6月30日に「中国網絡視聴服務協会(中国ネットワーク視聴サービス協会)」が発表した『網絡視聴節目内容審核通則(インターネット視聴番組の内容審査通則)』により、ネット番組の内容に今まで以上に厳格で多岐に渡る禁止事項が敷かれ、中国のネットは騒然となりました。これではサスペンスドラマが作れなくなるのでは?と思うほど暴力表現や警察捜査手段の暴露、現実離れした事件の描写が禁止された他、「非正常の性関係や性行為、例えば近親相姦、同性愛、性的倒錯、性犯罪、性的虐待及び性暴力などの表現や描写」を禁止し、尊重されるべき権利と犯罪行為を同列に扱っていることも非難の的になりました。

 また「先審後播(審査してから放映する)」の規則も加わり、今後は自主規制の風潮が更に厳しくなります。ネットドラマは今まで「自審自播(自己判断で審査し放映する)」制度だったから地上波ドラマよりも自由という風潮がありましたが、2016年10月にネットで放映中だったサスペンスドラマ『暗黒者2』『心理罪』がネットから撤去される事態も起きた当時すでに業界も視聴者も表現規制の波を感じていました。しかしこうして明文化されるとは思っていなかったのではないでしょうか。あくまでも一協会が定めた規則でありますが、これにより制作サイドが萎縮するのは明白であり、審査に通らず放映されない恐れのある内容のドラマを敢えて制作することはなくなるでしょうから、冒険的だったり刺激的だったりする内容のドラマは今後ますます減っていくでしょう。

 と言うかこの処置、現在の中国のIPブーム(原作のある作品の映像化ブーム)に冷水をぶっかけて自分で自分の首を絞めることになると思うのですが、そこらへんどう考えているんでしょうかね。

 今回の件はネット番組業界のみに通達された規則ですが、規制の影響が小説業界に波及しなくても、例えば自分の作品を映像化して稼ごうとしている作家にとって原作がサスペンスやミステリだとそれだけで対象外になる可能性があるので、今後はこの規則におもねる作品を創る、もしくは規則に合わない作品は創らないことを選択するかもしれません。

 規制の中でも面白いものが生まれる余地は十分にありますが、さすがに環境を根本から変えてしまうような規制にはもう頭を抱えるしかないです。例えば「未成年を殺人事件に巻き込んではならない」みたいな規則ができたら学園ミステリの終焉です。もし将来、ミステリが育ち、名作が生まれる土壌を完全に死滅させられた場合、作家は翻訳を通して海外で作品を発表することを選ぶのでしょうか。しかし、作家にとって母国語で作品を発表できないことは何よりの屈辱だと思うので、結局はやはりこの世界で生き残ることを選ぶのでしょう。またはもう諦めるのか。

 長々と最近起きた表現規制について書いてしまいましたが、今回は発想のスケールの勝利と言える中国ミステリ『超能力偵探事務所』(著者:陸燁華)を紹介します。

 私立探偵事務所の開設が認められている中国の架空都市「幻影城」。そこのサーカス団で働くナイフ投げの葉飛刀はナイフが対象に絶対「当たらない」という超能力を買われ、超能力探偵事務所にスカウトされる。その事務所には同じく超能力を持っているメンバーがいたが、葉飛刀を含めた彼らに言えることは、彼らの超能力が決して万能ではなく、捜査にあまり使えないということ。「幻影城」の探偵事務所ランキングで下から数えたほうが早いほど何の成績も残していない彼らは、同じく個性的な他事務所の協力を借りて都市で次々発生する事件の解決に乗り出すが、徐々に「幻影城」の転覆を謀る秘密組織の存在にたどり着く。

 シリーズ1巻(写真左)が2016年8月、2巻(写真右)が2017年6月に出た本作は、ジャンル分けをすると「ユーモアミステリ」あるいは「バカミス」に分類されます。このシリーズをより魅力的にしているのは一つがテンポの良い会話の掛け合い、そしてもう一つが個性的なキャラクターです。

■超「無用な」能力

 葉飛刀の絶対「当たらない」という超能力はあらゆるところに発揮され、投げたナイフは当たらず、選択問題も当たらず、推理も絶対に当たりません。則ち、彼が推理によって導き出した答えは絶対に外れているのです。事務所の良心で、本シリーズで一番探偵らしい活躍をする左柔は他人の左のポケットだけ「透視」できる能力を持っています。そして少年の幽幽は「動物と会話」できる非常に有用な能力を持っていますが、彼自身が人間と喋ることは全くなく、意思の疎通はもっぱら絵です。各々、人知を超えた力を持っていますが、それが探偵活動において決定打にはなりません。

 物語は主に葉飛刀と左柔の2人で進みますが、超能力を多用したアンフェアな展開になるのではなく、もっぱら左柔の綺麗に組み立てられた推理によって事件が解決します。決して葉飛刀に手当たり次第に犯人を当てさせ、消去法で犯人を導くというものではありません。とは言え、考えるよりも先に言葉が出る葉飛刀のデタラメの推理からヒントをもらうのも左柔のやり方で、彼女にとって「透視」とはなくても良い能力であり、細かな事実から事件像を組み立てて真相にたどり着くというのが彼女の真価です。だから、本作は作者の創造力やスケールの大きさによって生み出された現実離れした人物、組織、場所などが出てきますが、そもそも舞台となる「幻影城」自体が作者によって生み出された架空の世界なので、その世界で発生するどのような事件も一概に「リアリティがない」とは言えないのです。一見するとどれほどおかしいと思える事件や真相であっても、「幻影城」という犯罪をするために用意された都市での出来事と思えば、探偵や読者は受け入れられるのです。実際、とあるホテルに少年漫画でも描けないほどの驚くべき大仕掛けがあるのですが、発生場所が「幻影城」だからそういうこともあっても不思議ではないのです。本作においては、事件が発生する場所一つ一つがミステリ小説には欠かせない完全犯罪のために造られた「館」として見た方が良いです。

■バカミス特有のテンポ

 もう一つの魅力はキャラ同士の掛け合いです。一部を抜粋して翻訳してみます。

・2巻30ページから

「なんだって?」韓決教授は呆気にとられた。

「何で周を殺したんだと言ったんだよ」葉飛刀はさっきのセリフを繰り返した。

「なんだって?」

「ちょっと!山彦が反響してるんだけど!」葉は焦って「頼むからもうちょっとリズム良くいきませんかね?延ばされるとさっき推理したことを忘れちゃいそうなんで」

「わかったわかった」韓教授は姿勢を正して椅子に座り直した。「じゃあ君の推理を聞かせてくれたまえ。何故私が周を殺害した犯人だと?」

「いや、アンタじゃない!」葉は言い返し、「さっきは指を差し間違えた。俺が聞きたかったのは准教授の蘇鳳梨さんだ。何で周を殺したんだ?」

「お前は何を言っているのかわかってるのか?!」韓教授は突然椅子から立ち上がり葉の前を見下ろして彼の胸ぐらをつかんだ。

(中略)

「うん。ここからが最も重要なポイントだ。犯人は何故殺害前に女子トイレに行ったのか?何故髪の毛が濡れていたのか?」

「そうね。確かにそれがこの事件で一番重要なポイントね」左柔が珍しく葉の意見に賛同した。

「トイレに行って髪が濡れていたのだから答えは簡単だ!犯人は髪を洗っていたんだ!」

「なんだって?か、髪を?!こんなに驚かされたのは久しぶりだ」教職にある韓教授もこの時ばかりは葉のロジックの前に阿呆のように成り果ててしまった。

「ふふふ、男のアンタには女の子の気持ちなんかわからないだろうな」葉は自分がどれほど馬鹿なことを喋っているのか気付かずに話を続けた。

 葉飛刀は始終狂言回しとしてストーリー中を自由に駆け回り、推理が「当たらない」という超能力のせいで失敗ばかりしますが、裏表のない性格の直情型の正義漢ですし、悪気はないのでいくら推理を間違えても読んでいて不快感はありません。

中国ミステリと「幻影城」の行方

 新刊の2巻では「幻影城」を混乱に陥れようとする「神秘組織」の構成員が探偵事務所に潜んでいることが明らかになりましたが、物語はまだ続きます。1巻を読み終わったときは「神秘組織」の目的も内容も全然わからなかったので消化不良の感が強く、中国の小説ってシリーズだからといって1巻ずつ読者を納得させるストーリーの終わらせ方をする気がないなと思いましたが、こうやって続巻が出てくれて本当に嬉しかったです。

 ところで、現実の中国は私立探偵が禁止されています。それは本作も同じで、あくまでも「幻影城」だけ特例として探偵事務所の設立を認める規定が定められているだけで、その結果事務所が乱立して超能力探偵事務所のような弱小組織から、ミステリ小説家だけの組織「三巨頭探偵事務所」、上述の韓決がトップで教授だけで構成される「教授探偵事務所」、頭も良ければ腕っ節も強い「鷹漢組」(鷹漢とは中国語でハードボイルドを意味する硬漢と同じ発音)など実力のある組織が一つの都市にひしめきあっています。

 2巻の出版は今年の6月であり冒頭の「通則」とは無関係のわけですが、「私立探偵を認める規定が施行されている世界」を描いた本書の設定が秀逸である一方、現実世界で深刻な表現規制が敷かれていていつミステリ小説の規制がより強化されるのかわからない現在、本シリーズの終わりにはやはり上記の規定が関わってくるのではと考えられます。

 実際、2巻になると犯罪者の口から「幻影城」に探偵事務所があるから犯罪を行うという『バットマン』の「ゴッサムシティ」みたいな論理が語られているので、作中で「平和のために探偵事務所を解体する」という展開が描かれる可能性は高いです。

 一人の作者に期待を背負わせるのもどうかと思いますが、作者が今後「幻影城」という世界をどのように描くのかが、中国ミステリ小説家の表現規制に対する生き方の表明になると思うので、無事にシリーズが終わってほしいですね。

阿井 幸作(あい こうさく)

中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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