腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

 秋の気配が感じられるようになった今、満を持してマイケル・コックス『夜の真義を』(訳・越前敏弥/文春文庫)をご紹介します。ビターチョコレートに真紅のワインなどをお供に、濃厚で暗く、そして怪しく美しいヴィクトリアン・ノワールの世界に浸ってはいかがでしょうか。

 赤毛の男を殺したあと、私はその足で〈クインズ〉へ向かい、そこで牡蠣の夕食を認めた。

 という語り手の恐るべき告白で、この物語は幕を開けます。人を殺めたのちに空腹をおぼえて食堂に行き、いつもと同じように給仕と会話をし、こともなげに食事を終える。この一文だけで、語り手の異常なまでの冷静さがうかがえます。続いて19世紀ロンドンの薄暗い路地裏でとげた犯行の一挙一動が淡々と描写されますが、まったく感情をともなわないその冷たさは、切り裂きジャック事件をモチーフにしたアラン・ムーアのグラフィック・ノベル『フロム・ヘル』(訳・柳下毅一郎/みすず書房)を思い出させます。しかしその冷血な殺人は、さらに恐ろしいことに「実験殺人」であり、ある人物を着実に亡き者にするための練習でしかなかったと語り手は言います。そうまでして葬り去りたい宿敵とは、かつてイートン校で机を並べたフィーバス・レインズフォード・ドーントでした。

 面長で、彫りの深い大きな黒い目をした若者エドワード。彼が語り手であり、この数奇な復讐譚の主人公です。彼は自らを、元来人殺しをするような性質ではないとうそぶきます。人殺しの罪は認めていても、邪悪な心は持ち合わせていないと。では一体何がそのような非道に駆りたてたのか。それはひとえに彼を絶望の淵においやったフィーバスへの憎しみだったのです。

 物語は、気のおけない親友、安下宿の住人、秘密の恋人、断ち切れない悪癖など、青年エドワードにまつわるあれこれが事細かに綴られます。しかしある日、恋人ベラの元にエドワードを中傷する書付が届けられたことにより、殺人を知る見知らぬ誰かから恐喝されるのではないかという不安が頭をもたげます。唯一の親友であるル・グライスの元を訪れると、一冊の本を渡されますが、それは、今や名の知れた詩人となった宿敵フィーバスの著書であり、しかも、エドワードに渡すよう、フィーバスがル・グライスに送ってきたというのです。犯した大罪を隠しつつ、エドワードは親友に、自分の稀有な生い立ちと、ル・グライスにとっても級友であるフィーバスの恐るべき正体、そして身も心もズタズタになったある出来事について語り始めます。

 そこからドーント家の結婚に始まり、一人息子として生まれたフィーバスが、家族の不幸を経て引っ越した土地でどう過ごしたか、イートン校に入学するまでの半生記が語られます。はたしてこのくだりが最初の殺人事件とどう関わっていくのか興味深いと同時に、せっかちな人なら飛ばし読みをしかねないような分量で語られるのですが、これがもう満遍なく旨味がつまったというか、脇目もふらずに没頭してしまうほどの面白さ。惜しくもこの作品と、続く一冊のみをものして病気で世を去った作者コックスは、稀にみるストーリーテラーだということがはっきりとわかります。

 さて、エドワードとフィーバスの二人がイートン校で出会ってから、がぜん腐臭が強くなります。<明らかな誤用   

 エドワードは、フィーバスが自分にべったりで、他の友人から遠ざけて独占したがっていたと語っていますが、一方のフィーバスは「イートン校の思い出」という回想録の中で、“顔は青白く面長で上品な作りなので、ずいぶん繊細で少女と見紛うほど”のエドワードが、“あれほどまで存分に私を支配した”、学校での”隷属生活が始まった”とまで書いているのです。はたしてどちらが嘘をついているのか、しかもどんな理由があってそんな嘘をつくのか。腐女子としては、やはりこれはどちらかが言い寄って拒否されてしまい、可愛さ余って憎さ百倍なのでは……と深読みせざるをえないわけですよ!!

 その真偽はともかくとして(まずは私が落ちつけ)、ケンブリッジ大学の優れた奨学生となったエドワードは、身に覚えのない事件で大学から追放されます。将来の夢と希望を絶たれた彼は、絶望の中、自分をはめた張本人がフィーバスであると確信し、それからというもの、フィーバスへの憎しみと、いかにして復讐を遂げるかがエドワードの生きる糧となったのです。寝ても冷めてもフィーバスのことしか考えられないというのは、裏を返せばフィーバスのために生きているようなものだと思うのですが、エドワードのこの一言が、みずからの妄執に対するジレンマを物語っています。

「運でも、巡り合わせでも、偶然でもない! 判らないのか? あの男との間にあるのは宿命だよ。ドーントでなくてはならなかったんだ! ほかの誰でもあり得ない。」

 学者をあきらめたエドワードの新しい人生は、さらにフィーバスと深く関わっていくことになります。ここから先、フィーバスの恐るべき人物像が次々に明かされていくのですが、それらはあくまでもエドワードの視点で語られるので、どこまでが本当なのかわかりません。そしてラストに待ち受ける恐ろしい真実を知ったあと、エドワードの究極の選択を許すことはできるのか。それを決めるのは読者自身なのです。

 なお、本書を読了したのちに、ケンブリッジ大学教授の手による序文をぜひ読み返してみてください。その短い文の中には作者コックスのたくらみが満ち溢れており、この芳醇な物語を読み終えた充実感をさらに深く、濃くしてくれることと思います。

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さて、毎回多くの賛否両論を巻き起こす“キング絶賛!”ですが(笑)、そんなキング御大に「完璧な珠玉のサスペンスムービーだ」と絶賛された、10月28日公開のアメリカ映画『ザ・ギフト』は本当に面白いんです!!!<何気なく失礼w

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 優しくてユーモアもあるサイモンと、美しく知的な妻ロビンは、セレブな生活を満喫している、人もうらやむ理想的なカップルだ。転職のため、サイモンの生まれ故郷のカリフォルニアに引越してきた二人は、高校時代にサイモンの同級生だったゴードとばったり会う。今もぱっとしないゴードのことを、サイモンは全くといっていいほど覚えていなかったが、再会に大喜びしたゴードは、引越し祝いやお礼と称して、二人に次々と贈り物をするが……。

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 わずか108分の作品なので、できれば内容を知らないで観に行っていただきたいのですが、いわゆるスプラッターな場面は一つもありません。なので、そういう映画が苦手な方でも大丈夫。ただし、だからといって「怖くない」わけではないのですよ! 「背筋がゾッとする」展開で、「あまりのことに思わず声が出てしまいそうになる」場面も。衝撃のラストは、立ち直るのに時間がかかるかもしれません。

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 覚えていないけれど、もしかしたら自分も昔、誰かを傷つけていたかもしれない。

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 という不安は誰にでもあるはず。その不安をだんだんと恐怖にすり替え、ラストで観客を一気に奈落の底に突き落とす演出と、短い時間内に起承転結をうまく配した脚本を手がけたのは、ゴード役も演じているジョエル・エドガートン。『キンキーブーツ』の後継社長、『ウォーリアー』の真面目な兄、『エクソダス:神と王』の暴君、『ブラック・スキャンダル』の汚職捜査官……と作品ごとにまったく印象が違う、今もっとも注目したいオーストラリア生まれの才人です! サイモン役は『ズートピア』のニックをたまらなくキュートに演じたジェイソン・ベイトマン、妻のロビンを『トランセンデンス』のレベッカ・ホールが演じています。

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 ミステリファンにはぜひとも観てほしい、この秋一番のサスペンス映画『ザ・ギフト』今もっともステテコと腹巻きの似合う昭和な男(注:個人の感想です)ジョエル・エドガートンの初監督作品、ご期待ください!

  • 作品タイトル:『ザ・ギフト』 
  • 公開表記:10月28日(金)、TOHOシネマズ 新宿 ほか全国公開
  • 配給:ロングライド、バップ
  • コピーライト:© 2015 STX Productions, LLC and Blumhouse Productions, LLC. All Rights Reserved.
  • 製作:ジェイソン・ブラム  
  • 製作・監督・脚本・出演:ジョエル・エドガートン 
  • 出演:ジェイソン・ベイトマン、レベッカ・ホール
  • 2015年/アメリカ/英語/108分/シネマスコープ/カラー/5.1ch/原題:The Gift/日本語字幕:岡田理枝
  • 提供:バップ
  • 配給:ロングライド、バップ
  • 提供協力:日活
♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

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