■大都市から人が消えない春節

 今年の春節(旧暦の正月)は2月12日でした。春節は中国人にとって1月1日のニューイヤーよりよっぽど重要なイベントで、例年なら帰省ラッシュや国内外旅行で全国数億人が大移動し、私が住んでいる北京から人がめっきり少なくなるのですが、今年は新型コロナ対策の一環である「就地過年」(その場での年越し)のため、北京の観光地やショッピングモールは相変わらず人で賑わっていました。新型コロナ対策がまだ不十分だった2020年の春節の閑散とした様子と比べ、今年は新型コロナによる不自由さがあるとは言え、近場への外出やショッピングなどで春節連休を気楽に過ごす人々が多かったようです。

2月11日の「大晦日」の市場の様子

 

■1年越しのミステリーコメディ映画

 今年の北京は昨年同様、廟会(各公園で開かれる縁日)は行われませんが、春節のもう一つの楽しみである映画はしっかり用意されています。昨年とは違い、今年は新作の中国映画7本がお目見え。その中には新型コロナのせいで本来なら昨年の春節に上映されていたはずの『唐人街探案3』もあり、早速上映初日の12日に見てきました。

『唐人街探案3』は、中国人探偵・秦風(劉昊然)と叔父の唐仁(王宝强)が日本人探偵・野田昊(妻夫木聡)と共に日本のヤクザ・渡辺勝(三浦友和)の依頼を受けて、彼が容疑者として名前が上がっている殺人事件の無実を晴らすために東京を奔走するという内容。渡辺勝が敵対組織のボス・蘇察維と水上の建物の中で話し合いをしていたところ、薬を盛られて気を失ってしまう。異変を察知した両組織の部下が室内になだれ込むと、そこには腹から血を流して倒れている蘇察維と、血まみれのガラス片を握って倒れている渡辺の姿が。建物は密室で、全ての証拠が渡辺の不利になる。秦風と唐仁はまもなく開かれる裁判までに渡辺の無罪の証拠を得なければならない。さらに「Q」と呼ばれる謎の人物の暗躍により、彼らの捜査は何度も妨害される。

 シリアスな展開もありますが、全体的にコメディ満載で、人数制限されていた上映館からは笑いが絶えませんでした。また日本と中国の負の歴史にも焦点を当てていて、ラスト数十分はまるで日本の法廷映画のようでした。肝心のミステリー部分はけっこう粗が目立ったんですが、サスペンスミステリーという枠組みでコントみたいな非現実的なコメディをやってのけてしまう剛腕ぶりは、むしろ痛快に思えました。

 今回、中国人の秦風と唐仁の案内役となった妻夫木聡はもちろん、日中合作映画『妖猫伝』(2017)で空海役を演じた染谷将太も流暢な中国語を操り、さらには三浦友和や浅野忠信もちょっとだけですが中国語をしゃべり、映画業界における中国の影響力って本当に大きくなったなぁと今更ながら感心しました。一方で、自然な演技をするために、作品内では自動翻訳機を使っているという体裁で各人はそれぞれの言語で会話。劉昊然が中国語、妻夫木が日本語、トニー・ジャーが英語で掛け合いをやっているシーンは、全然ストレスなく見られました。

 国籍が異なるキャラクターが自動翻訳機を使って言語の壁を超えるという構成は、『賭博黙示録カイジ』を改編した中国映画『動物世界』(2018)ででも見ました。自動翻訳機を使用した会話はこれからどんどん現実的になりそうですし、役者が外国語を覚える手間も省けますから、現代や未来が舞台の映画なら、今後はこういう小道具を使うのが主流になっていきそうです。

 同日にもう一本、3Dアニメ映画『新神榜:哪吒重生』を見ました。中国神話とスチームパンクが融合した作品で、哪吒の生まれ変わりのバイク乗り・李雲祥が、数千年前の哪吒の乱暴狼藉による復讐に遭い、「哪吒被害者の会」の神や妖怪と戦うという内容。ところどころ説明不足の感が否めませんでしたし、大ヒットした『哪吒之魔童降世』(2019)と同様に哪吒の原作をなぞっているなぁとウンザリさせられましたが、水を支配する龍が水を独占することで人間社会の経済を牛耳っているという設定には独創性を感じました。そしてエンディング後のオマケ映像で大興奮。この映画は2月末に日本で公開されるようですし、同じ制作会社の『白蛇・縁起』(2019)の日本語吹き替え版も今夏公開らしいので、今年は中国3Dアニメの当たり年ですね。

 

■コロナ下の病院で起きる殺人

さて、今回は春節連休中に読んだ中国ミステリー『残像17 新疫時期的殺意』(残像17 新型コロナ下の殺意、著:燕返)を紹介します。

 この本、作者の燕返は福建省の人間なのですが、台湾の要有光出版社から出ている繁体字の本です。私が住む北京から台湾の本を買う場合は少し面倒で、例えばオンラインショップ・タオバオを利用する場合は直接出版社から買うことはできず、代理購入を使わなければならないのですが、それだと手元に届くまで1カ月以上かかることもあります。本書の刊行を聞いたときから、どうやって入手しようかずっと考えていたのですが、思いがけず作者の燕返本人から本を送ってもらいました。

 大陸の簡体字版が出せなかったのは、新型コロナというテーマがまだデリケートだからかどうか知りませんが、本書は私が読んだ中で、新型コロナを重点的にあつかった初めての中国ミステリーです。念のために書いておきますが、本書は新型コロナ関係の陰謀論などをあつかった作品ではありません。

 2020年1月19日、中国H省W市(おそらく湖北{Hubei}省武漢{Wuhan}市)の南大総合病院では、原因不明の肺炎の対応に追われていた。患者の受け入れや病床の確保などで大混乱するなか、院長の杜向栄と連絡がつかなくなる。そして同病院副院長の蔣天翔は、同日昼に病院の屋上でペスト医師のマスクをかぶり腹部に刃物が刺さり倒れている死体を発見する。その死体こそ杜向栄だった。捜査チームの一人である趙文彬は、杜向栄の養女で難病のため同病院に入院する劉静に話を聞くと、彼女には17年前のSARSで亡くなった兄の劉欣がおり、記者兼童話作家だった彼の遺作『栄光のイバラ王国』を読んだ杜向栄が急に取り乱したことがあるという過去を知る。その童話の主人公の名前であり、杜向栄のダイイングメッセージである「ニックス・ウィル」(Nix Uil)を逆から読むと劉欣(Liu Xin)となることから、この童話には何らかの真実が隠されていると判断する。そして杜向栄が生前よく訪れていた希望村を捜査するよう命じられた趙文彬は、義父のことをもっと知りたいとせがむ劉静と共に医療チームに扮して希望村に向かう。病院に残って調査を続ける捜査チームリーダーの谷超は、杜向栄が残した手記に少女を拷問する記述を見つけ、彼が希望村で少女の死体を処理したのではと推理するが、感染症にかかって倒れてしまう。

 童話『ヘンゼルとグレーテル』が実は捨て子の話だったように、「本当は怖いグリム童話」のような例を出しながら、作中の童話『栄光のイバラ王国』に秘められた真実を探るうちに、2003年のSARSで行われていた犯罪と、2020年の新型コロナ下でまさに進行中の犯罪が明らかになるというのが本書の内容です。

 

■モキュメンタリー風ミステリー?

 本書では、「原因不明の肺炎」の情報がもっと早く公開されていれば病院の混乱は避けられたのではないかという医療関係者の嘆きが描かれていますが、医療ドキュメンタリーの方向には傾きません。SARSの時に非科学的な怪しい民間療法がはやったという歴史的事実を下敷きにし、今回の感染症をいち早く知っていた人間がいたとすれば、彼らは何をやっただろうかという架空の新型コロナ下の中国における社会問題を扱っています。限りなく現実に近い設定のストーリーにし、SARS時に実際に起きた社会問題を流用しながら、実は新型コロナ下のこのときに裏でこんなことが行われていたんだとフィクションに舵を切るタイミングが上手でした。

 また、童話の謎を解き明かす推理の組み立て方も個性的でした。童話のストーリーとキャラクターを「フィクション」面と「リアル」面の両面から見ることで、作者が作品に込めた真意を明らかにするという手法が実際に存在するかは不明ですが、童話に隠された恐怖にじわじわと迫っていくスリルを描写できていました。

 内容的に今後も大陸では出版されそうにありませんが、新型コロナをあつかった数少ない中国ミステリーの一つとして残しておきたい一冊だと思います。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737






現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

◆【不定期連載】ギリシャ・ミステリへの招待(橘 孝司)バックナンバー◆

【不定期連載】K文学をあなたに〜韓国ジャンル小説ノススメ〜 バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー