ジェイムズ・スウェインという作家の名前をご記憶でしょうか。日本では『カジノを罠にかけろ』(2005年)と『ファニーマネー』(2006年)の2作が紹介されています(いずれも三川基好訳/文春文庫)。ラスベガスのカジノでイカサマ・ハンターとして活躍する六十二歳のトニー・ヴァレンタインを主人公にした痛快なシリーズで、当時、うら若き乙女だったわたし(大うそ)はトニーの渋いかっこよさに心を奪われました。未読の方、いまからでもぜひ!
 そのジェイムズ・スウェインの名前をひさしぶりに見たのが、昨年のバリー賞候補作の記事でした(こちら)。スリラー部門にノミネートされた名前に見覚えが……。わあ、なつかしい。トニー・ヴァレンタインの最新作なのかなと思ったら、マイアミを舞台にした新シリーズとのこと。海軍特殊部隊(通称 Navy SEALs)に所属した経験のある探偵と、FBI捜査官がコンビを組む話と聞いたら、もう読むしかないじゃないですか。
 そんなわけで今月はジェイムズ・スウェインの “THE KING TIDES”(2018)をご紹介します。


 マイアミで探偵業を営むジョー・ランカスターのもとに医師のノーラン・パールからボディガードの依頼が舞いこみます。パール医師の15歳の娘ニッキーが、ここ最近、複数の見知らぬ男たちにあとをつけられ、拉致されかけたこともあるというのです。娘の身を守ると同時に、ストーカーを捕まえ、二度と娘のそばに近寄らせないようにしてほしい。それがパール医師の依頼でした。
 身代金目的の誘拐ならば、気づかれた時点でべつのターゲットに切り替えるはず。ならば、ニッキー本人に執着しているか、パール家の誰かに恨みがある者の犯行だ。そう考えたランカスターは、ニッキーの護衛をつとめるかたわら、各方面の協力を得ながら犯人の意図を突きとめようとします。その間も、ニッキーをつけまわす男たちはあとをたちません。
 調査を進めるうち、ストーカー行為の奥に若い女性ばかりをねらった連続殺人犯の存在が見えはじめます。ランカスターは調査を通じて知り合ったFBI捜査官のベス・ダニエルズとともに犯人を追いかけることに。

 主人公のランカスターは前述したように海軍特殊部隊で数々の作戦に従事した経験を持ち、除隊後は警察官をしていました。そういう経歴もあって、武器の扱いにたけ、調査能力も抜群。危険な行動に出ることもありますが、無謀さとは無縁です。けれども、正義感というか、悪を憎悪する気持ちが強すぎて、法を曲げることを厭わない一面があり、読んでいるこっちがひやひやするような科白をさらっと口にしたりします。
 仕事で知り合った女性とは関係を持たないのが信条で、彼に好意を寄せる協力者の女性(しかもランカスター本人も憎からず思っている)とも一線を越えることがありません。そのストイックな姿勢にプロ意識を感じます。信条といえば、探偵仕事ではお金のかわりにものをもらう、というのもユニーク。パール医師からの依頼を受けるにあたっては、冷蔵庫を買ってもらうという契約になっています。依頼で得たものを見るたび、その仕事を思い出せるからというのですが、それはそれで重たい気もしますが、どうなんでしょう?
 そんな彼とひょんないきさつからタッグを組むことになるのが、FBI捜査官のベス・ダニエルズ。実は彼女自身、学生だったころにふたり組の男に拉致された経験があります。当時、同世代の女性が拉致され、強姦されたうえ、殺されるという事件が2件つづけて起こっており、彼女は3番めの被害者でした。連れ去られる途中で運よく逃げ出すことができましたが、犯人はいまだ逮捕されていません。それゆえ、性犯罪を憎む気持ちが人一倍強く、それが仕事への取り組み方にも反映されています。少しやり過ぎとも言える作戦も(翻訳ミステリー読書会の課題書にしたら、全員からツッコミが入るレベル)、一途な気持ちゆえなのでしょう。

 ランカスターとダニエルズのシリーズはこのあと、第2作 “NO GOOD DEED” (2019年)、第3作 “BAD NEWS TRAVELS” (2020)とつづいています。民間人である探偵とFBI捜査官が何度もタッグを組むなんてありうるのか? なんてかたいことは言わないように。ちなみに “NO GOOD DEED” は今年のバリー賞ペーパーバック賞の候補になっています。今度こそ受賞を!

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はテイラー・アダムス『パーキングエリア』(ハヤカワ文庫)。その他、ダン・フェスパーマン『隠れ家の女』(集英社文庫)、ローラ・チャイルズ『アッサム・ティーと熱気球の悪夢』(コージーブックス)、ジョン・ハート『終わりなき道』、ダーシー・ベル『ささやかな頼み』、ニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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