明けましておめでとうございます。
みなさまはどんなお正月をすごされましたか?
元旦に本連載の掲載予定が本日5日と告知され、予告先発みたいだな〜と緊張しながら迎えたお正月。ぶっちゃけその時点でまだ原稿ができていなかったので、焦りからか怖い初夢を見ました。でももう怖かったということしか覚えていません。忘却力に感謝。でも、おもしろい本は忘れませんよ。
というわけで、今年も「お気楽読書日記」をよろしくお願い申し上げます。
2017年もおもしろい翻訳ミステリーにたくさん出会えますように。
■12月×日
セルビア人作家ゾラン・ジヴコヴィッチによる怪奇幻想不条理作品集『12人の蒐集家/ティーショップ』は、読むとだれかに勧めたくなる本だ。なんとなく頭でっかちでお堅い印象を受けるかもしれないけど(わたしだけ?)、そんなことは全然なくて、ユーモラスでちょっと意地悪な非日常が楽しめる。原書はセルビア語なので本書は英訳版からの翻訳で、短編集「12人の蒐集家」と中編「ティーショップ」が合体したもの。どれもぞわぞわする話ばかりで、奇妙にあとを引く。「読んでいくうちに、床だと思っていたら、いつのまにか床が天井になって逆さまに歩いていた、という感覚を味わえることまちがいなし」という訳者あとがきは言い得て妙だ。
「12人の蒐集家」は、それぞれ「日々」「爪」「サイン」「写真」「夢」「ことば」「小説」「切り抜き」「死」「Eメール」「希望」「コレクションズ」を収集する人たちの物語で、集めるものもさることながら、集める方法というか、集めるにあたっての各自のお約束が揃いも揃って摩訶不思議。でもコレクションというものは、集めている本人以外には「???」と思えるものもあるので、不条理ななかにも、ほのかなあるあるを感じてしまう。
謎解き編でもある「コレクションズ」ではそれまでの十一のコレクションをさらにコレクションする人物が登場するのだが、そこでの香りの描写が秀逸。過去の日々はスミレの香り、夢はライラックの香り、小説は薔薇の香り、死はクチナシの香り、希望はヒヤシンスの香り……それぞれの花の香りがイメージにぴったりすぎて、美しすぎて思わずうなった。全編を貫く紫色へのこだわりも、幻想的な物語世界にすごく合っていてうっとり。
甘いもの好きとしては「日々」のケーキもすごく気になる。〈詰めこみモンキー〉という脱力系の名前なのに破壊的に美味らしいのだ。想像を絶するなあ……とくにおいしいとは言われていないがほかにも〈鉛色の避雷針〉〈よろけヴァイオリン〉〈うわのそらのマルハナバチ〉〈惚れ睡蓮〉〈悪臭おろし金〉〈腐れアクロバット〉といったケーキの名前が。〈詰めこみモンキー〉の例からすると、〈悪臭おろし金〉も超絶美味という可能性あり。うーん、深いぞ。
「ティーショップ」のしかけにいたっては、やられた!という感じ。頭のなかがぐるぐるしながらも、気づいたら読者もグレタといっしょに物語に引きこまれているだろう。そうなったらもう手遅れだ。
読みやすくておとぎ話のようなのに、実はさらりとすごいことが書いてあったりして、頭の奥にいつまでも引っかかりつづける物語の数々。本書には底なし沼のような魅力がある。
■12月×日
高齢化社会の現代に老人ミステリは必須。でもコリン・ホルト・ソーヤーの〈海の上のカムデン騒動記〉シリーズは終わっちゃったんだよなあ……と、淋しい思いをしているみなさまに朗報です。スウェーデンのカタリーナ・インゲルマン=スンドベリによる『犯罪は老人のたしなみ』は、老人ホームで暮らす仲よし五人組が、レクリエーション感覚で犯罪にトライする楽しいお話。スウェーデン・ミステリにはめずらしいユーモア作品です。
ストックホルムの老人ホーム「ダイヤモンドホーム」では、オーナーが変わってから入居者たちの不満はつのるばかり。そこで、「ダンディーだがいつでも夜中に腹を空かす」園芸愛好家の?プランター?、グループのまとめ役でITに強い発明家の?天才?、「ベルギーチョコに目がない」元帽子職人のスティーナ、「どんなおばさんも真っ青の、おばさん中のおばさん」アンナ=グレータ、そして行動派の元体育教師メッタの五人は、犯罪チームを結成。人呼んで「ネンキナー団」。財団かなんかの名前みたいだけど、れっきとした犯罪集団です。まずは経営陣のオフィスにしのびこんで盗み食いをしたところ、案外うまくいったので、犯罪計画はどんどん本格的になっていき……
計画はあまりにもずさんだし、犯罪に対してあまりにも無自覚で、これは絶対に無理でしょうと思っても、「まさかこんなお年寄りがねえ」という人びとの思い込みが味方をして、けっこうあっさり法の目をすりぬけてしまう老人たち。老人力、恐るべし。「無自覚」なところがおもしろポイントで、笑わそうとしているわけではないのに笑えるのがすばらしい。警察が無能すぎるのもマンガみたいで楽しいよ。
この作品の魅力を語るうえでのキーワードはやはり「老人力」でしょう。だって、平均年齢八十歳近いのに、計画段階から刑務所を出たあとのことを考えているんですよ。だれも「もうお迎えが近いから」なんてことは言わないの。みんな十年二十年先のことを考えているみたいで、なんだかたのもしい。人生まだまだこれから!ということなんでしょう。 読んでいて生きる希望がわいてきます。四十九歳の息子をまだ若造だからって信用しないんだから。すごいよ、この人たち。
あと、スウェーデンの刑務所って、囚人は自炊してるんですね。『熊と踊れ』にも、囚人に面会人があるときはお菓子も焼かせてもらえるという箇所があって、なんだかすごく不思議だったけど、やっぱりそうなんだ。
■12月×日
ハンナ・ジェイミスンの『ガール・セヴン』は、二十五歳の新鋭による「徹頭徹尾、女子による女子のためのノワール」にして、ヒロインが日英ハーフと、話題性豊富な作品。そういえばベッキーも日英ハーフだなあ。
日本人の父とイギリス人の母を持つ(ベッキーとは逆ね)二十一歳の石田清美、通称セヴンは、三年まえに両親と幼い妹を何者かに殺害され、以来ナイトクラブ〈アンダーグラウンド〉で働きながらどん底の生活をつづけていた。そんなとき、未解決のままの家族殺害事件の真相を調べてくれるという人物が現れる。店の経営者の友人で殺し屋のマークだ。さらに、ひょんなことから得体の知れないロシア人たちに協力することになってしまい、セヴンの身に危険が迫る。彼女の悲願は死なないことと日本に帰ること。その願いは叶えられるのか。
日本に帰りたいと強く願う理由は、かつて幸せな時間を過ごした場所だからだろうが、日本人である父親をリスペクトしていたことも大きいかも。そんなにまでして日本に帰ろうとするセヴンの気持ちを考えるとせつなくて、そうか、そんなにつらかったか〜、よしよし帰っておいで、と思わず日本の母になってしまった。だってかわいそうすぎるんだもん。
でも、セヴンは幸福や満足といったものを積極的に嫌い、ダークなものに惹かれている。そんな自分と似たにおいのするノエルに惹かれてつきあいはじめ、奥さんもいるし別れたいと思っているのに、呼ばれればつい(むしろいそいそと)会いにいってしまい、うわサイテーと自分を責める彼女は、徹頭徹尾女子だと思う。ノエルの美人の奥さんを見てびびったり、「カレシのパスワード? 知ってるに決まってんじゃん」と強がるところもなんかかわいい(そのせいで窮地に立たされるわけだけど)。
「女であるからには、世界の腐り具合にもっと鈍感になったほうがたぶん楽に生きられる」などのシビれるフレーズは、一見消極的だが一周まわって強烈なフェミニズム論としてあとあと効いてくる。ことさら声高に訴えなくても、深くうなずいている女性たちは多いはず。そんな箇所がいくつもあって、ああ、なんかわかる、とじわじわ共感。その絶妙な力の抜け具合に、しなやかさと、したたかさと、しぶとさを感じた。女子なめんなよ。
セヴンがかつて住み、大切な親友を得た思い出の場所が「豊島区」というのも、たまたま個人的に思い入れのある場所なので、すごくピンポイントに刺さって感慨深かった。豊島区は「ロンドン自治区に隣接する町をおもちゃにしたよう」な場所なのか……セヴンにとってロンドンは現実で、日本(豊島区)はファンタジーなのかもね。
ツッコミどころは多いけど、勢いがあって好きだな〜こういう作品。もっといろいろ読んでみたい作家だ。本作の日本向けプロモーション映像もかわいい。
■12月×日
まさかこういう話だったとは! マイケル・ロボサムの『生か、死か』はうわさどおりタイトルからは予想のつかない内容でした。著者はオーストラリアを代表するミステリ作家だけど、作品の舞台はアメリカのテキサス。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞作です。
物語はオーディ・パーマーの脱獄シーンからはじまる。現金輸送車強奪事件の共犯として二十三歳で投獄されて十年。明日は釈放という日のことだった。消えた七百万ドルのゆくえを聞きだそうと、あらゆる人びとから脅され、命をねらわれてきたにもかかわらず、決して口を割らず、暴力にも屈しなかったオーディ。彼と同房だった服役囚モス・ウェブスターは、なぜか釈放されてオーディの行方を追えと命じられる。
現金輸送車から奪った金はどこに消えたのか?
オーディが寝言で名を呼ぶ女性はだれなのか?
それより何よりどうして釈放日の一日まえに脱獄したのか?
そして、オーディの目的は?
魅力的な謎が物語を牽引し、気づけばのめりこんで一気読み。いやあ、驚きの真相と予想のつかない展開の組み合わせは鉄板ですね。何よりオーディの思慮深さ、忍耐力、そしてそのすべての大元である愛の深さに打ちのめされます。もう聖人レベルです。頭がよくて性格もよくてイケメンだしね。でも、あまりにも、あまりにも運が悪すぎる……
ラストは涙でページがかすむこと必至。たしかにこれは「正しいキング絶賛案件」だわ。
オーディやモスのキャラが魅力的なのは言うまでもないけど、小柄人間としては、FBI特別捜査官のデジレー・ファーネスを忘れるわけにはいきません。判断力、行動力にすぐれ、繊細で柔軟性と正義感のある彼女は、リスベット・サランデル、カミーユ・ヴェルーヴェンと並ぶ小柄の星。背の低さに驚く相手に対するデジレーの返しは絶妙で、コンプレックスとうまくつきあっているなあと感じます。それとも開き直り? 相手に引かれるレベルなので真似はできないけど。
あと、南カリフォルニアのどこへ行っても顔がきく太っ腹のボス、アーバン・コヴィックって、なんかちょっと豊臣秀吉みたいじゃない? 不細工だけど賢くて、汚れ仕事をこなす腹心の補佐役は甥や従弟というところとか。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。近刊訳書はバックレイ『そのお鍋、押収します!』、フルーク『ブラックベリー・パイは潜んでいる』 |
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