田口俊樹

 先月、小学館のポッドキャストで歌手で俳優の井上順さんと対談をしました(☞ こちら)。
 井上さんは私らの年代の者にはまさに六十年来のスター。緊張するというより年甲斐もなくわくわくしました。お会いしてみると、テレビで見たまんま、飾るところのない、底抜けに明るい人でした。聞くと、50歳の頃から難聴を患い、今も補聴器をつけておられる由。私も実は5、6年まえから左耳が聞こえにくくなってやっぱり補聴器の世話になっており、ま、老人の常として病気の話から始まりましたが、そのあとはほんと初対面とは思えないほど、打ち解けた愉しい話ができました。
 対談はハーラン・コーベンの拙訳『森から来た少年』の解説を書いてくださったご縁によるものだったのですが、芸能界きっての翻訳ミステリー通で知られる井上さん、実際、よく読んでおられ、ブロックやウィンズロウの拙訳の名前を挙げてもらえたりすると、もうそれだけでただただ嬉しかったです。
 対談の配信は第一回2月15日(木)と2月22日(木)。☞ こちら
 ふた月続けて宣伝になっちまいましたが、どうかよろしく!

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

【今月はお休みです】

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング『異能機関』。同じくキングが凄腕暗殺者の最後の仕事をテーマにした超異色作 Billy Summersは邦訳刊行待機中。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 北上次郎さんと大森望さんの書評対談集、『読むのが怖い! 2000年代のエンタメ本200冊徹底ガイド』『読むのが怖い! 帰ってきた書評漫才〜激闘編』(いずれもロッキング・オン)をたてつづけに読んでしまいました。『SIGHT』という雑誌に掲載されたこの書評対談、連載当時に楽しく読んでいたのですが、単行本になっていたとはまったく知らず、地元の図書館で見つけて、思わず借りてしまいました。個性が強いおふたりなので、文字だけでも話し方や表情が生き生きと伝わってきて、にやにやしてしまいます。
 そしていま、連載当時はまったく興味が持てなかった、北方謙三版の『水滸伝』(集英社文庫)を読んでみたくてたまらなくなっています。全十九巻。いや、絶対、無理。でも、電子書籍版なら合本版で一万円しないのか……。見るたびに注文ボタンを押してしまいそうになります。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『グレイラットの殺人』。その他、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『クリスマス・ティーと最後の貴婦人』、クレイヴン『キュレーターの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 昼の弁当の時間は伯山ティービィーとNetflixで充分なので、サブスクを増やすつもりはなかったのですが、Apple TV+で映画『地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録』が独占配信になったので、もうしかたないと観念して、とりあえず加入しました。
 観てみると、同名の書籍版と『ジョン・ル・カレ伝』から主要なエピソードを拾いつつ、ル・カレの人生の出来事と重ね合わせるように映像化作品の場面などが挿入されていて、けっこう愉しめました。父親ロニー(本物の詐欺師)を「危機的状況の依存症」と評しているのは初めて聞いた気がする。キム・フィルビーについては「イデオロギーに関係なく、彼は裏切りの中毒だった」と言っていますね。だからイデオロギーに関係なく、いろいろな文学作品の題材にもなったのでしょう。ちなみに、ル・カレご本人はあまり見たことのない笑顔でずいぶん元気そうに話していますが、亡くなったのは2020年末。いったいいつこの映画を撮ったんでしょうね。
 まあわかっていたことですが、ほかの作品も観はじめました。まずデニス・ルヘインが脚本を書いた『ブラック・バード』。これがじつにすばらしい。威儀を正して観なければと思ったのは、マシュー・マコノヒーの『トゥルー・ディテクティブ』以来です。とくに連続殺人犯と目される人物の造形。独立戦争や南北戦争のコスプレイベントが趣味の何やらふわふわした雰囲気の男で、言っていることが嘘なのか本当なのかまったくわからず、ついたあだ名が「連続自白者」。早く最後まで観たくてたまりません。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕

 


上條ひろみ

 ふたりの書店員の共同ペンネーム、ジュノー・ブラックの『狐には向かない職業』(田辺千幸訳/ハヤカワ文庫HM)は人間が出てこない〝どうぶつの森〟ミステリ。青柳碧人のむかし話×本格ミステリのシリーズとコージーミステリが出会ったような味わいで、この世界観、個人的に好きです。森の生き物たちが人間のように暮らす村シェイディ・ホロウで嫌われ者のヒキガエルが殺され(この場合も殺人という)、狐の新聞記者が取材をしながら事件の謎を解明しようと奮闘します。おしゃべり好きなハチドリ、ミステリ好きなカラスの書店主、ヒグマの警察副署長、窃盗癖のあるアライグマ、フクロウの哲学科教授などが出てくるけど、子ども向けというわけではなくて、大人の事情やロマンスも抜かりなく描かれているのがおもしろい。
 いつも楽しみなリース・ボウエンの貧乏お嬢さまシリーズ。こちらも田辺千幸さん訳です。シリーズ16弾の『貧乏お嬢さま、花の都へ』(コージーブックス)では、妊娠安定期にはいったジョージーが、デザイナーとしてシャネルに弟子入りしている友人ベリンダを訪ねてパリへ。シャネルデザインのマタニティドレスでファッションショーに出演することになったジョージーに、さらなるインポッシブルなミッションが……今回も絶体絶命のピンチの連続で、ページをめくる手が止まりません。
 一月は積読本の山の一角を崩すことに成功。ロバート・ライリー『ラスト・トライアル』(吉野弘人訳/小学館文庫)、ハーラン・コーベン『森から来た少年』(田口俊樹訳/小学館文庫)、C・J・ボックス『嵐の地平』(野口百合子訳/創元推理文庫)を読みました。いずれもすでに続編が出ているものばかりでちょっと寝かせすぎましたが、おもしろさは変わりません!
 村上春樹の『街とその不確かな壁』も今ごろ読んでいるのですが、どうしてもできたてのブルーベリーマフィンが食べたくなって焼きました。田舎町の名もない喫茶店にいつもできたてのブルーベリーマフィンがある……まさにハルキワールド。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』、『窓辺の愛書家』など。最新訳書はフルーク『トリプルチョコレート・チーズケーキが噂する』〕

 


武藤陽生

年末はゆっくりしようと思っていたのですが、ずっと仕事をしていました。この調子で死ぬまで働かないといけないのでしょうか。かといって少しでもスケジュールが空くと「このままもう一生依頼が来ないかもしれない」と焦っておちおち休めもしないのがフリーランスのつらいところです。インボイス登録後初の確定申告も控えているし、ブルーです。青色申告だけに。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが……)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

 過日、映えある「折原一賞」に、ジーン・ハンフ・コレリッツ『盗作小説』(早川書房)が、アマンダ・ブロック『父から娘への七つのおとぎ話』(吉澤康子訳・東京創元社)とともに選ばれました(☞こちら)。ありがとうございます。
 この賞は、作家の折原一さんが「傑作なのにベスト圏外に放置されている不遇な翻訳ミステリの中から最優秀賞を選ぶ個人的『イベント』」とのことで、今回が12回目。第1回の受賞作は、あの懐かしいヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』でした。ちなみに「賞金は出ません」とのこと。
 じつはこの『盗作小説』、(言いたくないけど)訳すのにたいへん苦労した作品、つまり時間がかかった作品なので、費やした時間が報われたような気がして、心からうれしいです。これを機にぜひ皆さんもこの作品を手に取ってみてください。コレリッツの過剰なまでに粘着質な文体(←これの攻略に時間を食われた)とあわせて楽しんでいただけると、訳者冥利につきます。

〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好き。最近面白かった映画は《栗の森のものがたり》〕