全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! おうちで映画鑑賞も悪くはないのですが、スカッとするアクションを安心して大スクリーンで観られる日が一日でも早く来ますように。というわけで今回は、天才スナイパーが恐るべき陰謀に巻き込まれるダイナミックなミリタリーサスペンス、ニコラス・アーヴィング&A・J・テイタ『狙撃手リーパー ゴースト・ターゲット』(公手成幸訳/ハヤカワ文庫)をご紹介します。
アフガニスタンのカンダハルでターゲットを狙っていた合衆国陸軍最強のスナイパー、ヴィック・ハーウッドは、敵の急襲で大けがを負い、任務を果たせぬまま帰国することになります。幸いけがは治ったものの、戦闘のさなかにスポッター(観的手)でまだ十九歳の相棒サミュエルソンが行方不明になり、生死が確認できないことが心に重くのしかかっていました。
レンジャー隊員である誇りを忘れず、日々の鍛錬に精進することで目覚ましい回復をとげたハーウッドには、心の支えとなる恋人がいます。女子エアライフル金メダリストのジャッキーです。ライフルの腕はもちろん、精神的にも肉体的にも優れた資質をそなえたジャッキーとの交際で、襲撃のショックから立ち直りつつあったある日、ハーウッドの目と鼻の先にある陸軍基地で将軍が狙撃される事件が発生します。その暗殺事件こそが、国家を揺るがす大事件の始まりだったのです。
自分の庭ともいうべき場所で司令官が殺された前代未聞の不祥事に、軍はFBIにも捜査を依頼したところ、ハーウッドが関与していた証拠が次々にあがってきます。わけもわからず逃亡者となったハーウッドですが、帰国してからもときたま起きる記憶障害に、自分の身の潔白に自信が持てずにいました。必死の逃亡を続ける彼をあざわらうかのように、犯人は次々と犠牲者に照準を合わせます。
三か月で三十三度の狙撃を成功させ、“ザ・リーパー(死に神)”というニックネームを持つ狙撃手のハーウッドには、チェチェン人の傭兵バサエフという宿命の敵がいます。カンダハルでのターゲットだったバサエフを仕留められなかった上、相棒を生死不明のまま置いてきてしまったことがハーウッドを苦しめていたのですが、そこには悪魔的な事実が隠されていました。本書ではこの宿敵以外にもハーウッドが戦わねばならない相手が次々と登場し、途中から、ある人物がハーウッドの勇気を奮い立たせることになります。
ではお待ちかねのバディ要素はというと、“すべてのレンジャー隊員の心に深く染みこんだ非公式の掟(原文ママ)”である、“女より友を優先”を実践するスナイパーとスポッターに決まってるじゃないですか! ……と言いたいところですが、サミュエルソンは行方不明。でもご心配なく! もう一人最強のバディが登場します! その人こそは、過去三十五年間にアメリカが関与したほぼすべての紛争の戦闘に従事し、金色の星が四個並ぶ勲章を持つにもかかわらず昇進を一切拒んできた歴戦の勇士で、兵舎内に特別の住居を持つ部隊長最先任上級曹長マードック(結婚歴なし)。身長7フィートの筋肉隆々のスキンヘッドで、レスリングをしていた大学時代にWWEの誘いを蹴ったという強烈な経歴の持ち主です。部隊内では絶大な信頼を寄せられており、容疑者となったハーウッドの力になってくれます。
そしてもう一人の要チェックキャラが、FBIの特別捜査官ブロンソン。ハーウッドと同じくアフリカ系アメリカ人で、体形を整えるエクササイズに余念がなく、ゼニアのスーツでびしっとキメて、部下に自分のマッチングサイトを管理してもらっているという、ちょっとチャラい系かと思いきや、実はこの人も海兵隊あがりで、「命令するだけで度胸はかけらもない指揮官たちには我慢がならなかった」と断言しており、自分のチームから頼りにされている有能なボスです。
彼らのように個性あふれるキャラクターが、敵味方ともに続々と登場し、一難去ってまた一難の手に汗握る逃亡劇、闘うごとに相手が強大になるかのような怒濤の展開で、五百ページ弱の長さをまったく感じさせません。
作者の一人アーヴィングは元アメリカ陸軍特殊作戦コマンド第七十五レンジャー連隊所属の敏腕スナイパーで、“ザ・リーパー”とは実際に彼につけられたニックネームでした。除隊後に作家となり、出した自伝がベストセラーになりました。もう一人のテイタも元アメリカ陸軍准将の経歴をもつ軍事アクション小説家で、本書がベストセラーとなった翌年に、本国では同じく共著の続編が刊行され、今年の七月には第三弾が刊行予定だそうなので、ぜひ続きも読みたいところです!
アーヴィングがミリタリー・アドヴァイザーを務めたAmazonオリジナル映画『ザ・ウォール』が現在も配信で視聴できます。監督は『ボーン・アイデンティティー』のダグ・ライマンで、主演は『ノクターナル・アニマルズ』のアーロン・テイラー=ジョンソン。
二〇〇七年、イラクのパイプライン建設地で二十二時間見張りについていた米軍スナイパーのマシューズ(ジョン・シナ)は、敵の気配が無くもう安全だと判断し、持ち場を離れて襲撃のあった敵側の朽ちかけた石壁のまわりを調べにかかると、突然どこからか銃弾が放たれ、彼は倒れます。スポッターのアイザック(テイラー=ジョンソン)はパニックを起こしかけたものの、なんとかマシューズを助けようと行動を起こすのですが……。
ここで紹介しておいてどうかと思いますが、実はこの作品、かなりキツいです。といっても映画自体の出来が悪いのではなく、むしろとてもよくできた脚本のため、後に引きずってしまう恐れがあるんです。〇〇のような、と書いてしまうと勘のいい方は展開が読めてしまうのでそれは避けますが、心が弱っていたりとか、気分が落ち込んでいるような時にはあまりおすすめできません。ただ、スナイパーとスポッターの役割や装備などはアーヴィングのアドヴァイスでリアルな描写になっていると思うので、そのあたりに興味がある方はご覧になってみてはいかがでしょう。もしくは、私は観終わった後で考えたのですが、この映画を観てから本書を読んだら、本書が映画の続きのように思えてショックがやわらぐかもしれません。読んでから観るか、観てから読むか。うーむ、自分としてはやっぱり後者ですねえ。
♪akira |
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「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。 Twitterアカウントは @suttokobucho 。 |