第70回で取りあげたジャスパー・フォードは、別シリーズ、文学刑事サーズデイ・ネクストものが3作目まで翻訳刊行されています。未訳は4作ありますので、洋書レビュー担当者で手分けし、4カ月連続ですべてご紹介することになりました。

 まずはざっと既訳の振り返りを。

 初登場は『文学刑事サーズデイ・ネクスト1 ジェイン・エアを探せ!』。特別捜査機関(スペックオプス、SO)、それは警察では扱わない特殊事件を扱う法執行機関。部局の番号の若いほうがエリートであり、なにをしているのか極秘となっているものもある。サーズデイ・ネクストはSO‐27、文学局に所属の刑事。キャリアに行き詰まりを感じているが、本のことなら任せろ。なんてったって、幼い頃には『ジェイン・エア』のなかに迷いこんだこともあるくらい。そう、舞台はわたしたちの世界とは異なる常識と歴史をもつ1985年のイギリスで、巨大企業ゴライアス社が幅を利かせ、クリミア戦争がまだ終わっておらず、サーズデイ自身も従軍経験があり、兄が戦死した心の傷からまだ立ち直っていない。SO‐12、時間警備隊(クロノガード)の大佐だった父は自分の意志で時空を飛びまわるようになったお尋ね者で、そちらも心配だ。ロンドンで一悶着あったサーズデイは故郷スウィンドンのSO‐27へ異動、『ジェイン・エア』に危機が訪れ、本を救えと未知の世界へ飛びこんでいく。

 次の『文学刑事サーズデイ・ネクスト2 さらば、大鴉』は敵も片づけ、愛する人としあわせに暮らしていたサーズデイに試練が訪れる。その愛する人が突然、ゴライアス社の者に「根絶」されたのだ。2歳で死亡したことになってしまい、彼の存在を覚えているのはサーズデイだけ。お腹のなかには彼の子がいるのに。彼を救う交換条件は、文学作品に閉じこめている、とある現実の人物を現実に連れもどすこと。 

『文学刑事サーズデイ・ネクスト3 だれがゴドーを殺したの?』では、スペックオプスからもゴライアス社からも追われる身になったサーズデイが、本から本へジャンプできるミス・ハヴィシャム(from『大いなる遺産』)の助けを借り、本の世界に存在する未使用のプロットの溜まり場「ロスト・プロットの泉」へ避難。おばあちゃん(グラニー)が手伝いにきてくれて、静かに出産を待つことになった。ところが、人がいれば使えと言わんばかりに、その世界で本の内容保護に務める機関ジュリスフィクションの仕事をさせられることに。キャラクターが自分の役に満足していなかったり、あらすじをもっとおもしろくしようと画策していたりで、本の秩序を保つのも大変なのだ。サーズデイは見事な仕事ぶりを見せるが、彼女の記憶からさえも、根絶された彼が次第に薄れていく恐怖に怯える。

 この続きとなる4作目が今回取りあげる Something Rotten(2004)です。

 サーズデイは本の世界の暴れ者ミノタウルスを追って大西部に出張するなど、ジュリスフィクションの仕事をバリバリこなしていたが、2歳になる息子フライデイとペットのドードー鳥とハムレットを連れてついに現実世界へもどってくる。息子をいつまでも本のなかでは育てられないし——この子は意味の通じないダミーテキスト(本の制作途中に使われるラテン語のようでいてラテン語でもない仮文章)しか話せない——今度こそ根絶された愛する人を取りもどすと決意も堅い。ハムレットは現実社会で自分が誤解釈されているらしきことを心配して実態を見たいと休暇を申しでていたし、本の世界の「悩めるロマンチック主人公賞」でヒースクリフ(from『嵐が丘』)に今年も負けて落ちこんでいたので気晴らしを与えるという意味合いもあった。ちなみにサーズデイが世話になったグラニーは体調を崩し、すでに現実世界の高齢者施設に入っている。 

 ひさしぶりに現実にもどってくると、ヨリック・ケインがいまにもイギリスを手中に収めようとしていた。出典不明の作中の架空の人物であるのに現実世界へ飛びだした悪徳政治家だ。イギリス国民の仮想敵を作りだして世論を操ろうと奴がスケープゴートに選んだのは、間の悪いことに、はるか昔のヴァイキングの件をもちだしての、デンマーク。サーズデイはハムレットに、デンマークの王子ですと周囲の人に自己紹介しないよう言い聞かせるだけで一苦労だ。時空を飛びまわる父さんの話によると、ケインの好きにさせれば、三カ月後に地球は核の焼け野原になるという。阻止するには、小さな出来事を変えて歴史をいじること。それには今度のクリケットのファイナルでスウィンドンのチームが勝たねばならないのだが、ライバルチームの勝利濃厚と言われている。 

 サーズデイはSO-27に復帰し、元の同僚たちと再会。架空の人物であるケインはどの本に登場するかわかればそこへ追い返せるのだが、捜査は一向に進まない。彼のバックについているのは憎きゴライアス社。サーズデイはとにかく愛する人を復活させるよう本社に乗りこんで交渉するが、CEOの催眠術のようなふしぎな力のせいで言いたいことも言えないまま。今度こそ彼女はフライデイの父親を取りもどすことができるのか。

 未読のかた、「文学刑事」というだけあって本好きにはたまらない本の話題がたくさん詰まった魅了あるシリーズです。シリーズのファンのかた、ジャスパー・フォードのどうかしている妄想は4作目でも暴れています。想像力爆発。細かい背景や伏線に感嘆します。話をどんどん広げていって荒唐無稽のようでありながら、この人、きれいに回収していくんですよね。この設定はありなのかな? とちょっと考えるところがあったんですが、いやなにを言っているこれはフィクションじゃないかと、自分がジャンルのお約束みたいなものに縛られていたのに気づいて、にやっとなりました。

 そして、笑った、笑った。クリケットの試合中の場面とか、お腹痛い。ユーモアとシビアのバランスが抜群です。「愛する人を復活させ、ケインの手から世界を救う」という目的にむかって物語は進んでいくけれど、サーズデイの聖職者である兄とほかの人にはわからない古英語で口汚い会話を繰り広げる13世紀から復活してきた妙な聖人がいたり、公認ストーカーなる存在がいたり、ハムレットはタイムトラベルしてきたエマ・ハミルトンといちゃいちゃしていたり、本の世界で主役不在中にオフィーリアがなにか企んでいたり、サーズデイ母は、だっておまえのお父さんはほとんどいないじゃないの! とビスマルクと怪しい感じだったりと、脇のエピソードもそれぞれスピンオフができそうなくらいの充実ぶりでじつに楽しいです。ラスト近くからのサプライズの畳み掛けもいい。

 原書の冒頭の登場人物表が詳しいので既訳を読んでいなくてもここまでのなりゆきと内容はわかるとは思いますが、せめて1巻目は読了してからがお薦めです。おもしろいよ!

三角和代(みすみ かずよ)

ごめんハムレット、わたしもヒースクリフに1票。訳書にカー『緑のカプセルの謎』、ハーウィッツ『オーファンX』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、アンズワース『埋葬された夏』、テオリン『夏に凍える舟』、カーリイ『髑髏の檻』、プール『毒殺師フランチェスカ』他。ツイッターアカウントは @kzyfizzy

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