皆さんは「マーダーミステリー」というゲームをご存知でしょうか。殺人事件を題材にした、テーブルトークロールプレイングゲームや人狼のような複数人がプレイするパーティゲームで、中国では「脚本殺」という名前で親しまれています。配役を割り振られた各プレイヤーがシナリオとキャラクターに沿いながらストーリーを進行していき、殺人事件を解決、もしくは完遂させていくというのが大まかな遊び方のようです。プレイヤー同士が実際に顔を合わせながら遊ぶことも、オンラインで遊ぶこともできます。
 以前第65回:誘拐ミステリーで上海観光?!で紹介した、ミステリー小説のストーリーを楽しみながら実際に上海を探検することができる『勝者必局』は、三次元的なマーダーミステリーと言えるかもしれません。

 実を言うと、私自身、このゲームをやったことがなく、「マーダーミステリー」という名前も日本の記事を読んで初めて知りました。

(参考):大流行中のマーダーミステリーって何? ゲームマスターあふろが徹底解説!

 なにせこのゲームで遊ぶには複数人のプレイヤーが必要ということで、友達がいない私には現実的に不可能。加えて、「脚本殺」という名前が身近な中国ミステリー関係者の間で話題になっているのを見たことがなかったので、ずっと若者向けのゲームなんだろうという認識でいて、興味を持つことがありませんでした。

 ところが最近、マーダーミステリーにまつわるちょっとした事件があったおかげで、この界隈に注目することになりました。(※注意:本文中で「パクられた」と書いているのは作家側の指摘や疑惑を元にしただけであり、実際に盗作だと認められたわけではありません)

■作者みずから盗作を指摘
 ことの発端は、中国のミステリー小説家・時晨が自身のウェイボー(SNS)で「まさか自分がマーダーミステリーにパクられる日が来るなんて」と発言したことです。時晨はキャリア的に中堅作家に当たり、10年以上前から数々の短編・長編作品を発表しており、古典的な本格ミステリーを得意としています。
 今回彼が「パクられた」と言っているのは、長編ミステリー『密室小醜(密室ピエロ)』(2020年)に登場する密室トリックの一つです。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、水を使って密室をつくるという手法がとあるマーダーミステリーの作品に使われているという外部からの指摘があり、疑惑が浮上しました。

 疑いをかけられている作品はシリーズもので、もともと1作目が『金田一37歳の事件簿』のパクりだと指摘されて回収騒ぎになったことがあるといういわくつき。時晨はこの作品の関係者と直接連絡を取りましたが、盗作は否定され、納得のいく話し合いはできなかったようです。
(面白いのが、この関係者は『密室ピエロ』を読んだことがないとのことで、この水を使ったトリックも中国の南方人なら思いつく、と反論している点です。ちなみに時晨は上海出身で、南方人だ)

 その話し合いは決裂しましたが、事態はこのままで終わらず、なんとその数日後に『密室ピエロ』の別の密室トリックをパクったという新たなマーダーミステリーが出てきました。今回「パクられた」のは、テープを使った密室トリック。さすがにこの事態に時晨も戸惑い、「2回もトリックをパクられた俺の『密室ピエロ』ってすごい作品じゃないか?」という旨のコメントを出す始末。ただ、2回目のパクリ疑惑は当事者同士の話し合いで和解となり、時晨は関連するコメントを削除しています。
(このマーダーミステリーの作者は『密室ピエロ』を読んだことがあると告白しましたが、指摘されたトリックを生み出すきっかけとなったのはとあるミステリー漫画に出てきた「鉄製のドアに電気を流す」というトリックであり、そこから自分なりのアイディアを加えたところ、『密室ピエロ』に出てくるトリックに似てしまった、と言っています)

■中国ミステリー業界は盗作被害地?
 一連の騒動を外から見ていた私は、「ついに中国ミステリーがパクられるようになったのか」と感慨深い思いに駆られました。何しろ今まで中国でパクられるミステリー作品というのは日本や欧米のものばかりだと思っていたので、盗作されるということはそれだけ中国ミステリーが国内で人気になったのだろうと感じたからです。しかしそれは本当に呑気な感想だったようです。
 中国のミステリー小説家で、密室トリックを得意とする鶏丁(別名、孫沁文)によると、中国ミステリー界隈はマーダーミステリーによる「盗作被害地」となっているそうです。また鶏丁も、長編ミステリー『凛冬之棺』(2018年)に登場する密室トリックがマーダーミステリーにパクられたことがあるらしく、なぜマーダーミステリーは中国で人気だと言われているのに肝心の中国ミステリー小説家の間で話題にならないのか、という疑問の答えが見つかったような気がしました。

 もちろん全てのマーダーミステリー作品が盗作しているということはないでしょうが(フォロー)、「マーダーミステリーのトリックはほぼパクリだ」とまで断言するミステリー小説家もいて、両者の溝の深さというか、マーダーミステリー業界に対する小説家の一方的な嫌悪感が垣間見えます。

 アイディアを搾取するだけではその業界の発展は望めません。例えば鶏丁自身もマーダーミステリーの監修に携わったことがあるように、このような形でミステリー小説家がマーダーミステリーとコラボすることで二つの業界が等しく盛り上がり、私のようにこれまで興味がなかった人間も手に取るようになれれば良いのですが。
 また、今回のような盗作疑惑問題というのは今後もますます増えてくると思いますので、そういう場合はいきなり作家が出るのではなく、出版社が代わりに対応するべきでしょう。パクったパクっていないという問題はデリケートで、いつ「お前のトリックだってパクリだろ!」と反論されて泥沼化してもおかしくありませんので。こういった面でも、出版社は作家を守ってほしいです。

 最後に、「パクられた」側の『密室ピエロ』と『凛冬之棺』のあらすじを紹介します。

■『密室ピエロ』

 数年前に中国を震撼させた天才密室殺人犯「密室ピエロ」。警察に逮捕された彼は精神病院に入院させられるも、名前も正体も不明のまま病院からこつぜんと消えてしまい、今では伝説の存在になっていた。そして現代、密室ピエロの復活を思わせる密室殺人事件が発生。被害者は麻薬の売人で、密室となった部屋には赤い水が撒かれていた。事件を担当する唐薇はこの事件が模倣犯の仕業と主張し、長年密室ピエロを追ってきたベテラン刑事・潘成鋼の反感を招き、事件の謎を解かなければならなくなる。
 そこで知り合いの探偵(数学者)の陳爝と助手(小説家)の韓晋に相談すると、海外にいた陳爝は電話越しに事件を解決しただけではなく、犯人が赤い水を撒いたのは警察に対する挑戦であることも見抜く。ガムテープで閉じられた部屋、警察内部の留置所で発生する人体発火事件など、密室にこだわる犯人の目的とは?

■『凛冬之棺』

  上海郊外の湖・胎湖のほとりにたたずむ陸一家の屋敷で密室殺人事件が発生する。大雨で数日間水没していた地下の保存室で死体が発見されたが、保存室の中は浸水した様子がなく乾いており、誰かが外から侵入した形跡はなかった。続いて、ドアの外に見張りがいて密室状態だった部屋で殺人事件が起こる。殺害現場には嬰児のへその緒と釘が残されていた。陸家の一室を間借りしている声優の鐘可は、一連の事件が呪いによるもので、何者かがへその緒や釘を使って陸家の人間を呪い殺しているのではと不安になる。
 探偵兼漫画家の安縝は、事件を解決して鐘可に自身の漫画が原作のアニメに出演してもらうため、捜査を進める。水没密室、外には見張りがいて中はフィギュアケースだらけの密室、そして空中密室……脱出どころか入ることすら難しい部屋で犯人はどうやって人を殺し、逃げたのだろう。そして現場に残されたへその緒の謎とは?

 どちらも密室トリックをテーマにした小説。前者は犯人が自身の存在を誇示するための手段として密室トリックが用いられているのに対し、後者はあらゆる謎や違和感が密室トリックを遂行するための道具となっていて、密室はその結果として存在します。
 興味のある方は、中国語の書籍を売っている書店で探してみてください。原書があるかもしれません。そして読んでみて、「パクられる」中国の密室トリックとはこういうものなのかと感じてください。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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