みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。春らしい春を味わうこともなく、北の地も夏になってしまいました。小中高は学校再開となったものの、またちらほらとクラスターが勃発しております。


 さて、今回は韓国の民話をモチーフとした長編小説を二つ、お持ちいたしました。
 一つ目は『オレ、見えてる?』(作/ペ・ヨンイク)。こちらのモチーフとなっている民話は、とってもメジャーな『トッケビの帽子』。その帽子(冠、頭巾の類。「天狗の隠れ蓑」のように身にまとうものとして描かれてるものもある)をかぶると透明人間(あるいは隠れ蓑をまとった天狗)のごとく姿が消えるというもので、そいつを手に入れた男が姿を消しては盗みをはたらくことに興じてしまうという、古今東西を問わずありそうなお話。もちろん最終的には悪事が暴かれボコボコにされる、というオチですが、韓国推理小説の父、キム・ネソン先生も同タイトルで児童向けの作品を残しているようです。本作品は、そんな「トッケビの帽子」を現代ミステリーに登場させたという、よく言えばなかなか奇抜な、悪く言えばなかなか無茶な作品。
 
 中心人物となるのは学習塾経営者のギダムとドキュメンタリー番組プロデューサーのリュ。
 バツイチで一人暮らしのギダムは、女の幽霊?に悩まされている。不意に部屋に現れては、なれなれしく言葉をかけてくる。なんのためらいもなくシャワーを浴び、まるで古くからの同居人のように振る舞うのだ。
ある日、幽霊女から不思議な話を聞いた。運転席がカラの高級車が暴走したあげく事故を起こし、事故後のフロントガラスには「オレ、見えてる?」という血文字が残されたというのだ。話半分に聞いていたギダムだが、骨董品店を営む元義父(元妻の父親)から魔除けの木像オブジェ(トッケビの帽子付き)を購入し、帽子の魔力について身をもって知ることになる。その帽子さえあれば、姿を見られずになんでもできるのだ。
 一方、ドキュメンタリー番組の取材をしていたリュは、海に沈められていた変死体入りの鞄を発見する。遺体は全部で4体。歯を抜かれたり、指紋を消されたりと被害者の身元隠蔽に余念のない犯人だったが、おもりに使われていた石に特徴があったため、リュはそれを手がかりに犯人探しに乗り出す。
自分の身辺で起きている数々の奇怪な現象がただの怪奇現象ではなく、何者かが自分の命を狙っていることに気がついたギダム(幽霊女はただの怪奇現象ぽいが)。誰が、なぜ?
 彼はトッケビの帽子をかぶり、こっそり(というよりむしろ堂々と、というべきか……)警察の捜査記録を物色したり、機密情報を盗み聞きしたり、敵地に潜入したりと情報収集に勤しむ。そんなある日、ちょっとした、しかしながら重大なトラブルが発生する。トッケビの帽子が脱げないのだ。自分の意思とは関係なく、透明人間(あるいは隠れ蓑をまとった天狗)のまま生活しなければならないのだ。それにより思いもよらない不自由な事態が生じるが、脱げないものは脱げない。なぜ帽子が脱げないのか、脱がずにいるとどんな恐ろしいことになるのか、どうすれば帽子を脱げるのか。その解決法は、「彼女」が教えてくれる。

 やがてギダムを狙う人物の正体が浮かび上がると同時に、彼と変死体遺棄事件が徐々に近づき絡み合っていきます。本格ミステリーではありませんが、これだけあからさまにファンタジー素材を提示してくれているので、純粋にエンタメミステリーとして楽しめる作品となっています。


 次にご紹介するのは、以前にも何度かご紹介したソン・シウの長編小説『竹が泣く島』。この作品で取り上げられている民話は、トッケビの帽子とは比べ物にならないくらいマイナーな『針箱にしまった目玉』という少々グロな民話で、冒頭で内容が紹介されています。

 父親が島流しにされ、継母と二人で暮らす少年がいた。ある日、継母が少年に言った。
「お前の父親が奇病を患い、生きた人間の目玉を食べねば治らない」
 孝行息子の少年は自分の目玉をえぐり取り、継母に託した。にんまりと微笑みながら目玉を受け取った継母は、それを針箱にそっとしまった。数日後、継母が再び少年に言った。
「おまえの父親の状態が思いのほか悪く、目玉がもう一つ必要だ」
 それを聞いた少年は、もう一つの目玉も差し出した。継母は、してやったりとほくそ笑み、少年を家から遠く離れた川岸に捨てた。少年は継母の思惑通り川に落ちるが、ある島に流れ着く。彼はそこで竹笛を吹くすべを身につけ、竹笛を通じて父親と再会する。二人は継母が残る自宅へ戻り、少年の目を取り返す……要約するとそんな流れの物語。 

 本編の舞台は、竹が生い茂る島に新しく建てられた宿泊研修施設。そこにモニターとして招待されたのは、物理学科に在籍するミステリーオタクの女子大生ハランと歴史小説家、映画監督、漫画家、歌手、タクシー運転手など、さまざまな職種、年齢の8人。嵐の到着直前に島に上陸した彼らは、そこで怪事件が待ち構えているとはつゆ知らず、コジャレた作りの施設に目を輝かせる。食堂の天井は、開閉可能なドーム型。ロビーには竹で作られた工芸品や生活用品が並べられ、その中に竹製の針箱が、そしてその中にはアレがゴロンとふた玉……(もちろんオブジェ)。
 夜には世話人の老婆が準備した料理に舌鼓を打ち、しこたま酒を飲みながら交流を深め、真夜中を過ぎたころ、8人は各自の部屋に戻った。翌朝早くに目を覚ました男が散策に出かけ、丘の上から施設を見下ろしていると、ドーム型のガラスの天井に歪んだ表情の男の顔が張り付き、ふっと消えた。朝食のため食堂に向かったハランらは、食堂のオブジェとして立てられた高さ3メートルの竹の先に、ある男が串刺しになっているのを発見する。捜査を始めようにも、嵐のせいで本土からの応援は期待できず、現場保存のなんたるかも知らない新米警官とハランら8人がああだこうだと推論を重ねるしかない。犯人はどのように3メートルもある竹の先に人間を刺したのか? ナゾを解く鍵は、時折館内に流れる竹笛の音と、40年前に島で発生したという殺人事件。40年前の事件では、島の開発をめぐり、一人の若者が鋭利な竹で殺害され、一つの家庭が破壊されていた。

 ソン・シウ作品の主人公は、ヒーロー、ヒロインタイプではなく、ごく一般的な、むしろ「陰キャ」だったり「コミュ障」だったりな場合が多いのですが、ハランもどちらかというとオタク系。物理学科の学生で推理コンテストの優勝者、頭は切れるようですが、頭の回転と口の回転が比例しないタイプ。日本のガールズグループが好きで、AKB48や欅坂46、乃木坂46の違いを語り、そこから話題を事件の謎解きに持っていってしまうという突飛な発想は、やはり頭の回転のなせるわざでしょうか。
 研修施設の見取り図、40年前の事件が起きた建物の見取り図を見ながら、自分なりにあれやこれやと推理を繰り広げる楽しみも味わえます。ただ、一人だけ遅れて到着した人、泥酔した被害者を部屋まで連れて行った人、酔いつぶれて記憶を失っていた人、突然欠勤を知らせてきた世話人の老婆、施設外の捜索に出ようと必死な人……誰もかれもが怪しく見えてきて、疑り深い自分がイヤになったりもする作品です……。

【オマケ】
 各地の民話や伝説を映像化した(かつての?)韓国、夏の風物詩『伝説の故郷』から、ドラマや映画でも有名な「九尾狐」の回をどうぞ。九尾狐役は主演女優のソン・ユナさんがそのまま演じているそうです。
藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。
















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