田口俊樹
たとえば、せんだってこんなやりとりをしました。これは案外知られてないことだと思うんだけど、欧米と日本のギャンブルのオッズの表示のちがい。日本じゃ2対1のオッズって二倍って意味だよね。100円賭けて当たったら200円になる。これがあっちだと300円になる。つまり儲かる額が表示されるんです。案外知らなかったでしょ? この知識を得るためだけに私、ヴェガスにどんだけ貢いだか。
閑話休題。
翻訳してる原文にそういうオッズ表示が出てきました。ヴェガスはもう遠い花火のような思い出なんで、記憶を確かめようとチャットくんに訊きました。このオッズ、以上のようなことだよね、私、正しいよねって。
すると――ユー・アー・ノット・コレクトで始まる長文が返ってきました。読むと、私がさきに書いたとおりのことが書かれてる。よくわからない数式入りで。なので、それ、さっき私が言ったことだよね? と返しました。すると、今度は、すんません、すんません、アポロジャイズ、アポロジャイズ、あなたは正しい! なんて平身低頭で言ってきた。
どういう仕組みになってるんですかね。まだまだ改善の余地はあるのかもしれないけど、五十年近くまえに翻訳を始めた者にはまさに隔世の感があります。長生きはするもんだね、なんてつくづく思う今日この頃です。
〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕
白石朗
先日、書評家の豊﨑由美さんのお招きで下北沢の書店〈B&B〉で開催された第83回「読んでいいとも! ガイブンの輪」で、海外文学との出会いにはじまる読書歴やキング作品ついておしゃべりをする機会があった。その事前の打ちあわせで豊崎さんから「キング読者にすすめるガイブン」を数冊推挙してほしいと依頼されてあげた5冊をここで紹介しておこう。
●ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』(黒原敏行訳・ハヤカワepi文庫)
●コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(黒原敏行訳・ハヤカワepi文庫)
●ジェイムズ・ディッキー『救い出される』(酒本雅之訳・新潮文庫[村上柴田翻訳堂])
●シルヴィア・モレーノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』(青木純子訳・早川書房)
●エドワード・ケアリー『堆塵館』(古屋美登里訳、東京創元社)
このなかで一般的な知名度がじゃっかん落ちると思われるのが『救い出される』。〈村上柴田翻訳堂〉の1冊として単行本『わが心の川』から改題復刊されたのが2016年。すでに新刊では入手不能であることに気づかず推薦してしまった次第だが、この本をあげたのは(上記イベントでも話したのだけれど)スティーヴン・キングの異色すぎる殺し屋小説 Billy Summers で、ジョン・ブアマン監督による同書の映画化作品『脱出』が言及されていたからだった。映画に(そして原作にも)出てくる「そのパンツも脱げ」というせりふがどんな文脈で引用されているかは、いずれ邦訳の出る同書でお確かめいただきたい。
以前からキングはディッキーの詩を作中で引用している。〈9・11〉テーマの短篇「彼らが残したもの」で引用されている詩「落ちてゆく」はお気に入りのようで、のちに自身がベヴ・ヴィンセントと編んだ飛行機ホラーアンソロジー『死んだら飛べる』にも収録している。同書の邦訳では安野玲氏の翻訳でおさめられているので、機会があれば『救い出される』ともどもぜひご一読願いたい。
〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕
東野さやか
それはさておき、《ミステリマガジン》の十一月号が「ポケミス創刊70周年記念特大号」と知り、さっそく買いました。真っ先に読んだのが、平岡敦さんと杉江松恋さんと阿津川辰海さんの特別鼎談。阿津川さんの「エラリイ・クイーンの表紙の抽象画をトリミングして、抽象画だけでどれかを当てるというクイズをしたり」という発言に、思わずお茶を噴きました。わたしは自分の訳書ですら当てる自信はありません。ついでながら、鼎談の前のポケミス年表についていたクイズは八問中一問しかわかりませんでした。マニアへの道は遠い。
〔ひがしのさやか:最新訳書はブレンダン・スロウカム『バイオリン狂騒曲』(集英社文庫)。その他、クレイヴン『キュレーターの殺人』、チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』など。ツイッターアカウント@andrea2121〕
加賀山卓朗
ひとつは、私が毎日弁当を食べながら志ん朝師匠を見ていたのは数カ月前だということ。このタイムラグはなんなのか。たとえば靴とかTシャツの場合には、検索した当日か翌日には関連広告が現れる気がします。
もうひとつは、ネットではなくDVDで見ていたということ。私のローカルの行動を彼らはどうやって把握したのか。ただ、落語の用語がわからなくてネットで調べたり、『落語ことば・事柄辞典』なんてのを買ったりしたから、そういう履歴があちらに届いたのかもしれませんが。
それともたんに、この商品がたまたま最近発売されて、私だけじゃなくみんなのページに出てるってことですかね。まあ悩んでもしかたがないので、広告が出るたびに「ええ、大好きですけど」とつぶやいています。あ、師匠の落語研究会のDVDのなかでいちばん笑ったのは「化物使い」でした。明るくて最高!
〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕
上條ひろみ
〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』〕
武藤陽生
ことあるごとに翻訳業界一の格ゲーマー(格ゲーというのはスト2みたいなゲームのことです)を自称している私ですが、そんな宣伝活動の甲斐あって、今年の9月に開催された東京ゲームショウ2023で『ストリートファイター6』の企業対抗戦に出させてもらいました。プロの実況者に試合を実況してもらうというのは格ゲーマーとして夢だったので、非常に楽しい経験でした(結果は4人中2位でした)。Youtubeに動画があがっていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください(→こちら)。
〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが……)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕
鈴木 恵
舞台は海辺の断崖に建つ古めかしい屋敷。そこにレノーラ・ホープという老女が、わずかな使用人とともに暮らしている。この屋敷では50数年前に凄惨な殺人事件が起き、レノーラの父母と妹が殺されていた。事件は迷宮入りとなったものの、巷では、家族のなかでただひとり生き残ったレノーラが犯人だと信じられていた。
物語は、主人公の「私」がレノーラの住み込み介護士としてこの屋敷に赴任してくるところから始まる。レノーラは話すことも体を動かすこともできず、動かせるのは左手の指先のみという、重度の障害者なのである。そのため長年自室から一歩も出ることなく暮らしていたのだが、前任の介護士がなぜか突然辞めてしまったのだった。
私は家族を惨殺したと言われるレノーラが恐ろしくてたまらないが、やむをえない事情があってこの仕事を引き受けざるをえない。そこで、レノーラが本当に犯人なのかどうか、かぎられたコミュニケーション手段を用いて探り出そうとする——
濃厚なゴシックホラー風味の殺人ミステリーで、後半はどんでん返しの連続。翻訳紹介できるかどうかはまだわかりませんが、前2作をしのぐ面白さなのはまちがいなし。