中国にもメーデーがあり、5月1日からの5連休は新作中国映画の公開期間でもあります。今年は10本の新作映画が登場し、うち約半分がサスペンス・ミステリー。1930年代の中国を舞台にしたスパイ映画『懸崖之上』、まだイギリスの植民地だった1970年代の香港で汚職捜査機関を立ち上げる人々の闘いを描いた『追虎擒龍』などがありました。
 今回私が紹介するのは、伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』を改変した『陽光劫匪』(英語タイトル:Tiger Robbers)と、重大な交通事故の当事者になったバス運転手と裕福な一家が数年間同居する『秘密訪客』(英語タイトル:Home Sweet Home)です。

 

『陽光劫匪』はもともと2019年上映だったのが幾度もの延期を経てようやく公開されたコメディ映画。あらすじはこうです。

 ペット探偵事務所を営む陽光(原作の成瀬と響野)は、発明家の汪遠(原作の田中)とスリの一手(原作の久遠)と共にペット探しや捨てられたペットの保護、そして恵まれない人へ寄付をして暮らしていた。ある日、暁雪(原作の雪子)から娘のナナ(原作の慎一?)を探してほしいという依頼を受ける。実はナナとは彼女が娘のように大事に育てていた本物のトラだった。ナナをさらったのは篤志家の劉神奇で、彼はナナが自分の妹の生まれ変わりだと信じ、剥製にすることで永遠の命を彼女に与えようと考えていたのだ。
 
劉神奇のもとからお宝と一緒にナナを助け出した4人だったが、逃走の途中に林地道(原作の地道)に行く手を阻まれ、ナナごとお宝を奪われる。その後、林地道と暁雪が劉神奇に処刑されようとしているところ、突然現れた陽光は彼に気に入られ、自分の店の金庫からナナを7日以内に出すことができれば全てを水に流すという提案を受ける。こうして陽光たちはナナを強盗する計画を練る。

 

■原作大改変
 この映画は色調や俳優の演技など、全体的に童話的というか子ども向けでした。もしかしたらそれは、一般人が無人島でトラを飼っているという根本的な設定自体に当てはまるのかもしれません。とにかく俳優一人一人の演技や表情が過剰で、服装や小物が安っぽい原色で、始終分かりやすさを強調する画面には辟易しました。大富豪・劉神奇の隠れ家にあるピンポン玉みたいな大きさの金の玉とか、実験室に保管してある毒物にしっかりと「毒」ってプレートが貼ってあるところとか、おそらくこの映画は大げさな演出で観客を笑わそうとしているのではなく、観客の理解力を極端に低く見積もって制作したのでしょうが、そんな作品が面白いはずがなく、中国での評価は低いです。

 犯罪者が銀行強盗するという内容から金持ちに奪われたトラを奪い返すという改変になった時点で原作再現度なんか低いんですが、いろんな箇所で原作要素を取り入れる涙ぐましい努力をしてます。主人公・陽光は嘘が嫌いな故に嘘を見抜ける(他人より勘が鋭い程度)女性で、原作の成瀬のようですが、後半で人質に身の上話をする辺りは響野要素があります。配役の上での見どころは、原作では(映画だけ?)成瀬と恋愛関係にあった雪子が、暁雪という女性のままだというところ。この点から、この映画は陽光と暁雪の百合映画だと評する声もあるのですが、だからと言って面白いというわけではありません。
 ナナを取り返した陽光たちが他の強盗に横取りされるシーン、内側からロックがかかる自動車、血糊など要所要所で原作再現要素が出てきますが、うれしくもなんともなかったです。あと横取りされるシーンで、原作だと4人が「この中に裏切り者がいるかも」と疑心暗鬼になりますが、この映画だとそもそも陽光たち3人は仲間だからそこにいきなり加わった暁雪を怪しむのは当然で、「一体誰が……」と悩むのがバカバカしいです。

■ジャンル不明で判断に迷う映画
 中盤の劉神奇が林地道と暁雪を始末しようとしているところに陽光が自転車に乗ってニヤけながら登場するシーンでとうとう、「とんでもない映画を見させられているな」と思うにいたり、その後はずっと時計で時間がどれだけ進んだかをチェックし続けていました。
 後半にナナがコスプレイベント会場に乱入するのですが、そこに登場するコスプレイヤーたちの衣装も安っぽいものばかりで、こんな貧相な衣装、本物の中国のイベントでもお目にかかれないなと思い、もしかしたらトラのレンタル料とかCGとかで予算がなくなったのかなと悲しい気持ちになりました。

 この映画の監督兼脚本の李玉は、同じく脚本の方励と『兎たちの暴走』(2020年)という実際の事件を題材にしたサスペンス映画でプロデューサーを務めていて、そこでは高い評価を得ています。なので、コメディ映画というか子ども向け映画を撮ること自体が無謀だったのかもしれません。あと、この映画の撮影が終了したのが2018年のことで、2019年公開予定がズルズル延びてようやく今年公開なので、その間にレベルの高い中国映画がどんどん上映されていって、相対的にこの作品のショボさやダサさが増したのかもしれません。

 大胆な原作改変は検閲のせいだと噂されていますが(そもそも映画の初期タイトルも『陽光不是劫匪(陽光はギャングじゃない)』という言い訳がましいものだった)、銀行強盗が描けないからトラを奪い返すストーリーにするぞ、という脚本になったのは監督の勇み足にも思えます。例えばこの映画が、主人公たち強盗が警察に捕まるラストだったら製作許可が下りたんでしょうか。そういう映画が製作されることこそが原作破壊だと思いますが。
 日本でも実写化して大コケした作品は少なくありませんが、ここまで根底から改変するなら最初からオリジナルで『ライフ・オブ・パイ』みたいな映画でも撮るべきだったでしょう。

■Home Sweet Homeというホラーめいた英題
 もう一本は、奇妙な同居生活を描いた『秘密訪客』(英語タイトル:Home Sweet Home)。

 于困樵は邸宅の地下室で目を覚ます。その家の主人汪氏によれば、于困樵は交通事故で乗客の生徒ほぼ全員が亡くなったスクールバスの運転手で、現在警察に行方を捜索されている身だという。しかし于困樵は一時的な記憶喪失を起こしており、当時の記憶が曖昧であり、捕まれば極刑は避けられないと自首をためらう。さらに汪氏の妻は夫に、この事故は生き残った息子の楚祺が于困樵にバスを止めさせたから起きたと主張する遺族もいるため、于困樵が取り調べでそのことを話せば自分たちも訴えられかねないと耳打ちする。そこで汪氏は、于困樵が自首を決心するまで彼を地下に匿うことを提案する。それから于困樵と汪夫妻、娘の楚瞳と息子の楚祺の5人の奇妙な同居生活が始まる。
 
汪一家は突然増えた于困樵を邪険にすることなく、夕食は5人でテーブルを囲み、汪氏は于困樵を晩酌に付き合わせ、絵画の勉強をする楚瞳は元美術教師の于困樵に絵を教わる。そのような日々が3年続いたが、于困樵はまだ自首の決心がつかない。そして汪家に徐々にほころびのようなものが現れ始める。それは于困樵の存在が原因なのか、それとも……

■家にとらわれているのは誰か?
 
多数の死者を出した交通事故の当事者であるものの、当時の記憶が欠落している于困樵は汪氏に半ば軟禁されるように家に匿われます。裕福な汪家にとって、于困樵は紛れもない「招かれざる客」なわけなのですが、于困樵自身はとても謙虚な人間で、汪家を強請ることなど考えておらず、身寄りのない彼は地下室とは言えこの家でずっと暮らしていくのも悪くないと思っています。そして汪家の4人に目を向けると、裕福だから幸せそうに見えるだけで4人共どこかおかしい。汪氏の妻は浮気相手がおり、しかも妊娠までしているのに、家から出ようとしない。娘の楚瞳と息子の楚祺は仲が悪く、それは事故に起因していると見えなくもないが、そのわりには楚瞳は于困樵になつき、逆に楚祺は于困樵を邪魔に思っている。良き夫・良き父に見える汪氏は妻子にNOと言わせない独裁的な力を持つ権力者であり、家には彼以外入れない秘密の部屋がある。物語が進むにつれ、観客と于困樵は汪家をますます異様に感じるようになります。
 映画を見ている最中は、汪家にも一般家庭と同じく家族間のプライバシー(秘密)がある程度にしか思っていなかったのですが、物語が進むにつれてそもそも異常なのが汪家だったということが分かります。
 確かに序盤で汪氏が于困樵に「うちは子どもに悪い影響を与えないために、テレビも見ないし雑誌も読まないんだ」と言うシーンで、于困樵に知られたくないことがあると観客に伏線を提示していましたが、その隠したい情報の大きなこと。汪氏はこんなことを年間行っていたのですから、これは金持ちの道楽というひと言では済ませられない狂気です。

 この映画、富裕層と貧乏人が家の上と下に分かれて住むところや他人と同居するところに中国では、『パラサイト 半地下の家族』や『万引き家族』が例に出されて評価されていますが、『秘密訪客』はこの二つの映画の上映前に撮影が開始されたようなので、盗作などではありません。貧富の差、それが原因の子供同士のいじめ、さらには偽装結婚や代理出産など社会問題を盛り込んだ本作は上記の映画と同様、国際的に評価されるようになるのでしょうか。

 ちなみに本映画には『甜蜜之家』という原作小説があり、ジャンル的にそもそもミステリー系じゃなさそうです。また発売日も映画公開の1カ月前の今年4月なので、観客の大半はオチなどを知らずに見たことでしょう。

 今回紹介した2作はどちらも中国ではそれほど評価が高くないのですが、日本上映するならどっちと聞かれれば間違いなく『秘密訪客』ですね。楚瞳役の張子楓は『唐人街探案』で警察の捜査から逃げ切った殺人犯を演じており、今作でも何を考えているのか分からなく少し妖艶で不気味な少女を演じています。地下室で2人きりの于困樵に駄々をこねるシーンとか、この子は色仕掛けをして于困樵を操ろうとしているのかと恐ろしくなりました。楚祺役の栄梓杉は大ヒットしたミステリードラマ『隐秘的角落』と同じく、一歩引いてあまり主張しないけど物事を細かく見ている大人びた少年を演じていて、彼が画面にいるだけでホラー映画要素が増します。汪氏役の郭富城(アーロン・クオック)はすっごいかっこいいですし、出演者を見てもこの映画の方が日本で受けるのではないでしょうか。
 まぁ個人的には、『陽光劫匪』を見て、みんな私と一緒に苦しんでほしいですが。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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