ヴィヴェク・オジが死んだ日、市場が焼き払われた。

 こんな一文で始まるアクウェク・イメジの “The Death of Vivek Oji”(2020)はペーパーバックで250ページほどと短めながら、中身はずっしりと重い。なにせヴィヴェクという青年が死ぬことになった秘密を明かしていくのかと思いきや、まず彼の祖父母や両親、おじやおばの話から始まり、親族がときに助けあい、ときに衝突しながら命をつないでいく3世代の物語が描かれているのだ。その折々のできごとを伝えるのは物語の語りと、そして作中にたびたび挿入される家族写真の説明である。

 ナイジェリア南東部の地方都市に暮らすチカは数年前に父をなくし、母の体調もよくない。その最愛の母の面倒をみてくれているのは兄エケネの妻メアリだ。チカはしだいにメアリに思いを寄せていく。そして、あるときキッチンで料理中のメアリに後ろから近づいて首筋にキスをしてしまい、激しく抵抗される。幸せな結婚生活を壊しかねない義弟の行為にメアリは怒りをこらえられなかった。

 それから数カ月、チカは兄夫婦に会わなくてすむよう町を出て、遠くのガラス工場で働くようになる。思いがけずその土地でカヴィタという美しい女性に出会う。チカはカヴィタに夢中になり、薔薇が咲き乱れる庭でプロポーズをする。

 伴侶を得たチカは再び兄夫婦と親しくつきあうようになる。やがて兄夫婦に待望の息子オシタが生まれるが、新しい命の誕生と行き違うようにチカとエケネの母が亡くなる。愛する母を失った深い悲しみのなか、チカとカヴィタ夫妻にもにもひとり息子ヴィヴェクが生まれる。このヴィヴェクとオシタの年の近いいとこ同士はともに遊び、兄弟のように育っていく。彼らの親はどちらも子どもにはナイジェリアで一生を終えるのではなく、大学からアメリカに出て大きく羽ばたいてほしいと考えていた。

 ヴィヴェクの母カヴィタはナイジェリア料理を学んだり、パーティを開いたりする主婦グループに参加していた。ヴィヴェクはグループメンバーの娘であるジュジュに何年も片思いしていたが相手にしてもらえず、ティーンエイジャーらしい異性への関心のやり場に悩んでいた。そして、オシタがガールフレンドと抱きあっているところを覗きにいき、怒ったオシタに殴られて床に倒れる。

 オシタは家を出て港で働き、ホテルで寝泊まりしていた。酒に酔い、気づいたら見知らぬ男がホテルの部屋にいた。背の低いでっぷりとした髭の濃い男はオシタの服を脱がせ、自分も裸になって襲いかかってきた。屈辱で怒りを爆発させたオシタは力を振り絞って男の目を殴る。男は目から血を滴らせながら胸に服を抱いて部屋を出ていった。
 力尽きて眠ってしまったオシタを起こしたのは、なんとカヴィタだった。どうしてもオシタに手伝ってほしいことがあるからと、ほうぼう手を尽くして探しにきたのだ。カヴィタはヴィヴェクが肌身離さず身につけていたペンダントを探していた。それは、早くに両親をなくしたカヴィタにとって親代わりのおじが赤ん坊だったヴィヴェクにくれたものだった。ペンダントのチャームには象の頭をした知恵の神ガネーシャがデザインされていたのをオシタも覚えていた。ヴィヴェクも大切にしていたペンダントだ。しかし、ある日、カヴィタが玄関のドアを開けると目の前に放置されていた愛息子の遺体はペンダントを首にかけていなかったのだ――

 ひとつひとつのエピソードは連続しているようで、じつは時代が前後していることもある。時間の流れに惑わされないためには、ところどころに挿入される家族写真の描写に目を向けるといい。写真が撮影された年代や当時のできごとがうっすらとわかる。写真からこちらを見つめる人々の自己観やアイデンティティが透けて見えることすらある。
 しかし、すべてがつながるには先を読み進めなければならず、読むはしから流れるように物語が転がっていくというよりは、ときに著者の巧みな語りに騙されながらエンディングに向かっていく作品である。なぜヴィヴェクは死んだのか、なぜ自宅の前に遺体が置かれていたのかという謎に向かって。

 著者アクウェク・イメジはナイジェリアに生まれ育ち、アーティストとしての活動も行っている。日本未紹介の作家だが、本書のほか著者の実体験をベースに書かれた Freshwater(2018)、若者の選択について難しい問いを投げかけた Pet (2019)など、いずれも各書評子に高く評価され、複数の文学賞を受賞またはファイナリストに選ばれている。

片山奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。大学非常勤講師。大学で日本語、コミュニケーション、異文化理解関連の科目を教えながら、大学院で多文化社会におけるコミュニケーションの研究に取り組む。埼玉県JR蕨駅周辺のトルコ系クルド人コミュニティが研究フィールド。最近の関心は大学の授業で海外文学を読むことで異文化理解や社会の多様性の受けとめにどんな影響があるかということ。そのため、現代社会の多様な姿を描いたできるだけ新しい作家の作品をつねに探している。
最新の著訳書はリア・ワイス著『スタンフォードが教える本当の「働き方改革」』、日本語口語表現教育研究会著『社会を生き抜く伝える力 A to Z』(第3章担当)

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