今回は私立探偵のローランド・フォードを主人公とするT・ジェファーソン・パーカーの最新シリーズから2つの作品を取り上げます。
 大学卒業後に海兵隊に入隊したフォードは、除隊後にプロボクサーとしてデビューしながらも初戦で自分の限界を思い知らされ、保安官事務所に転職したという経歴の持ち主です。ボクシングの試合で負った額の傷が疼くと危険が迫っている、と信じる彼は操縦していた自家用機の事故で2年前に亡くなった妻のジャスティンを思い続けています。
 妻の家族から結婚祝いとして譲り受けた広大な牧場に暮らし、そこに建てられた6つのバンガローはフォードが〈イレギュラーズ〉と呼ぶ一癖も二癖もある人物たちの住まいという設定です。

 シリーズ第1作である The Room of White Fire(2017年)は精神病患者の治療施設〈アルカディア〉から幕を開けます。
 入院患者のクレイ・ヒックマンが失踪し、世間体を気にする裕福な家族の意向に配慮した施設側は警察に通報せずフォードに捜索を依頼する。
 フォードは偶然にも助けられ、施設に隣接する公道を通勤に利用しているセコイア・ブレインという若い女性がクレイの脱走を手伝ったものの、金とトラックを持ち逃げされたことを突き止める。
 しかしセコイアも「クレイが戻ってきた」という電話連絡を最後に失踪する。
〈アルカディア〉から渡された書類では、クレイは空軍の整備兵としてイラクへ従軍したと記載されていたが最後の2年間は塗り潰されており、調査を進めると整備兵ではなく、SERE(生存、回避、抵抗、脱走の頭文字をとった米軍の訓練課程)に携わっていたことが明らかになる。
 クレイがセコイアに話していた「ダイモスに白い炎を渡す」とは何を意味するのか、自身も海兵隊隊員としてイラクに従軍したフォードにとってクレイの件は他人事とは思えず、一刻も早く連れ戻そうと奔走するが……

 第2作であるSwift Vengeance(2018年)では、〈イレギュラーズ〉の1人だったリンジー・レイクスの許にカリフォニア(Caliphornia)と名乗る人物から殺人予告が届く。
 元空軍中尉でドローンのセンサー要員だったリンジーは離婚した夫に引き取られた息子との面会回数を増やそうと裁判所に請願書を提出したばかりで、予告状のことが明るみに出ると却下されてしまう可能性が高くなる。
 相談を受けたフォードはカリフォニアがテロリストである可能性を考慮して、保安官事務所に勤務していた頃に知り合ったFBIサンディエゴ支局のジョーン・トーチャーに情報を渡す。
 その日の夜、リンジーとチームを組んでいたドローンパイロットのマーロン・ヴォスと情報士官のケニー・ブライスにもカリフォニアから同じ内容の予告状が届いていたことが明らかになる。
 3人は翌日合う約束を交わすがブライスは会合の場所に現れず、自宅で殺害されていた。
 ブライスを診察していた精神科医に会ったフォードは、リンジーたちが2年前のある任務の結末を未だに引きずっていることを知る。
 
 特殊な検索サイトを利用して情報を収集するフォードは、いかにも21世紀の私立探偵といった趣ながらも第1作では〈アルカディア〉に対して1時間100ドルという高額な調査費を要求する一方、第2作ではリンジーには一切報酬を要求しません。
 さらに両方の作品では彼が保安官事務所を辞職するきっかけとなった事件の詳細が徐々に明らかにされ、依頼された仕事に対して誠実に取り組む主人公の人となりが改めて浮かび上がる構成となっています。
 サンディエゴから約100キロ離れている牧場のバンガローにはリンジーだけでなく、別々の棟にいて顔を合わせれば口論ばかりしているフォードの祖父母や、何かとフォードを手助けする謎めいた経歴の持ち主であるバート・ショートといった間借り人たちが暮らし、彼らとの軽妙なやり取りは陰鬱になりがちな物語の中で張り詰めた雰囲気を和らげてくれます。
 著者のT・ジェファーソン・パーカーはロサンジェルス生まれ。『ラグナ・ヒート』(1985年)でデビュー後、いくつもの印象深い作品を書き続けてきましたが、この2つの作品ともその勢いが未だに衰えていないことの証であり、テロリズムとの戦いが影を落している米国の現在を生き生きと伝えてくれる秀作です。
 
■シリーズ作品リスト
 The Room of White Fire(G. P. Putnam’s Sons/2017年)
 Swift Vengeance(同上/2018年)
 The Last Good Guy(同上/2019年)
 Then She Vanished(同上/2020年)

寳村信二(たからむら しんじ)

9月に『TENET』を鑑賞してもう一度観に行かねばと考えていたら、ふくらはぎの肉離れで歩くのが困難になり、回復したのが10月半ば……改めて身体を労わらなくては、と痛感した次第です。

 

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