みなさま、あけましておめでとうございます。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 新年早々ブッソウなタイトルですみません。先日、『殺人の品格』(イ・ジュソン著/金光英実訳、扶桑社、2020年)という書籍を手に取る機会があり、今回はコレだなと思った次第です。こちらの作品、脱北作家による、作家の実体験が反映された脱北小説で、韓国では出版することさえ困難を極めた「禁断の書」となっております。

 物語の主人公チュンシクは、北朝鮮の高級官僚である父ソンウクの権力をかさに着て悠々自適な生活を送っていた。だがソンウクが南(韓国)に暮らす母親にこっそり施した親孝行が反逆行為とみなされ、ソンウクは銃殺刑を言い渡される。チュンシクもまた、妻子もろとも家畜班へ強制追放され、家畜の排泄物にまみれながら人間の死体を処理する身分へ転落する。
 ある日、栄養失調で体調を崩した幼い娘のために、なけなしの金で犬肉を買い求めた。だが一切れ口にして気がついた。これは犬肉の味ではない。豚でもイノシシでも鹿でもない……なんの肉だろう……? 不審に思ったチュンシクが肉屋へ押しかけ、台所の巨大な鉄釜の蓋を開けてみると……!(あ、タイトルが……)
 
 やがて、人間以下の不当な扱いを受けながら声も上げられない生活に嫌気がさしたチュンシクは、妻子を連れて脱北することを決意します。中国へ、そして韓国へ入国するまで、何人もの大切な人を失いながらの脱北。北朝鮮での目を背けたくなるような生活や脱北にまつわる過酷な現実も盛り込まれており、前述の肉屋の件も作者が住んでいた村で起きた事件とのこと。事実は小説より恐ろしく、悲しい。


 本日の人肉ミステリー2作目は、『三角波の中へ』(ファン・セヨン)。
 第二次世界大戦末期に韓国、群山沖で沈没したとされる日本の軍用貨物船「長山丸」に眠る財宝をめぐる、トレジャーハンターと海賊たち(と謎の生命体)との戦いを描いたアドベンチャーミステリー……と言いたいところですが、アドベンチャーミステリーからちょいグロファンタジーへ移行し、怪物ホラーに着地するエンタメ風味たっぷりの作品。

 漁村に暮らすスンソクは、父親の友人であるパンドルに連れられ、ある時は魚を求めて、ある時は溺死体を捜しに海へ潜ることで食い扶持を稼ぐ。ふとしたことがきっかけで沈没船に眠る財宝の存在を知ることになったスンソクは、パンドルと共に探査チームに加わることにした。数週間の船上生活を経て目的地点にたどり着いた彼らは、沈没船から大量の甕を引き揚げたが、お宝の匂いを嗅ぎつけた海賊たちが現れ、船を占拠される。おまけに命がけで引き揚げた甕の中身は、「クラゲの足のようなモノが数十本生えた、テニスボール大の白っぽい肉の塊」や正体不明の虫、色も形もバラバラの小さな卵らしきモノのほか、黒い点が無数に打たれた「かせ糸」や日本語で書かれた日誌など、財宝とはほど遠いシロモノばかり。
 船上生活にもすっかり慣れたある日の朝、トイレ代わりに使用していたバケツの中や倉庫の床に、髪の毛ほどの細さの蠢く線虫が多数見つかる。
「甕に入ってた卵が孵化したんじゃねぇべか? 殻だけになってんのもワンサカあるみてぇだし……」
 75年も前の卵が孵化だって? まさか……。そのとき、スンソクの頭の上に、まるで雨粒でも滴り落ちるかのように、ポトリ、ポトリと何かが落ちてきた。見上げると、今度は顔の上へ……。
 天井にへばりついている毛髪のような線虫は、下に人がいなければ決して落ちてこない。天井伝いに人がいる方へクネクネと移動しては、人に向かってボタボタと落下するのだ。

 ……という比較的序盤から登場するちょいグロシーンのほか、大海原での漂流、謎の生命体の出現に、負傷者や自殺者が続出する事態など、読者の好奇心をくすぐるエサが次々と投入されます。漂流中の船上で食料不足に苦しむ中、やっとの思いで捕獲した貴重なサメを4つの部位に切り分け保管したはずが、翌日開けた容器の中には4つの部位に切り刻まれたヒトの死体が……とか、負傷した船員が毛むくじゃらのヒトの脚を両手で抱え、貪るようにそれに喰らいつき(そして彼の膝の片方には血まみれの布がグルグル巻かれ、その横には血まみれのナイフが)……など随所でグロ炸裂な本作品の個人的見どころは二つ。
 一つめは、モチーフとして用いられている「山下財宝」。第二次世界大戦末期、日本軍がアジア各国からかき集めたと言われる財宝で、詳細不明な点が多いものの、近年、暴露本が出たりメディアで取り上げられたりと、たびたび話題になっているようです。そして1945年7月20日、米軍艦の魚雷により韓国沖で沈没した「長山丸」という船(これは実在)が、実は731部隊の病院船として使用され、同時に、中国から貨幣や財宝を密輸するために使われていたのではないか……というストーリーが物語の主軸になっています。韓国近海の海底にはそうした日本船が多数眠っていているらしく、実際、2011年にはその一部と思われる沈没船が群山沖で発見され、中から大量の硬貨が引き揚げられています。
 もう一つの見どころは寄生虫談義。自身の繁殖のために宿主を入水自殺へと導くハリガネムシの話や、自身の繭がぶら下がるための特殊なクモの巣をクモに張らせるヒメバチの話、猫に寄生するためにまずはネズミに寄生し、ネズミの恐怖心を鈍化させ、わざと猫に補食されるようネズミを操るトキソプラズマなど、ゾンビまがいの寄生虫たちの話も好奇心をくすぐってくれます。
 作者によるとこちらの作品、SFホラー映画「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター監督/カート・ラッセル主演、アメリカ、1982年。原作『影が行く』ジョン・W・キャンベル)にヒントを得た作品とのこと。アマゾンのレビュー数を見るに、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。ちなみに、韓国映画「ヨンガシ 変種増殖」(パク・ジョンウ監督/キム・ミョンミン主演、2012年)は、人々を入水自殺に導く致死率100%の変種ハリガネムシ(ヨンガシ)を題材にしたホラーパニック映画。寄生虫に興味をおもちの方は、ステイホームのお供にぜひ。

【オマケ】
●寄生虫関連記事●
「トキソプラズマが人の脳を操る仕組み」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/7449/

「宿主をゾンビ化して操る 戦慄の寄生虫5選」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/102400457/?P=3

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


















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