田口俊樹

 先日、落語家の林家正蔵さんと雑誌の企画で対談したら、何かにつけて、先生、先生と連呼されました。私、以前高校の教員だったし、今でも翻訳学校で講師をしてるんで、先生呼ばわり(?)されるのにはわりと慣れてます。先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし、なんて川柳もあるけど。
 でも、なんだろう、私に向けられた正蔵さんの“先生呼ばわり”はなんか一味ちがいました。少なくとも、私が学校で呼ばれる“先生”とは響きが全然ちがいました。喩えがよくないかもしれないけど、そのすじの人が使う隠語っぽい感じ?
 一方、相手に先生と呼ばれると――私がただ自意識過剰なんだと思うけど――こっちがその相手を“〜さん”で呼ぶのが、なんだか私、ぞんざいな気がすることがあります。初対面だったりするとよけいに。変な感覚なのはわかるんだけど。でも、今回は正蔵“さん”と呼ぶかわりに、ぴったしの呼称がありました。そう、言うまでもありません、“師匠”です。最初はちょっと強ばった“師匠”だったんですが、そのうちなんかそう呼ぶのが愉しくなってきましてね。いつのまにかこっちはこっちで、師匠、師匠と連呼していました。でもって、初対面にもかかわらず、気楽に愉しく過ごせました。二人称がすんなり決まると話がはずむ? なんかそんなことを思った一日でした。

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 少し前に目にした中山ラビさんの訃報。闘病中であることは仄聞していても喪失感には変わりなく……。いまだに大好きなのは加藤和彦プロデュースでムーンライダーズが全面参加したマルセイユ演歌風味の『MUZAN』(1982)、シングル曲「グッバイ上海」収録の『SUKI』(83)、カルロ・サビーナを編曲に迎えたローマ録音『甘い薬を口に含んで』(同)あたりで、やはり加藤和彦プロデュースの個人的金字塔、梓みちよ『夜会服で…』(82)『耳飾り』(84)とならべて愛聴したものです。バンドライブCD『ラビ組』(2007)のパワフルな歌声も忘れがたい。思い出に、コーヒーでもたてよう。

 このところの寝床本は藤代三郎『ターフの周辺』(百年書房)。いや、競馬をはじめおよそ博才のないぼくですが、競馬周辺の話題が豊富な本書は楽しく読んでます、競馬めぐりの旅の話、それぞれの土地柄や周辺の飲食店や酒場の話は、一種の風土記のおもむき。もちろん、競馬が出てくる小説をあつかったセクションは参考になります。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕

 


東野さやか

  仕事がなかなか進まず、日々の買い物以外、外出もままならない日々がつづいています。唯一の楽しみは、お風呂タイムに本を読むこと。といっても、暑くなってきたいまは、十五分読めるかどうかですが。
 いま読んでいるのはマイクル・コナリーの『汚名』(古沢嘉通訳/講談社文庫)。まだ上巻の三分の一程度ですが、おもしろくてやめられず、うっかり長湯しそうになります。コナリー、さすがや(なぜ急にえせ関西弁?)。
 主人公のボッシュ刑事が三十年前に担当した事件に冤罪の可能性が浮上、刑事としての信用が失墜する危機に見舞われるというのが物語の一本の柱。いまわたしが訳している作品も、解決済みの事件にあらたな証拠、それもひっくり返しようのない証拠が出てきて、さあどうする、という話で、あら偶然ねと思ったのですが、読み進めると、薬局で発生した殺人事件の現場にボッシュが急行するシーンがあって、びっくり。再校ゲラを返送したばかりのコージーミステリも、冒頭で病院内の薬局に強盗が入り、駆けつけた警備員が射殺される場面が描かれているんです。
 だからどうした、と言われそうですが、こんな偶然もあるんだなあということで。

〔ひがしのさやか:最新訳書はジョン・ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)。その他、チャイルズ『ラベンダー・ティーには不利な証拠』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』、フェスパーマン『隠れ家の女』など。ツイッターアカウント@andrea2121〕

 


加賀山卓朗

 4月から家族が関西の大学にかよいはじめたのですが、例によってオンライン授業となり、ヒマでしかたがないと言ってきました。そこでついに禁断のNetflixに加入。こちらは昼間、あちらは夜間でシェアしています。さっそく観たのは昨年の話題作『賢い医師生活』。ソウルの総合病院で活躍する大学同期の医師5人を中心とした物語です(余談ながら、巨大ショッピングモールのように大きな病院で、たぶん同じ建物に葬儀場らしきものがあるのにびっくり。まあ、合理的と言えば合理的なのか……)。最初は名前が憶えられずむずかしかったけど、3話目ぐらいからがぜんおもしろくなり、最終話は泣けるシーンの波状攻撃。自分には仕事系のドラマが合っているようです。
 次は何を観ようと思っていたら、タイミングよくシーズン2の配信開始。そのまま突入するしかありません……でも週に1話ずつの配信だって(涙)。ならば、『クイーンズ・ギャンビット』を(天才チェスプレーヤーの話。でもクスリはちょっと……)。巷で評判の『愛の不時着』もあるし、パク・チャヌク監督の『リトル・ドラマー・ガール』もまだ観てないし(これはネトフリじゃないけど)、まったくどうしたものか。って仕事せーよ。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

 宝塚歌劇でついにシャーロック・ホームズが主役のミュージカルが! 現在、宝塚大劇場(兵庫県)で公演中の宙組公演「シャーロック・ホームズ The Game Is Afoot!」のことでございます。まだ見ていないのでアレですが、「サー・アーサー・コナン・ドイルの著したキャラクターに拠る」と但し書きがあるので、正典とはまったくちがった内容のものを「宝塚的な演出」でお送りするのであろう。興奮のあまり文章がヘンですね。トップスターがシャーロック・ホームズ、トップ娘役がアイリーン・アドラー、二番手男役がモリアーティという魅惑のトリデンテ! 史上最強に麗しいホームズ様のお姿は、ぜひ宝塚歌劇公式HPでご確認ください。こんなご時世なので、東京公演千秋楽まで中止にならないことを願うのみでございます。
 六月に読んだ本ではアンデシュ・ルースルンド『三時間の導線(上下)』(清水由貴子・喜多代恵理子訳/ハヤカワ文庫HM)とマウリツィオ・デ・ジョバンニP分署捜査班 誘拐』(直良和美訳/創元推理文庫)が双璧。どちらもシリーズものですが、「えっ……!!!」と絶句してしまうほどの意外性にやられました。
 最後にちょっと宣伝。七月に二冊の訳本が出ます。スカッとさわやかケイパーもののスタン・パリッシュ『強盗請負人』(ハヤカワ文庫NV)と、ワクワクのシチュエーションで謎解きが愉しめるエリー・グリフィス『見知らぬ人』(創元推理文庫)。夏の読書に選んでいただけるとうれしいな。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』など。最新訳書はハンナシリーズ第21巻『ラズベリー・デニッシュはざわめく』〕

 


高山真由美

 先月は長篇のラストスパートに加えてショートスパンの仕事もちょっとあり、それ以外の時間はといえば晩ごはんつくりながらオーディブルで『機龍警察』を聴いていた記憶しかありません……。
 先週は二回徹夜してしまいました。もともと半・反転生活なので、ちょっと時間超過するとすぐ明るくなっちゃうんですが、長年のあいだに自然とできた「一応、暗いうちに寝る」という自分ルールを破るのはそれなりに体に悪いらしく、週末は胃痛でへたってました。脂汗かくくらい痛かったのでさすがに反省して、二日くらいレトルトのスープとおかゆと胃薬で過ごし、睡眠もたっぷり取って復活。やれやれ。無理のきかないお年ごろです。
 そんなわけで長篇の翻訳一本送りました。刊行時期も刊行形態も決まっているようですので、発売が近づいたらまた宣伝します。

〔たかやままゆみ:最近の訳書はヒル『怪奇疾走』(共訳)、サマーズ『ローンガール・ハードボイルド』、ブラウン『シカゴ・ブルース(新訳版)』、ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』など。ツイッターアカウントは@mayu_tak〕

 


武藤陽生

  生まれて初めて車を買いました。コロナがどうなるかまだわからないこのご時世、仕事用に使えるし、子供とキャンプに行ったりもしたいと思います。しかし買うかどうかめちゃくちゃ悩みました。なにせ自宅近辺の駐車場はどこも月2万円以上。机上の計算をすると、駐車場含む維持費が年間50万円、10年所有したら維持費だけで500万……これまでカーシェアを使っていたんですが、いっぱい乗った月でも2万円くらいでしたから、相当な思い切りが必要でした。で、買うと決めたあとも駐車場探し、任意保険など、考えることが盛りだくさん。車を持っている人はみんな偉大だと思いましたね……

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

  いま読んでいるのは、管賀江留郎『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(ハヤカワ文庫NF。すごいですねこれ。完全な徹夜本なのに、分厚すぎて一晩じゃとても読みきれません。戦後の静岡県で立てつづけに発生した冤罪事件を素材に、冤罪を生んだ原因を追究していくというノンフィクション。直接の元凶は〝拷問王〟と呼ばれた紅林麻雄という刑事なんですが(この人、いったいいくつ冤罪を生んだんでしょう?)、そこから話がどんどん広がっていきます。興味本位で読みだしたんだけど、全然そういう本じゃなかった。刑事のプロファイリングばかりでなく、検事たちのプロファイリング、はては裁判官のプロファイリングまでが、密度の濃い、ときに詰めこみすぎで破綻ぎみの文章でぐいぐいと綴られていて、また今夜も眠れそうにありません。

〔すずきめぐみ:働きものの翻訳者。映画好き。最近いちばん笑った映画は《パーム・スプリングス》。最近のおもな訳書は『第八の探偵』『拳銃使いの娘』『その雪と血を』など。ツイッターアカウントは @FukigenM〕