今回、飛び込みで本コラムに執筆させていただくことになった翻訳者の吉野弘人です。今回、紹介させていただく作家はマイクル・Z・リューインです。え、いまさらリューイン?と思う方もいるでしょう。マイクル・Z・リューインと言えば、アルバート・サムスン・シリーズやリーロイ・パウダー・シリーズなどの代表作で有名ですが、「神さまがぼやく夜」(ヴィレッジブックス)が2015年に翻訳出版されて以降、日本では新作は出版されていません。最近では本国でもあまり新作は出版されていないので、決して翻訳が滞っているというわけではありません。今回、紹介する作品は、リューインの代表的なシリーズ、アルバート・サムスン・シリーズの最新作です。アルバート・サムスンと言えば、ローレンス・ブロックのマット・スカダーやロバート・B・パーカーのスペンサーとならぶネオ・ハードボイルドの代表的な探偵の一人として有名です。サムスン・シリーズに未訳作なんてあるの?と思うかもしれません。まず、本題に入る前にサムスン・シリーズのおさらいをしておきましょう。日本で出版されているサムスン・シリーズは次の通りです。

  • A型の女(早川書房1978年)
    死の演出者(早川書房1978年)
    内なる敵(早川書房1980年)
    沈黙のセールスマン(早川書房1985年)
    消えた女(早川書房1986年)
    季節の終り(早川書房1989年)
    豹の呼ぶ声(早川書房1993年)
    眼を開く(早川書房2006年)

 カッコのなかは日本での出版年です。いずれもポケミスで出版され、「豹の呼ぶ声」まではハヤカワ・ミステリ文庫にもなっています。気がつくのは、「豹の呼ぶ声」から「眼を開く」まで13年もあいだが空いているということです。ネタバレになるので詳しくは書けないのですが、「豹の呼ぶ声」のラストはファンのあいだでも有名な衝撃的な展開で、読者は宙ぶらりんのまま、13年も待たされることになるのです。そして「眼を開く」では、タイトルの通り、新たな展開がスタートするのですが、残念ながらその後、また長い休止期間に入ってしまいます。
 「眼を開く」のあとがきで訳者の石田善彦さんは、ある人物からこの作品がサムスン・シリーズの最後の作品になるのではないかと指摘され、驚いたと記しています。それから約十年、その予想が当たるかのようにサムスン・シリーズは再び長い休止に入ります。しかし2018年、待望のシリーズ最新作が出版されました。

 さて、前置きが長くなってしまいました。今回紹介するのは、アルバート・サムスン・シリーズの最新作 Alien Quartet(2018) という作品です。実はこの作品、サムスンを主人公とする4つの中編からなる連作中編集なのです。どういうわけか、この作品は、Wikipediaの英語版にも載っていない忘れられた作品となっています。


 第1話の “Who am I” は一人の男がサムスンの事務所を訪れて仕事を依頼するところから始まります。男はレブロン・ジェームズ(NBAの黒人スタープレイヤーの名前)と名乗りますが、どう見ても2メートルもあるようには見えないし、白人です。しかも男は自分の父親が宇宙人だと言います。えっ、SF? どういう展開なの?と思うかもしれませんが、ちゃんとミステリなのでご安心を。頭がおかしいのかとも思えるこの男、意外にも底抜けの善人で、その奇妙な言動にも何か理由があるようです。男はその前日に自宅が強盗にあい、宇宙人である父親の手形の模様が入った石(サムスンにはただの植物の化石にしか見えないのですが)を盗まれたと言い、それを探してほしいと依頼します。第2話の “Good Intentions” では彼はモーツァルトにちなんでウルフガングと名乗り、突然、傷だらけでサムスンの事務所に現れ、またもサムスンを事件に巻き込みます。また第3話 “Extra Fries” では男はシャーリー・テンプルと名乗り、妻に殺されかけているという友人を連れてきて調べてほしいといいます。第4話 “A Question of Fathers” では、今度は、ボビー・フィッシャーと名乗り、母親が死に、相続が発生するので異父兄を探してほしいとサムスンに依頼します。男(どうやら本名はカーティス・ネルソンというようです)はその時々でなぜか別の名前を名乗りますが、いずれも早熟の天才にちなんでいるところもどこか意味ありげです。この不思議ながらもどこか魅力的な男がサムスンを巻き込んで展開する4つの物語が本書なのです。

 シリーズの魅力であるサムスンの軽妙な軽口はこの作品でも健在で、これまでのシリーズ作品の読者も十分愉しんでいただけると思います。さらに本作では、宇宙人の息子だというネルソンとサムスンの二人のユーモラスな掛け合いが、シリーズに新たな魅力をもたらします。

 本作のもう一つのテーマは、「親子」です。実は本作にはサムスンの娘サムが警官となって登場します。サムはそれぞれの事件で文句を言いながらもサムスンに協力し、ジェリー・ミラーに代わるサムスンの相棒として活躍します。サムスンは、サムから祖父(サムスンの父)について尋ねられたことをきっかけに、自分自身の父親に対する思いをあらためて整理することになります。これに父親を宇宙人だと言うネルソンの父への思いがからみ、親子について考えさせるじんわりと心の温まる作品となっているのです。

 アルバート・サムスン・シリーズ最新作は、これまで同様、軽妙なタッチは変わらずサムスンの魅力満載の作品であるだけでなく、ネルソンという新たなキャラクターを迎えることによって奇妙な味わいが加わり、さらにサムスンと娘のサムとの関係に温かい気持ちにさせられる、これまで以上に魅力的な作品になっているのです。連作中編集という従来とは違う形式ですが、シリーズの他の作品にも決してひけをとらない傑作に仕上がっています。
 ただ、ひょっとしたらこの作品こそがアルバート・サムスン・シリーズの最後の作品になってしまうかもしれません。著名なシリーズとしてたくさんのファンが出版を待ち望んでいることでしょう。是非、翻訳出版されるようみなさんも早川書房さんに熱い念を送ってください。

吉野弘人(よしの ひろと)
翻訳者。訳書にロバート・ベイリー、「ザ・プロフェッサー」「黒と白のはざま」(小学館文庫)。読むのも訳すのもリーガル・スリラーが大好き。ツイッター・アカウントは@kentlares

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