2月25日に台湾で台湾人ミステリ小説家・胡傑さんを囲む読書会が開かれました。当日は第3回島田荘司推理小説賞受賞作『ぼくは漫画大王』(著:胡傑/訳:稲村文吾)の話題を中心に、日本・台湾・香港の参加者が胡傑さんに質問をぶつけ、本書の裏話や創作秘話などいろいろな話を聞くことができて非常に面白かったです。

 私は特に、胡傑さんの新作ミステリ『尋找結衣同學』(仮訳:結衣さんを探して)の誕生秘話に最も興味を持ちました。

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 画像を見ていただければわかりますが表紙がライトノベル風です。これに対し胡傑さんは「自分はそんなつもりはなかったが、作品を読んだ編集者が『こうした方が売れる』と考えた結果このような表紙になった」と教えてくれました。

 台湾の出版社の、売るための創意工夫に感心するとともに、そういった思考の柔らかさが中国大陸には欠けているなぁと考えさせられました。こういった些細な考え方の差が、最終的に大陸のミステリ読者に「台湾と比べてうちのところのミステリの表紙は劣っている」と嘆かせる原因になっているのでしょう。

『中国懸疑小説精選』

 さて今回は毎年の中国大陸の短編ミステリを収録する短編集『中国懸疑小説精選』の2016年版及びその編者である華斯比を紹介してみます。

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『中国懸疑小説精選』及び『中国偵探推理小説精選』本コラムの第5回で紹介済みですのでここに詳しくは書きません。

 最新版『2016年中国懸疑小説精選』(2017年)には以下の作品が掲載されています。なお、日本語タイトルは全て仮訳です。

擬南芥『一簇朝顔花』(一面の朝顔)

 連城三紀彦の『桔梗の宿』(中国語タイトルは『一朶桔梗花』(一輪の桔梗))をリスペクトした短編。

香無『謀殺自己』(自分を殺す)

 東野圭吾を愛する新鋭の女性作家が描く愛憎入り混じったミステリ。

何慕『寒蝉鳴泣』(蝉が鳴く)

 三国志時代を舞台に『寒蝉』という間諜が活躍する歴史ミステリ。

赤膊書生『冥王星密室殺人事件』

 冥王星を舞台にした密室ミステリを描いたSFミステリ。

燕返『胆小鬼的霊感』(臆病者の霊感)

「你」(あなた)の二人称を使用した江戸川乱歩的雰囲気を備えたショートミステリ。

時晨『緘黙之碁』(沈黙の碁)

 有名棋士が関与した密室殺人事件を時晨作品でお馴染みの名探偵陳爝が解決する。

河狸『孤独的孩子』(孤独の子供)

 探偵、警察、子供の三つの視点を利用した叙述トリックミステリ。

方洋『套層空間』(多層空間)

 ある夢遊病者の語る宇宙の話に引き込まれるコズミックホラー的ミステリ。

亮亮『臥底能有幾条命』(スパイは命がいくつあっても足りない)

 盗人、武器商人、警察、殺し屋の様々な視点でスピーディに進むユーモアミステリ。

王稼駿『LOOP』

 タイトルからも分かる通り、時間軸を利用した叙述ミステリ。

鶏丁『天蛾人事件』(モスマン事件)

 都市伝説モスマンが起こした多重密室殺人事件に挑むミステリ。

陸秋槎『冬之喜劇』

 作中作の形式を用いた中国ミステリに対する評論的且つ自虐的ミステリ。

梁清散『枯葦余春』(枯れたアシと晩春)

 中華民国時代の事件を文学、歴史、心理学を駆使して解決する総合的なミステリ。

 以上、計13作品の短編ミステリが収録されている本書で華斯比は中国国内に娯楽的なミステリが如何に多いのかということを中国人読者にアピールしています。

 序文『娯楽時代的懸疑推理小説』(エンターテイメント時代のサスペンス・ミステリ小説)で華斯比は最後に「ミステリの本土化は一長一短のことではなく、簡単にできることではない。数世代の作家が共に努力をしてやっと完成に近付くことであり、現在はまだ作者と読者双方の励まし合いが必要だ」と書いていますが、作者と読者の他に華斯比のような紹介者の働きも重要でしょう。

 本書の他に『中国偵探推理小説精選』も毎年出版されていますが、これと比べると本書の特徴がよくわかります。

 一つ目の特徴は編者の序文があり収録作品の傾向がわかるということ。そして二つ目は各作品に作者の簡単な紹介文が記載されていることです。実は2014年版にはこの他に作品に対する作者の後書きもあったのですが、それは出版側の負担が大きいということでなくなってしまいました。

 この点から分かることは華斯比の中国ミステリに対する思い入れの強さと、作者・読者を考えた仕事の態度です。目下、中国ミステリはまだ内部で盛り上がるが必要な段階です。特に、ミステリ専門雑誌が休刊して短編作品の発表の場所が少なくなる現在は更に作者の保護・支持という観点から本書のような短編集が必要になります。しかも映像業界ではミステリがもてはやされているので一部の作者が脚本家に転向してドラマや映画に携わっているようです(本書参照)。中国ミステリ全体が伸びているのに小説業界だけが停滞しているという事態を招くことになるかもしれません。

 本の売上を競うことよりも作品が映像化することが、中国ミステリ業界が現在定めているゴールであるのは間違いありませんが、その風潮の中で作者・読者を考えて本を作ることに労力を払う人間がいることを忘れてはいけません。

 華斯比はこの他に清朝末期から中華民国時代の中国ミステリを研究し、復古運動とも言うべき地道な活動をしています。中国の本屋は、コナン・ドイルがある、江戸川乱歩もある、しかし程小青(民国時代に活躍した中国ミステリの父と呼ばれる作家)が見当たらない、という現状で過去の作品があまり顧みられていません。そのような状況の中で原書を閲覧するために図書館に足を運び、ときには自腹を切って古書を購入し中国推理史をまとめている彼の活動もここでいずれ紹介できればと思います。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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