田口俊樹

 事件後60年ということで、オリヴァー・ストーン監督の『JFK 新証言 知られざる陰謀 劇場版』が公開されてます。こっちはまだ見てないんですけど、30年まえの『JFK』、面白かったですねえ。
 でも、この暗殺事件について忘れられないミステリー(ホラー? SF?)と言えば、やっぱりこれですね。そう、同じ長屋の住人、白石さんが訳したスティーヴン・キングの『11/22/ 63』。すじはもうすっかり忘れてるんですが、“巻措く能わず”本だったことだけは覚えてます。そう言えば、ボストン・テランの拙訳『その犬の歩むところ』にはこの暗殺事件の現場を訪ねるくだりがありました。これまたすじはだいぶ忘れてるんですが、名訳だったことだけは覚えています。あ、白石さんのも!
 このコラムで以前、私、ケネディのことをクソ野郎呼ばわりしました。ことマリリンに関するかぎり、このことばを引っ込めるつもりはありませんが、ケネディが生きていたら、その後の世界は変わっていただろう、なんてストーン監督も言ってるところを見ると、政治家としては不世出の人だったんでしょう。
 個人的に真っ先に思い出すのは彼のコットンの白い靴下。私、ファッション音痴ですが、当時スーツに白い靴下って日本じゃあんまり見なかったんじゃないですかね。中学一年のときだったと思うけど、グラビア写真でそういうケネディの姿を初めて見て、痺れました。おんなじように痺れた中学生は私のほかにもいっぱいいて、いっときまわりで白いコットンの靴下が“勝負靴下”みたいになったのを覚えてます。これまた遠い日の花火のような思い出です。もう十二月、ちょい早いですが、みなさま、よいお年を!

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 年末恒例の矢野顕子〈さとがえるコンサート〉に今年も行ってきました。メンバーはここ数年どおりの林立夫と小原礼と佐橋佳幸。「The Girl of Integrity」でどかんと幕開けから約二時間の至福。超定番の「ひとつだけ」「ごはんができたよ」「ラーメンたべたい」も問答無用のカッコよさでしたが、私的には気魄に満ちた四人のソロが圧巻の「千のナイフ」、題名どおり静謐な祈りに満ちた「Prayer」。そして十年遅れでドラマ『あまちゃん』にハマったという矢野さんにピアノ弾き語りバージョン「潮騒のメモリー」がそれぞれ絶品でした。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング『異能機関』。同じくキングが凄腕暗殺者の最後の仕事をテーマにした超異色作 Billy Summersは邦訳刊行待機中。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 米澤穂信さんの『可燃物』(文藝春秋)を読んでいます。群馬県警を舞台にした短編が五編おさめられています。米澤さんの本は出れば必ず読みますが、わたしの実家のある群馬県が舞台、しかも紹介文を読んだら、わたしが育った市も出てくると知り、ほかの本を放り出して読み始めてしまいました。
「ねむけ」という作品では、深夜に起こった交差点での交通事故について、べつべつの場所にいた四人の目撃者から証言が得られます。近くの工事現場で誘導をしていた男性、コンビニの店員、深夜までオンラインゲームに興じていた大学生、病院での激務を終えて帰宅途中、たまたま通りかかった医師。四人の証言は一致します。捜査を指揮する主人公の葛警部はそれを奇妙だと考えます。「複数の目撃者の証言が一致するのは稀」だから。そして、そのちょっとした違和感から真相を探り出していくのです。四人の証言が一致した理由については突っこもうと思えば突っこめるのですが、でも、そういうところがあるのが人間だよね、ということでわたしは納得しています。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『グレイラットの殺人』。その他、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『クリスマス・ティーと最後の貴婦人』、クレイヴン『キュレーターの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 あいかわらず神田伯山ティービィーを観ております。日本語の勉強にもなりますね。私「あいそ(愛想)もこそ(小想)も尽き果てた」という表現、知りませんでした。「警蹕(けいひつ)」なんてことばもね。ただどちらも翻訳物には使いにくいでしょうか。「太く短く面白く、世に盗人の種は尽きまじ」もかっこいい。
 こないだ観終わったのは『畦倉重四郎』という極悪人の話。19席もあるんです、すぐ観ちゃいますけど。連続読みには長篇小説のような味わいと満足感がある。この重四郎という人、とにかく殺しまくります。都合が悪くなったらすぐ殺す。容赦ない。ノワールです。でもジム・トンプスンみたいにドライじゃなくて、じっとりと湿度の高いノワール。こういうのも日本ぽくていいですね(逃)。捕物の場面もスペクタキュラーだけど、「三五郎殺し」の回なんか、師匠熱演のあまり張り扇がどっかに飛んでっちゃって、あれれどうなるんだろうと思いました。殺されるまえに三五郎がぽつりと重四郎に「おめえと飲んでるとよ、死骸のにおいを思い出して嫌なんだよ」怖。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕

 


上條ひろみ

 今年ももう十二月。毎年思うけど、読みたい本が多すぎて時間が足りない一年でした。今月も前月に読んだ本から激しくオススメしたい三作をご紹介。
 
 ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳/新潮文庫)は、ノンフィクションのふりをしたミステリ小説で、帯にあるとおり「作者すら信用できない、本年度最大の問題作」。わざわざ第二版とあったり、作品のなかにノックス自身が登場したりと、さまざまなたくらみに満ちた意欲作で、おもしろさはもちろん、かなりの長編なのにいつまでも読んでいたくなるノーストレスな読み心地も魅力。入り組んだ人間関係と、登場人物それぞれが抱える深すぎる闇がおもしろさに拍車をかけています。
 リサ・ガードナー『夜に啼く森』(満園真木訳/小学館文庫)は、ボストンからジョージア州の小さな町に舞台を移し、FBIのキンバリー・クインシーとボストン市警のD・D・ウォレン、そして「生還者」フローラ・デインが死闘を繰り広げる、ディープインパクトなシリーズ完結編。一見普通に見える町の人たちがどんどん怪しく思えてきて怖すぎる。でも、自分と向き合い、過去と決着をつけたフローラはえらかったし、彼女の心に平安が訪れてよかった! ことばを話せない少女とD・Dが心を通わせるシーンは感動的で、さすがD・Dと思ったわ。シリーズはこれでいったん終わりみたいだけど、D・Dやフローラやキンバリーが別のシリーズに登場することはありそう。
 シャルロッテ・リンク『誘拐犯(上下)』(浅井晶子訳/創元推理文庫)も大好きなシリーズ。まずキャラが好き。直感だけで突っ走るアル中のケイレブ・ヘイル(スカボロー署警部)と、コツコツ型でいい仕事をするのに自己評価の低いケイト・リンヴィル(ロンドン警視庁巡査部長)。お互いの欠点を補い合うという意味ではすごくいいコンビで、それぞれのダメさ加減を描く著者の視点に愛情があり、どちらにも共感してしまう。そして、なんといっても本書の売りは驚きの展開。どんでん返しまであって、この真相はまったく予想できませんでした。ラストにかけて加速するサスペンス、意外なところに潜む心の闇、ほろ苦い結末も含め、どこもかしこもすばらしい。
 
 来年もたくさんのおもしろい本に出会えますように!
 みなさま、よいお年を!

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』。ハンナシリーズ第二十四弾『トリプルチョコレート・チーズケーキが噂する』が二〇二四年一月に発売になります!〕

 


武藤陽生

 最近ふとしたきっかけからX-MENにのめり込むようになりました。30年以上前の高校時代、ちょうどアニメが放映されていたこともあってかなりのファンだったのですが、その後いろいろ思うところあって、ぱたりと興味をなくしていたのでした。
 で、最近はというか、だいぶまえからですが、Marvel Unlimitedというサブスクリプションサービスがあるんですね。月額10ドルほどで、最新刊を除くマーベルコミックの原書が読み放題という、アメコミ好きにはたまらないサービス(要はKindle Unlimitedのマーベル版)で、1週間の無料期間を利用してかなり読みました。
 これがけっこう英語の勉強になるんですね。小説ほど負荷が大きくないし、映画と同じように基本的に台詞だけですが、映画よりテンポよく(あるいは自分のテンポで)読み進められます。アメコミで勉強、いいかもしれません。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが……)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

『源氏物語』の現代語訳(潤一郎新訳)を読んでいたら、「絵合わせ」というのが出てきたんですが、これ、なんだかビブリオバトルの元祖みたいなものですね。
 辞書によれば、絵合わせというのは「左右の二組に分かれて判者を定め、互いに持ち寄った絵を出し合い、そのその優劣を競う遊戯」とされています(日本国語大辞典)。けれども作中では、ただの絵ではなく物語絵がまず闘わされ、『竹取物語』対 『うつほ物語』、『伊勢物語』対『正三位物語(現在は散佚)』という、いわば物語対決が見られます。
 千年も昔の宮中なんて、なかなかイメージしにくい世界ですが、そこで現代と似たような遊びをやっていたと思うと、急に身近に感じられてきますよね。「女同士が云ひ合って、猥(みだ)りがわしく争ひますので、たつた一巻の判定に多くの言葉を費やして容易に埒が明きませぬ」とありますから、なかなか激しいバトルだった模様。
 絵合わせなどという優雅なネーミングより、ピクチャーバトルなんて命名のほうがふさわしかったかも。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好き。最近面白かった映画は《ヨーロッパ新世紀》〕