書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 新年あけましておめでとうございます。今年も書評七福神をよろしくお願いします。いきなりなのですが、私、杉江は1月21日(土)の17時からTOKYO FMで放送される「ビートのふしぎなガレージ」という番組に出演させていただきました。旧いミステリーの話をいろいろ致しましたので、よかったらお聴きいただければと思います。podcastでも後日配信予定だそうです。以上告知終わり。では、張り切って参りましょう。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

川出正樹

『バサジャウンの影』ドロレス・レドンド/白川貴子訳

ハヤカワ・ミステリ

 北か南か、ノルウェーかスペインか。片やジェフリー・ディーヴァーやスティーグ・ラーソンを彷彿とさせるジェットコースター・サスペンスの秀作サムエル・ビョルク『オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン』(ディスカバー・トゥエンティワン/中谷友紀子訳)。片やバスク地方の渓谷を舞台に幻想味もあるサスペンスを緩急自在の筆致で紡ぎ出したドロレス・レドンド『バサジャウンの影』。これまであまり紹介されてこなかったけれども、ここ数年、活気づいてきた両国からの初紹介作家のうち、どちらを選ぶか。悩みに悩んだ末、最終的に、自分にとってより馴染みがなく、より大きな驚きと発見を堪能させてくれた後者にしました。

 緑濃く水豊かなスペイン・バスク地方の山間の町で起きた連続少女絞殺事件。死体の上に置かれた伝統的なお菓子は何を意味するのか? 捜査を命じられた地元出身のアマイアは、捨てたはずの故郷で否応なく過去と向き合いつつ、殺人犯を狩り出すべく奔走する。一世紀ほど前まで多くの住民が魔女の存在を信じ、今なお夜の深い土地を舞台にしたバスク神話の精霊やタロットカードなどに彩られた豊かな物語に大満足。CWAインターナショナル・ダガー賞を『傷だらけのカミーユ』と争っただけのことはあります。シリーズ三部作の第一弾であり、今から続きが気になります。

千街晶之

『完全記憶探偵』デイヴィッド・バルダッチ/関麻衣子訳

竹書房文庫

 一年前に妻子を何者かに殺された元刑事は、その犯人を名乗る男が自首してきたことと、ほぼ時を同じくして起きた高校での大量射殺事件を機に、犯罪捜査への現場へと復帰したが……。主人公はあらゆる記憶をDVDを再生するように蘇らせることが可能な「超記憶症候群」にして共感覚の持ち主で、それを捜査に活かしてきた。だがその記憶力をもってしても、自首してきた男の正体も、自分が怨みを買う理由も心当たりがない……という設定に本書の妙味がある。超記憶症候群ならではのユニークな捜査と謎解きの面白さ、目まぐるしいほどの連続どんでん返し……と読みどころ満載で、新年早々、年間ベスト級のミステリを読んだという満足感に浸れた。

北上次郎

『ハンティング』カリン・スローター/鈴木美朋訳

ハーパーBOOKS

「地中深くに掘られた拷問部屋−−無数の血痕が物語る、連続殺人犯の悪魔のような手口」と帯にあるので、なんだか読みたい話じゃないよなあと思ったのだが、読み始めてびっくり。なんなんだこれは? ジョージア州捜査局(GBI)と地元警察が対立していて、まずこれがひどい。地元警察は協力するどころか邪魔までするから信じられない。さらに、GBI特別捜査官のウィルにはディスレクシア(知的能力に遅れはないが、先天的な脳の機能の偏りによって文字を読み書きすることにおいて困難のある障害)という症状がある。このディスレクシアは発見しにくい障害らしいのだが、ウィルがなぜなんの支援もないまま成人してしまったのか、その理由と事情も少しづつ語られていく。彼は幼いときに母に捨てられ、擁護施設で育ったのだ。体には無数の傷があるが、その理由は本書で語られない。ウィルの相棒のフェイスは14歳で子を生んだシングルマザーだが、また妊娠中。その事情もゆっくり語られるが、そのすべてはまだ明らかになっていない。もう一人の主要登場人物は,小児科医のサラ。3年前に警察官の夫が射殺され、その悲しみからまだ立ち直っていない。この3人の私生活が克明に、鮮やかに描かれることが弟一。主要人物だけでなく、脇役にいたるまで彫り深く描かれるのも特筆ものだろう。もっと語りたいが、きりがないのでやめておく。ウィル・シリーズと、サラ・シリーズが合体した作品らしいが、どちらも知らなかったので、その豊穣な作品のひろがりにびっくり。ウィル・シリーズの弟一作はすでに翻訳されているらしいので、急いで読んでみよう。楽しみがまた一つ増えたので嬉しい。

吉野仁

『氷結』ベルナール・ミニエ/土居佳代子訳

ハーパーBOOKS

 先月すでに挙げられていた『氷結』を遅れて読んだのだが、なるほどピレネー山脈に首なし死体、凶悪な殺人鬼が収容された研究所など、外連味たっぷりの舞台や設定に個性的な警察官らの活躍が加わり、ぐいぐい読ませる。まだ手に取ってない人はぜひ。そのほか、デイヴィッド・バルダッチ『完全記憶探偵』関麻衣子訳(竹書房文庫)は、ご都合主義が目立ったり、肝心の基本設定がたいして活かされてなかったりと「つっこみどころ満載」ながら、ハッタリの効いたキャラクターや強引なストーリー展開により上下巻を一気に読まされた。なにも考えずに読むべき「ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー第一位」本なのかもしれない。

酒井貞道

『オスロ警察殺人捜査課特別班アイム・トラベリング・アローン』サミュエル・ビョルク/中谷友紀子訳

ディスカヴァー・トゥエンティワン

 あとがきや解説の類が何もなく、作者の素性や作品の本国での位置づけがよくわからないが、小説それ自体の中身はなかなかのものである。少女を人形のように着飾らせる不気味な犯行は不気味、捜査官根性と個人的トラウマの間で葛藤するヒロイン、捜査班の個性的なメンバー(特に班長と新人)、物語への急展開(ギア・チェンジ)の挿入方法とそのタイミング、いずれも堂に入ったものだ。読みやすいことも付言しておこう。誰もが楽しめる、正攻法の警察小説として高く評価したい。一方で、正攻法をほぼ無視しバスクとそこのコミュニティの風情を最大化したドロレス・レドンド『バサジャウンの影』も捨てがたかった。こちらは癖が強かったけれどね。

霜月蒼

『断頭島 ギロチンアイランド』フレイザー・リー/野中誠吾訳

竹書房文庫

 ゲスいホラーを愛する諸君。題名も勇ましい本書をおすすめしようではありませんか。逼迫した生活に苦しんでいるさなかに舞い込んだ「リゾート島で一年間屋敷の管理をしてほしい」という高報酬のオファーを受けて、秘密めいた島に移り住んだ主人公。ネットも携帯電話も禁止ながら島は快適。ただ警備は異様に厳重で、どこか不穏……と、導入はありがちだし、展開は(伏線を丁寧に張っているせいもあり)いささかドンくさい。けれど、そこを超えるや、「よし行くぞ!」とばかりに著者がぶっぱなしはじめるインモラルな光景、残虐、臓物! 壮観です。厭なイメージ力も悪くなく、クサヤの汁に転げ落ちたクライヴ・バーカーのような趣あり。映画『マーターズ』から教養を抜いたような感じとも言えるか。著者がやりたかったのは「物語」ではなくグラン・ギニョールな景色だったと思えば、なかなかの仕事です。

 ミステリ・ランキングの投票〆切直後の11月〜12月にはヘンな作品が紹介されることがあって、2015年には怪作ホラー『ジグソーマン』というのがありました。16年の「冬の怪作」は本書。イギリスにはジェームズ・ハーバートやショーン・ハトスンなどのゲス・ホラー(ナスティ・ホラー)の伝統があります。その血脈を継ぐフレイザーさんの今後に期待したい。なお原題そのまんまの「点灯人」だったら購買意欲は湧かなかったと思うので、この邦題は秀逸。いい仕事です。ただし作中にギロチンや首チョンパは登場しません。

杉江松恋

『ノーノー・ボーイ』ジョン・オカダ/川井龍介訳

旬報社

『処刑人』『鳥の巣』と立て続けに出たシャーリー・ジャクスン(神経がじわじわ浸食される素敵なサスペンス)を除けば、12月はミステリーの周辺書ばかり読んでいた印象がある。『アラバマ物語』が唯一の著作だったハーパー・リーの没後に刊行された正式な続篇『さあ、見張りを立てよ』は南部の問題を背景にした濃厚な社会小説、閻連科『炸裂志』も『愉楽』を連想させる、小村の歴史を描くことで現代中国のカリカチュアを現出させる一大奇想小説だった。最も笑ったのはジャック・ヴァンスの破天荒なピカレスク・ロマン『天界の眼:切れ者キューゲルの冒険』、そしてスリリングな読書が堪能できたのが小説ではなくて研究書だがフランシス・ネヴィル・Jr『エラリー・クイーン 推理の芸術』である。

 そんなわけで今月の一冊は直球のミステリーではなく周辺書にすることをお許しいただきたい。『ノーノー・ボーイ』はかつて1979年に翻訳されて話題になった、日系人小説の新訳版だ。題名の由来は第二次世界大戦中の日系人強制収容所でされた二つの質問である。「祖国日本への忠誠を捨てるか」「兵役に志願して従軍するか」。この二つの問いにイエスと答えた日系人部隊がヨーロッパ戦線で我が身を捨てて奮戦したことは有名だ。しかし本書の主人公であるイチローは、両方の質問にノーと答えて投獄されてしまう。作者は、出所した彼が故郷であるシアトルに帰り、家族や友人を訪ね歩く足跡を追っていく。イエスと答えた人々もまた、戦争によって人生を狂わされていたのだ。インタビュー小説として読むこともでき、個人の視点から社会の変容をとらえたものと考えれば一人称犯罪小説にも通底する部分がある。本書を最も楽しめるのは、いわゆるハードボイルド小説が好きな人のはずだ。ぜひご一読を。

 ハヤカワ・ミステリ以外はあまり顔を出さない出版社の作品がずらりと並ぶ異例のラインアップとなりました。各社この調子でどんどん出してくれるといいな。2017年も七福神は読みまくっていきます。来月もお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧