みなさま、こんにちは。

 都知事選が終わり、いよいよ今週からリオデジャネイロ・オリンピック。そういえば高校野球も開幕しますね。バタバタしているうちに八月はすぐ終わってしまいそう。夏休みの宿題は早めに済ませましょうね。そう言うわたしは夏休みの宿題といえば、最初にきっちり計画を立てて、一日のノルマを決め、そのとおりにこなしていけば余裕で終わる予定が、結局ずれこんで八月の終わりに焦るというパターン……ってこれ、まんま今の仕事のやり方といっしょじゃん! 成長してないなあ……

 気を取り直して、七月の読書日記です。

■7月×日

 スポーツは苦手だが、ヨガはわりと好きでつづけている。柔軟性はもちろん、頭がすっきりして集中力が高まるのでオススメだ。ちなみに好きなポーズは猫のポーズと鳩のポーズ。パワーチャージできる朝の太陽礼拝も捨てがたい。

 そんなわたしに朗報が。ヨガ・コージー・ミステリなるものがあるらしい。ダイアナ・キリアンの『死体はヨガのポーズ』だ。

 ニューヨークでマーケティングコンサルタントをしているAJ(アナ・ジョリー)は、ニュージャージー州スティルブルックでヨガスタジオ〈聖なるバランス〉を経営する最愛のおば、ダイアンサが殺されたとの知らせを受ける。現地に急行すると、唯一の遺産相続人であるAJは犯人扱いされ、スタジオのスタッフにも邪険にされ、歓迎してくれたのはおばの愛犬モンスターぐらいだった。そうでなくても夫をまさかの男性(!)に奪われて離婚するという精神的ショックから立ち直っていないのに……

 イケメン刑事も出てくるけど、自由すぎる母エリシアの存在感がハンパない。エリシアは女優で、自分が出演していた探偵ドラマから得た知識で謎解きをしようとするのだ。市原悦子? AJとは確執があるみたいだけど、このふたりがなかなかの迷コンビで、独自の調査をしてイケメン刑事を困らせる。いいぞ、やれやれー!

 AJのもうひとり(?)の相棒となるのがおばの愛犬だったモンスター。なんだかすごい名前だけど、この子が超カワイイの。元気で無邪気な黄色いラブラドルレトリバーで、しっぽを振るとスクリーンドアに当たってバンバン音がするとか、モンスターのいろんなしぐさを思い浮かべるだけで犬好きならごはん三杯はいけます。イケメン刑事には無条件になついちゃうくせに、離婚後もやたらとつきまとうAJの元夫アンディにはなぜか塩対応のモンスター。何か訳があるのでしょうか?

 あとね、?ドガ?って何かわかります? 画家じゃないよ。ドッグヨガだって。犬にヨガをさせるって、ものすごくむずかしい芸を教えるような感じなのかなあ。瞑想とかできるのか疑問。でもドッグポーズは得意かも。

 気になるのは死体がどんなヨガのポーズをしていたのかということ。正解は死者のポーズ(シャバーサナ)でした。まんまですね。てか、カバー裏にも書いてありましたね。もうちょっとひねりがあるとよかった気もするけど、基本のポーズだし、死んでてもけっこうバレないし、時間かせぎになって犯人にとっては都合がいいのかも。英雄のポーズ1とかで死んでると絵になるんだけどなあ……シリーズものなので次に期待。

 ちなみにシャバーサナについては、巻末に丁寧な解説がついています。とっても簡単な究極のリラックスポーズで、エクササイズのしめくくりにこれをやるといつも寝ちゃうんだけど、リラックスしすぎなんでしょうか。

■7月×日

 湊かなえファンに全力でお勧めしたいのが、豪州作家リアーン・モリアーティの『ささやかで大きな嘘(上下)』だ。本書を読めばだれもが思うはず。これは?オーストラリアの湊かなえ?だと。最初の章を読んだだけでそのフレーズが浮かび、訳者あとがきを見たらやっぱり「豪州の湊かなえ」と書かれているじゃないですか! だよね〜! と答え合わせをして安心したあとは、やめられない止まらない。気づいたら上下巻一気読みでした。またもや本年度翻訳ミステリー大賞候補です。

 海辺の町に引っ越してきた、ひとりで男の子を育てている若いシングルマザーのジェーン。

 別れた夫とその妻の子が自分の子と同じ幼稚園に通っているアラフォーのマデリーン。

 待望の末ようやく生まれた双子の男の子の母で、だれもが羨む美貌のセレブ、セレスト。

 ピリウィー公立小学校・附属幼稚園の園ママであるこの三人を中心に物語は展開する。

 園ママたちの派閥。園児同士のいじめ。モンスターペアレント。幼稚園という社会を通して見えてくる複雑な人間模様。それぞれの家庭の秘密。微笑ましいホームドラマのなかに見え隠れする不穏な要素。そしてあるとき、保護者たちの感情が爆発して……

「トリビアクイズ保護者懇親会」で「何か」が起こることは最初からわかっている。その状態でいったん六カ月まえに戻って、そこから懇親会当夜までに、ピリウィー公立小学校・附属幼稚園の園児と保護者たちに何があったのかが描かれ、各章の最後に事件関係者たちの証言がいくつか紹介される。この構成が神。ヒントはたくさん提示されるのだが、どんな事件が起こるのか、被害者はだれなのか、犯人はだれなのか、かなり読みすすむまでわからなかった。わかりそうでわからないじれったさに、どんどん読むスピードがアップしていく。謎をチラ見せしては飢餓感をあおる豪州の湊かなえ。おぬしも悪よのう……

 それぞれまったくタイプのちがうジェーンとマデリーンとセレストのあいだに友情が生まれるのがおもしろい。みんなちがうからうまくいったのかもね。三人のなかではやさしさとたくましさを併せ持つ姉御肌のマデリーンに、友としても母としても妻としても元妻としてもいちばん魅力を感じた。マデリーンがいなかったらジェーンとセレストは友だちにならなかっただろうな。

 世の中にはいろんな家庭があって、いろんな幸せの形があるのだな、とラストはなんだかほっとした。

 湊かなえなのでもちろん映像化もされます。アメリカでTVドラマ化され、シーズン1はこの夏放映だそうです。セレスト役はニコール・キッドマン、マデリーン役はリース・ウィザースプーン、ジェーン役はシャイリーン・ウッドリーで、ゴージャスなうえにみんなイメージぴったり。み、見たい!

 日本でもドラマ化したらヒットしそう。去年やってた木村文乃主演の連続ドラマ「マザー・ゲーム〜彼女たちの階級〜」にちょっと似てるけど。舞台は海辺の町ってことで鎌倉あたりがいいな。キャストを考えるのが楽しすぎる。

■7月×日

 ローリー・ロイの『彼女が家に帰るまで』は、一九五〇年代のデトロイトを舞台にした骨太な社会派ミステリだ。エドガー賞最優秀長編賞の最終候補作にもなっている。

 ローリー・ロイ……どこかで聞いたことがあるような……あっ、こんなところに『ベント・ロード』が! なになに、エドガー賞処女長編賞受賞ミステリ、田口俊樹訳! わああ、師匠、ごめんなさい! 思いっきり積読になってました。

 という諸事情により、『彼女が家に帰るまで』から読ませていただきました。でも単発作品だからいいよね? あ、もちろん『ベント・ロード』も早急に読みますからね、師匠!

 はっきり何年とは書かれていないのだけど、「ソ連の犬」が宇宙に行ったりしてるので、ときは一九五八年ごろ。舞台はデトロイト、男たちは工場で働き、女たちは家事や教会の活動に精を出す白人コミュニティ。だが、近くに黒人たちが住むようになって、白人たちは脅威を感じている。

 ある日、工場に隣接する空き地で黒人女性が撲殺される。その後すぐに今度は白人の若い娘が行方不明になり、コミュニティの人びとは総出で捜索にあたるが、娘の行方は杳として知れない。撲殺された黒人女性のことは、いつのまにか人びとの話題にのぼらなくなっていた。

 黒人の少女と彼女が押す乳母車を執拗に気にするマリーナ。待望の第一子出産間近のグレース。子供を亡くしたことからようやく立ち直りかけたジュリア。三人の主婦がそれぞれ抱える秘密が物語を引っ張るところは、『ささやかで大きな嘘』に似ている。そして、二十二歳の誕生日に姿を消した、中身は小さな女の子と変わらないエリザベス。彼女の不在がコミュニティに不穏な影を落としつづける。そこにジュリアの幼い双子の姪、イジーとアリーが叔母の家で夏をすごすためにやってきて、みんなをハラハラさせながら物語をかきまわす。物語をまわしていくのは女性たち。そしてキーワードは「子供」だ。

 マリーナ、グレース、ジュリア、それぞれキャラが立っていて、それぞれの夫に対する接し方のちがいから、夫たちの性格がわかるのが興味深かった。とくに、つらい経験をしながらも夫を思いやってそれを隠すグレースの強さには胸が痛くなり、読んでいてつらくてたまらない。それが果たして夫のためになるのかはわからないが、すべてを包み込む大きな愛がなくてはできないことだろう。

 とても重い、なんともやりきれない結末で、好みは別れるかもしれないが、すごくいろいろなことを考えさせられたし、読んでよかったと思った。

 どことなくベリンダ・バウアーを思わせる気がするのは、子供に振り回されるからだろうか。ちなみに札幌読書会レポートを読んでいたら、課題図書はベリンダ・バウアーの『ブラックランズ』で、次回の課題図書が本書だった。だからこの二作品が似てるってことではないんだけど、なんか個人的にリンクしていたので「おお!」と思った。

■7月×日

 ミステリには猫がよく似合う。

『少年探偵ブルーノ 猫は殺人事件がお好き』の主人公の少年ブルーノくんは猫をこよなく愛す十一歳。トレードマークは猫柄のニットウェアで、ちゃんと名刺もある。というのも、彼の父親は健康上の理由で最近引退したとはいえプロの私立探偵なのだ。幼いころから父に探偵のイロハを学んでいるので、家業を継いだようなものなのだろう。

 少年探偵ブルーノの対抗馬として思い浮かぶのは、アラン・ブラッドレーの少女探偵フレーヴィアだ。どちらも年齢に似合わぬ聡明さやうざいほどのプロ意識と、子供らしい無邪気さのギャップが魅力の素人探偵である。自前の実験室を持つ化学大好き少女のフレーヴィアが鑑識さながらの科学捜査を得意とするのに対し、スマホを操る現代っ子のブルーノは、愛猫ミルドレッドの首輪に小型ビデオカメラを装着、パソコンで映像を確認するというハイテク捜査だ。探偵としての心得は「猫になったつもりで考えること」らしい。

 ある日、お向かいの家、ブルーノの親友ディーンの家で殺人事件が起こる。なんとディーンの母親が殺され、父親が容疑者として逮捕されたのだ。ディーンくんかわいそう。しかも現場には血染めの猫の足跡が……これって、ミルドレッド? 「家政婦は見た!」ならぬ、「猫は見た!」ってこと? 今こそ小型ビデオカメラが役に立つと思ったのに、愛猫はカメラもろとも忽然と姿を消してしまう。ブルーノはミルドレッドの行方を探しつつ、父の無実を信じるディーンのために殺人事件の調査に着手する。

 かわいい感じの話なのかなと思ったら、意外にもシビア。フレーヴィア・シリーズもそうだけど、完全に大人向けのお話です。ブルーノがすごく大人で、殺人だけでなくDVやレイプやその他性犯罪についてもよく理解しているうえ、知りたいという彼の思いに両親がそれなりに応えてやっていてちょっとびっくり。まあ、父親が探偵というのもあるのでしょう。さすがに警察にはうざがられてるけどね。でも、ブルーノがこの調子で探偵活動をつづけるとなると、心臓の悪いお父さんが心配。危ないことばっかりするんだもの。

 ちなみにわたしもシャム猫柄のワンピースを持ってます。猫柄の服って以外とあるのよ。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。ハンナシリーズ第17巻を訳し終えました。秋に刊行予定なのでしばしお待ちを。そのまえにコージーブックスから新シリーズも出ます。

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