏が『白い僧院の殺人』のファンということは以前から窺っておりましたが、その言を裏打ちしてあまりある、本書へ注ぐ愛情の深さがひしひしと伝わってくる熱弁でした。ホストも1ファンとして拝聴して感激するとともに、「否定的意見だけで終わらなかったー!」と密かに胸を撫で下ろしました(笑)。

 一通り感想を述べあった後は作品に関する四方山話。作中の事件が60年代に現実に起こったシャロン・テート事件を連想させるという意見や(もちろん現実の事件の方が後で小説のモデルということはありません)、「原文が古臭いので訳には工夫が必要では?」といった提言も発信され、尚活発な話し合いは続きました。

 ここで話は前後しますが、実は感想発表の際各参加者の方に「本作以外でおすすめの“足跡のない密室”を扱った作品はありますか?」という質問をホストから投げかけていました。この回答の中で複数人が挙げたのは(以下著者の敬称略)チェスタトン「翼ある剣」、横溝正史『本陣殺人事件』、有栖川有栖「人喰いの滝」、そしてカー(カーター・ディクスン)の『貴婦人として死す』といった顔ぶれ。特に「翼ある剣」『本陣殺人事件』の人気は高く、さすが東西両巨匠の面目躍如といったところでしょうか。他に登場した名前は島田荘司『斜め屋敷の犯罪』、高木彬光『白雪姫』、フレドリック・ブラウン「笑う肉屋」、麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』等々。まだ読んだことのない作品も多数紹介していただき、密室中毒のホストはホクホクでした(笑)。皆さんありがとうございました!

 そうこうするうちに時間となり、無事閉会。今回皆さんの感想を拝聴して思ったのは、「やはり見事なトリックだけでは読者の心は掴めないんだなあ」ということ。『白い僧院〜』のトリックに関しても概ね好評だったかと思いますが、それでもその周囲を彩る物語が平板だった為に作品全体としては不評が大勢を占める結果に落ち着いたように見受けられます。私はどちらかというと(ミステリに関しては)“トリックさえ良ければ後はおまけ”と考えてしまう傾向のある人間なので、ミステリにも様々な見方があって奥行が深いものであることを改めて教えられ、眼を開かれた心持ちがしました(逆にトリックしか視てないからこれまで他の方々には好評な課題書でも1人だけ不平満々だったりしたのかな、と我が身を振り返って視野の狭さを反省してみたり・笑)。

 ただ課題書は不評極まれりだったものの(苦笑)、それで会の雰囲気が悪かったかというと決してそんなことはなく、終始和やかなムードで楽しくお話ができたのではと思います。やはり「本を読んで大勢で意見を交わし合う」という行為そのものが(普段中々機会のないことでもあり)とても魅力的なものであって、だからこそ読書会という場にこれだけ多くの方が集ってくれるのでしょう……と、これは会後の懇親会で諸葛亮さんが仰られたことの受け売りですが(笑)。課題書の内容如何でその楽しさが減じることは些かもないのだということを今回改めて実感するとともに、読書会という“空間”の貴重さを再認識させていただきました。決して課題書選定の責任逃れをしているわけではありませんので、ご理解いただきたく。

 素晴らしい時間を共につくりあげてくださった皆さんに感謝の意を伝えつつ、今回は筆をおかせていただきます。

 余談ですが次回の我が会の課題書が『葉桜の季節に君を想うということ』なのですが、葉桜に言及した冒頭を書いたのはその情報を聞く前のことで、予期せぬ仄めかしになってしまったことに自分でもちょっと驚いています(笑)。もちろん冒頭を書いている時に彼の作品が頭を過っていたのは言うまでもありません。

(執筆者・73番目の密室)

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