書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 書評七福神の二人、翻訳ミステリーばかり読んでいる翻訳マン1号こと川出正樹と翻訳マン2号・杉江松恋がその月に読んだ中から三冊ずつをお薦めする動画配信「翻訳メ~ン」、ちょっと今はお休み中。再開までしばしお待ちを。最新三月の動画はこちらです。

 というわけで今月も書評七福神始まります。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

 

 

川出正樹

『その裁きは死』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳

創元推理文庫

 『クリムゾン・リバー』のニエマンス警視が二十年ぶりに再登場し、異形度・狂信度ともに前作に比肩する猟奇殺人者と対決する『ブラック・ハンター』か。明敏な頭脳と冷静な判断力と父親直伝のサバイバル術を駆使してターゲットを追う懸賞金ハンターの自由闊達な活躍を描く、ディーヴァー流・現代のまつろわぬアメリカン・ヒーロー譚『ネヴァー・ゲーム』か。はたまた人気絶頂期に断筆した作家の謎を中心に連鎖し絡み合うWhydunitとWhatdunitで読者を翻弄するギヨーム・ミュッソによる“書く行為”の本質を問う『作家の秘められた人生』か。

 悩みに悩んだあげく『その裁きは死』に決めたのは、謎解きミステリとしてまるで隙のない恐ろしいまでの完成度の高さに心底感心したためだ。加えて現実世界と地続きの〈物語〉も面白いのだからいうことはない。毎回、赤い鰊を効果的にばらまきつつ、至る所に手がかりを潜ませているので一文たりとも気を抜けないのだけれども、キャラクターの魅力と緩急自在の物語の面白さで、すらすらと読まされてしまうので解決編に至って、明々白々な真相に「やられた」と膝を打つことになる。外連に寄りかからず、突飛な設定で底上げすることもしない。にもかかわらず謎解きミステリ好きの欲求を満たしてくれるのは、謎と解明という体幹がしっかりとしているためだ。現代の本格ミステリ作家の中でアンソニー・ホロヴィッツは、もはや別格と言って良い。

 

吉野仁

『作家の秘められた人生』ギヨーム・ミュッソ/吉田恒雄訳

集英社文庫

 九月は豊穣な月である。その月といわず、その年の目玉となるであろう海外ミステリの刊行が目白押しなのだ。ディーヴァーにホロヴィッツに陳浩基の新作、さらにはカリン・スローターの単発作、グランジェによる大ヒット作の続編、CWA賞のゴールド・ダガー受賞作など、いずれも読むまえから期待は高まり、じっさいに読み出すとやめられない傑作ぞろい。たとえばディーヴァー『ネヴァー・ゲーム』は新シリーズで、リンカーン・ライムやキャサリン・ダンスとは異なる個性の主人公、懸賞金ハンターのコルター・ショウが活躍する物語。作者ならではのどんでん返しサスペンス趣向満載はもちろんのこと、ゲームを題材にした様々なディテール、サバイバルに長けた主人公の魅力と活劇など、さすがディーヴァーに退屈の二文字はない。ホロヴィッツ『その裁きは死』は、『メインテーマは殺人』につづき、作者自身が語り手となり、元刑事の探偵ホーソーンが活躍するシリーズ第二弾で、これまたお見事な犯人当てミステリ。あいかわらず現実と虚構をごちゃまぜにしたことで生まれる楽屋ネタのような部分が面白くってしかたない。CWA賞『ストーンサークルの殺人』も英国版ディーヴァーといえるケレン味の強い内容とキャラの魅力などで満足した。と、こうして一作ずつ語っていくと長くなるのであとは略。まぁ、九月刊の海外ミステリは全部読め、なのかもしれない。

 で、『作家の秘められた人生』。物語の冒頭は、断筆宣言をした世界的人気作家が地中海の島に長らく隠棲していたが、そこへ文学青年や新聞記者が訪ねていく、という展開。そんなとき、島で死体が発見される。この小説、読み進めていくとどんどん転調していくのだ。それまで見ていた世界が、あらたな真実の提示で別の層へと移り変わる驚き。その連続である。これはもうわくわくしながら読まずにおれない。今月はキャラクターの魅力やどんでん返しなどミステリ趣向で圧倒している大物作家作品が多いものの、こちらはあくまでその奇抜な話運び、つまり英米産の大作では見られない独特なサスペンスを生み出す大胆なプロットの面白さなのだろう。この作品を見落としていた人に強く薦めたい。

 

千街晶之

『網内人』陳浩基/玉田誠訳

文藝春秋

 ネット上の誹謗中傷により自殺した少女。彼女の姉は、妹を精神的に追いつめた相手を突きとめるべく、ネット専門の凄腕探偵アニエの力を借りる。非合法的手段も平気で駆使し、独自の倫理観で動くアニエのキャラクター造型がユニークで、その探索の過程も(日本で言えば一田和樹の小説みたいで)精細だけれども、前半だけだと『13・67』の作者にしてはストレートな展開だというのが正直な感想だった。ところが、後半に入ってこの小説はガラリと趣が変わる。具体的なことは書けないけれども、前半の微妙な違和感を伏線として次々と回収する手さばきは見事。ありそうでいて意外と少ない海外産サイバーミステリの収穫だ。

 

北上次郎

『グッド・ドーター』カリン・スローター/田辺千幸訳

ハーパーBOOKS

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 冒頭の激しいシーンから一転、物語はその28年後から始まる。ここからはもう静かなドラマが始まるんだろうと思っているととんでもない。今度はヒロインが銃撃戦に巻き込まれるのだ。なんなんだこれは! シリーズものではなく、単発作品だが、久々にカリン・スローターを堪能!

 

霜月蒼

『グッド・ドーター』カリン・スローター/田辺千幸訳

ハーパーBOOKS

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 カリン・スローターのノンシリーズには一つ不満があった。面白すぎるのだ。というと語弊があるか。余計な前置き抜きで主人公を危機に放り込み、「いったい彼女はどうなってしまうのか」という猛烈な焦燥感と強烈なサスペンスで、先へ先へとページを繰らせてしまう。間違いなく一気読みの徹夜本なのだけれど、そのぶん、ウィル・トレント・シリーズにはある痛ましいテーマ性を噛みしめる余裕がないように思えたからである。これが贅沢な注文なのはわかってます。

 しかし今回の『グッド・ドーター』は違う。冒頭から強烈な設定で疾走を開始するのは同じ。しかしそこから腰を据えて、波乱万丈のプロットを追うよりも、「犯罪被害によって壊されてしまった家族」の痛みと再生の物語をじっくり描いてゆく。その痛切な味わいは、犯罪の痛みから目をそらさない胆力の持ち主スローターだからこそ書けるのだと僕は思う。苦痛と非道を容赦なく描いているからこそ、そこからの再生が力強く響くのだ。ずっとアメリカ南部に舞台を置いてきたスローターの作品中、もっとも南部小説の味わいのある作品でもあった。強くおすすめ。ちなみに杉江松恋氏が先月フライング気味に上げていたジョセフ・ノックス『笑う死体』も年間ベスト級の作品であったことにも触れておきたい。ノワールとしてもミステリとしてもすぐれた傑作であった。

 

酒井貞道

『その裁きは死』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳

創元推理文庫

『作家の秘められた人生』や『ストーンサークルの殺人』も素晴らしくて悩みました。
 今回は、自分の嗜好を優先して『その裁きは死』を選びます。フェアプレイに徹した上で、真相をロジカルに説得力強く提示して見せるその手際は、何というかこう、最高に良い意味で安定しています。伏線の紛れ込ませ方がとても上手く、それが本書の真相の衝撃度を強めているのは間違いないです。ホロヴィッツのモノローグが結構味わい深くて、読み心地の良さにつながっている。……これ以上のことは、何も知らずに読んで欲しいなあ。落ち着いてじっくり読めて、最後で驚ける、という本格謎解きミステリとしては至高の一冊だと思います。それ以外の何を求めれば良いのだろう。

 

杉江松恋

『その裁きは死』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳

創元推理文庫

 自分が解説を担当したミュッソ『作家の秘密の人生』も出ていて、これは実におもしろいですと力説したい気持ちはあるのだが、今月はホロヴィッツにしないことには仕方ないのではないか。国内ミステリーは読んでいるけど海外ものはあまり、というような人に進める作家は誰にすべきか、というような場合、以前は迷っていたが、今はホロヴィッツしかいないと思う。それだけ間口が広く、新しい読者を開拓してくれる可能性のある作家だ。吸引力の変わらない唯一の作家、それがホロヴィッツです。

 本書はホーソーン&ホロヴィッツものの第二作だ。二冊目を読んでわかったことだが、おそらくホロヴィッツ(作者のほう)にはエンターテインメントとして謎解き小説を書くにはどうすればいいかという確固とした方法論が存在する。『メインテーマは殺人』と『その裁きは死』がよく似た構造を持っているのがその証拠で、ある程度までは既製の金型を使い、そこに独自の要素を盛り付けるような形で長篇を書くことができる作家なのだと思う。既製の金型というか、それは古典的探偵小説の技法であるのだが。二作読んだ印象としては、同じ金型から出てきているが、大量生産品のような安っぽさは感じない。そこに籠める材料は十分に吟味しているからだろう。たぶん三題噺的に、話を成立させるための要素をいくつか出して、それを組み合わせる形でホロヴィッツは書いていると推測する。話の組み立てが巧みで、無駄な章がない。どうやらホーソーンの過去を少しずつ明かしていくことで大河小説感を出すつもりのようだが、キャラクターに頼り過ぎると新規ファンの獲得は難しくなるだろうなとは思いつつも、クリスティー作品を熟知しているホロヴィッツがそんなヘマをするはずはないとも考える。向こう十年くらいはホロヴィッツばっかり読んでいるミステリー・ファンが出てきてもおかしくないくらいの巨大な存在になるはずだ。たいへんな作家に成長したものである。

 

さあ、いよいよこのミス年度の〆切です。今年から一ヶ月早まったのでした。その順位も気になりますが、まだまだ話題作の刊行は続くはずです。寒暖の差に気を付けて風邪などひかれませんように、どうぞ読書生活をお楽しみください。また来月お会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧