みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。コロナと猛暑で不安と不満が尽きない日々ですが、幸か不幸か読書だけはそこそこはかどっている気がします。

 さて、昨年、韓国発ドロドロミステリーで話題となった『あの子はもういない』(作/イ・ドゥオン、訳/小西直子、文藝春秋)は、もうお読みになったでしょうか? そちらの原作『シスター』が韓国で出版された2016年から2019年にかけ、韓国産ミステリー10作品を生んだのが、ジャンル小説専門出版社「コズノックENT」による「Kスリラー」シリーズ1ですが、今年の上半期にはついにシーズン2が登場しました。シーズン2では、国内最大の電子書籍読み放題アプリ(月額制)「ミリの書斎」と共同で開催した「K スリラー作家公募展」において最終選考に残った7作品を紙書籍化。本日はその中から2作品をご紹介します。


 最初の作品は、大賞受賞作『目覚めるんじゃなかった』(作/キム・ハリム)。事故により記憶を失った女性が、次々と直面する「記憶とは違う現実」に当惑しながら、妹の自殺の真相を求めて奔走するミステリー。記憶喪失! 韓ドラあるあるかよ! と切り捨てるにはもったいない作品。

 妹が通っていた高校の屋上から墜落し、11年ものあいだ植物状態だったヨニョン。目を覚ました彼女のベッドサイドでは、妹の親友ミンソの母サンミが彼女を見守っていた。墜落事故の少し前には、妹が同じ学校の屋上から飛び降り自殺をするという事件があったらしいが、その記憶はすっぽり抜け落ちていた。妹が自殺だなんて、ありえない。サンミの協力で妹の元級友へ聞き込みを試みるも、これといった手がかりは得られず、ありきたりであやふやな証言しか出てこない。銀行の口座には、つい最近、現金が引き出された形跡が残っており、行員は間違いなく本人が引き出したと主張する。11年間病院に保管されていた私物は、何者かにより新しい物にすり替えられていた。探れば探るほど、不可解な事実ばかりが判明する。そんな中、事件の真相を証明できる写真があるという謎の男から取り引きをもちかけられる。

 こちらの作品、表向きの主人公はヨニョンですが、異様な存在感を放っているのがサンミ。まずサンミとヨニョンの関係が実に怪しい。怪しい点をざっと挙げると、
 

・「わたしと似た体格の人に屋上から突き落とされた」というヨニョンの訴えに、一瞬びくっとした。
・妹が自殺するわけなどないと訴えるヨニョンを「姉妹ごときで、どれだけわかりあえてると?」とあざ笑った。
・ミンソの友人にサンミと暮らしていると話したところ、「ありえない」とドン引かれた。

 
 ……などなど。
 少しずつ記憶を取り戻し、少しずつ事件の真相に近づき、犯人はアナタだっだのね! めでたしめでたし! ……ではないのが、この作品の醍醐味。真相に近づいても、真相に近づけば近づくほど、善人と悪人が混在し入れ替わり混乱をきたし、おぞましい事態が次々と勃発し、いつの間にかヨニョンの立ち位置に変化が表れるのです。
 実は、11年も寝たきりだった人が数週間で歩き回れるようになるという設定に、冒頭から激しく違和感を感じていました。ウソっぽ! まぁ小説だからね……と少々落胆しながら読み進めていたのですが、その違和感は後半ですっきり解消。皆さまにもご安心して読んでいただければ。ついでに「記憶喪失! 韓ドラあるあるかよ!」に続き、ラストもちょっぴり韓ドラあるある仕様になっております。


 次にご紹介するのは、女たちの歪んだ承認欲求と自己顕示欲、ネタミとソネミが紡ぎ出す醜い闘争を描いた『幸せバトル』(作/チュ・ヨンハ)。教育熱の高さで名高い江南カンナム地区で、人気の英語幼稚園に子どもを通わせ、高級マンションに住み、裕福な生活を堪能し……ているように見える母親たちがSNS上で繰り広げたバトルが、現実世界で殺人事件を巻き起こします。
 高級マンションのベランダで二児の母、ユギョンの死体が発見される。バルコニーのフェンスから身を投げ出すように体を折り曲げたという、自殺にしてはあまりにも不自然な姿勢。彼女の死を偶然知った高校時代の友人セギョンとミホがユギョンのママ友を中心に聞き込みを始めたところ、ユギョンが特定のママ友たちとSNS上で「幸せバトル」を展開していたことを知る。自分がいかに夫や子どもたちから愛されているか、子どもたちがどれほど愛らしいか、高級家具に囲まれた部屋で、高級食器に手料理を盛りつけ家族にふるまうことがどれほど幸せなことか。そんな投稿をこれでもかと繰り返し、相手をけん制するのだ。中には、上流階級と認められたいがために、多額の借金をしてでも富裕層のふりをする者もいた。そうした秘密をもつ家庭は、ママ友会の幹部が作成するブラックリストに載せられるという恐ろしい世界さえ存在した。そのブラックリストが事件に関係しているかもしれないと考えたセギョンらだが、さらなる聞き込みから、ユギョンの娘が過去に起こしたある事件との関係も疑われ、当時の幼稚園教諭に対するある疑惑も浮上する。

 実際、韓国のSNSやブログをのぞいてみると、日本人から見ると赤面してしまいそうな幸せバトルチックな写真が膨大に掲載さているものが少なくありません。そんなところが良くも悪くも韓国らしい気もします。
 ラストに「おいっ!」とツッコミたくなるどんでん返しが控えていますが、その裏切られ感もある意味オツ。SNSで偽りの幸せを表出する寂しい大人たちとは違い、学生時代には自分の身の上を嘆き、自分がどれほど不幸な星の元に生まれたかと「不幸自慢バトル」を繰り広げながらも、そんなグチを互いに笑い飛ばし合い、共にときを過ごせる友人がいるという幸せがあったなあと、懐かしく切ない気分も味わえる作品でした。ちなみに泥沼ミステリーのこちらの作品、すでにドラマ化契約を終えているそうで、今後の動向に注目したいところです。

「Kスリラー」シリーズはシーズン3が待たれる中、今年下半期には「シーズン2プラス」として新たに3作品が出版予定とのこと。そちらもいつかご紹介できればと思います。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


















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