田口俊樹
いや、何、今年の本屋大賞を獲った『成瀬は天下を取りにいく』の話。まあ、確かに登場する中年のおっさんたちは、みんなただのいい人すぎる感なきにしもあらずでしたが、なんと言っても主人公の成瀬、いいですねえ。きみなら二百歳も夢じゃない、と応援したくなります。
それでも一番印象に残ったのは、成瀬について語る今のフツーの女子中高生のたぶん今のフツーの実態っぽいところ。成瀬の強烈な異化作用のせいでしょうか、多くの女子が生きにくいとまではいかなくても、面倒くさいヒエラルキーを生きてるんだなあ、窮屈そうだなあ、なんてね、ちょっと心配しました。まあ、今どきの年寄りの心配はだいたいあたりませんが。
さて、いよいよこの『長屋』も来月が最終回。長くも短くもあったこの十五年をちょこっとだけ思い起こしてみようと思ってます。
〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕
白石朗
〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書は、凄腕暗殺者の最後の仕事をテーマにしたスティーヴン・キングの超異色作『ビリー・サマーズ』。同じくキングの日本版オリジナル中篇集も準備中。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕
東野さやか
ところで、第十五回にして最後の翻訳ミステリー大賞の本投票の締め切りが迫ってきました。有資格者のみなさま、投票できるのは五月六日の二十三時五十九分までです。どうぞよろしくお願いいたします。
〔ひがしのさやか:最新訳書はシェルビー・ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち 』。その他、クレイヴン『グレイラットの殺人』、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『クリスマス・ティーと最後の貴婦人』。ツイッターアカウント@andrea2121〕
加賀山卓朗
いま(ここ数十年?)翻訳は、読者にわかりやすくということが金科玉条で、そのために関係者のたいへんな努力が費やされている。そこにこの難解なはずなのに気持ちがよくて、ドライブ感があって、ついでに勉強にもなる漢文だらけの翻訳ですよ(于謙もっとやれ)! 私たちには漢文の読み下しがあったではないか、という。日本語の奥深さを改めて感じ、視野がわっと広がった気がしました。まちがって読みがちな人名には毎回ルビがふってある気配りもうれしい。私、あまり興奮しない性質ですが、この作品には本気で快哉を叫びました。未読のかたはぜひ読んでみてください!
〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕
上條ひろみ
〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』、『窓辺の愛書家』など。最新訳書はフルーク『トリプルチョコレート・チーズケーキが噂する』〕
武藤陽生
【今月はお休みです】
〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが……)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕
鈴木 恵
このひと月のあいだに読んだのは、仕事がらみの本をのぞけば、読みかけだった『源氏物語』を「潤一郎新訳」で最後までと、ユルスナール『東方綺譚』から「源氏の君の最後の恋」(再読)と、谷崎潤一郎『夢の浮橋』、さらに工藤重矩『源氏物語の結婚』と、ほぼ源氏づくしでした。
とくに『源氏物語の結婚』(中公新書)は、源氏物語をひととおり読んだ人なら絶対に面白いはず。登場人物のさまざまな行動にこめられた意味を、鮮やかに解き明かしてくれます。当時の読者は当然そこまで読んでいたんですよね。遅まきながら源氏物語を読みおえたことで、自分の読書世界が未知の方面へ広がったような、晴れやかな気分。
仕事に関しては、クリス・ウィタカーの2作目『All The Wicked Girls 』がようやく完全に手を離れて、見本ができるのを待つばかりとなりました。デビュー作の『消えた子供 トールオークスの秘密』(2016)と、CWA賞最優秀長編賞を受賞した第3作の『われら闇より天を見る』(2020)のあいだに書かれた作品で、やはりアメリカの片田舎の小さな町を舞台にしています。もちろんミステリー小説なのですが、ほかの2作と同様に少年少女の成長物語という側面もあわせ持っていて、読後がやはりとてもいいのです。
邦題は『終わりなき夜に少女は』、発売日は5月22日です。ご期待ください。