田口俊樹
現代とはネットの普及で情報が氾濫することで、権威が見えづらくなってしまった時代、というのは内田樹氏の至言ですが、わたしもつくづくそう思います。若い頃には権威なんぞくそくらえなんて思ってましたが、今はちょっとぐらいあったほうがいいんじゃないの? なんて思ってます。歳のせいですかね? でも、コロナ対策なんかにしても、専門家と称する人たちの誰の話に耳を傾ければいいのか。まったく世の中、もうめちゃくちゃ……いかん、いかん、また老人の繰り言になってますね。しかし、そうは言っても、今の世の中……いかん、いかん、また……しかし、そうは……いかん、いかん……(以下同文)
〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕
白石朗
そんなこんなで、きょう(9月2日)はファイザー製ワクチン二回めの接種にいってきます。
〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕
東野さやか
〔ひがしのさやか:最新訳書はジョン・ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)。その他、チャイルズ『ラベンダー・ティーには不利な証拠』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』、フェスパーマン『隠れ家の女』など。ツイッターアカウント@andrea2121〕
加賀山卓朗
〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕
上條ひろみ
ついにこの目で見てきましたよ、宝塚版「シャーロック・ホームズ」。アイリーン・アドラーがモリアーティの元カノとか、切り裂きジャックにヴィクトリア女王、鎖を効果的に使った演出など、見どころ満載で目が足りませんでした。さらに「The Game Is Afoot」の曲がかっこよすぎる件。一度聞いたら忘れられません(宝塚あるある)。ホームズの尋常ではないきゅんポイントの多さも宝塚版ならでは。同時上演のスイーツをテーマにしたショーがまた華やかさMAXで、しばし現実を忘れました。
元気をもらったところで、八月のプチ読書日記。
カルメン・モラ『花嫁殺し』(宮﨑真紀訳/ハーパーBOOKS)は、ソフィー・エナフのパリ警視庁迷宮捜査班シリーズやマウリツィオ・デ・ジョバンニのP分署捜査班シリーズのスペイン版という印象。事件はかなりグロいけど、個性派集団のわちゃわちゃした感じが好きな人にオススメの警察小説です。三部作の一作目ということだけど、J・D・バーカーの「四猿」シリーズのように、生殺し状態で終わっているので乾きは倍増。早く次が読みたい!
先日の全国読書会のオンラインイベントで話題になっていたアレックス・パヴェージ『第八の探偵』(鈴木恵訳/ハヤカワ文庫HM)をようやく読んで、こういうことか!と合点がいった(「探偵小説の順列」とか)。作中作が出てくるものは『カササギ殺人事件』をあげなくてもたくさんあるけど、こういう用法は意外すぎて、「いいぞーもっとやれー!」となった。その作中作自体おもしろいうえにさまざまな仕掛けがあって、二度も三度もおいしいお得な作品。
チョン・へヨン『誘拐の日』(米津篤八訳/ハーパーBOOKS)は、予想外の展開に最後まで目が離せないジェットコースター・サスペンス。抜群のリーダビリティで、たよりない誘拐犯と誘拐された天才少女に感情移入しながら一気に読んでしまった。壮絶なエピソードがたくさん出て来るのに、不思議と読後感はさわやか。ドラマ化も決定しているそうで楽しみ。
C・J・ボックス『越境者』(野口百合子訳/創元推理文庫)は、前作の巨大火災から一年三ヶ月後のお話で、ジョー・ピケットは娘たちの安否を気にしながらアウェイの地で奮闘。みんな大好きなあの人だけでなく、存在感抜群のあの人も登場する豪華バージョンです。「ラブラドール独特のストイックな鈍感さ」を持つ愛犬デイジーがかわいすぎてつらい。
〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』など。最新訳書はエリー・グリフィス『見知らぬ人』〕
高山真由美
〔たかやままゆみ:最近の訳書はヒル『怪奇疾走』(共訳)、サマーズ『ローンガール・ハードボイルド』、ブラウン『シカゴ・ブルース(新訳版)』、ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』など。ツイッターアカウントは@mayu_tak〕
武藤陽生
〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕
鈴木 恵
小型機の不時着事故でカナダの大森林に放り出された少年が、そこでロビンソン・クルーソーのような生活を送るというお話。ただし、物語の構造にひとつ、典型的なサバイバル物語とは決定的にちがう点があるのです。それは、生存に役立つ物資の回収を行なうタイミング。
『ロビンソン・クルーソー』でも『十五少年漂流記』でも、主人公(たち)は無人島に上陸後まもなく、難破船から銃や食料を回収する。けれど本書の場合、少年の乗っていた飛行機は湖に沈んでしまい、何も回収できない。彼は身につけていた小さな手斧一丁で隠れ家を造り、火を起こし(これがすごい。ほんとに可能なのです)、魚をとらえ、鳥をつかまえる。
大したことではないように思えるけれど、実はこれが主人公の自然への対しかたに決定的なちがいをもたらすのです。構造的にみると、この一点において本書は『ロビンソン・クルーソー』を原型とするあまたのサバイバルものを超えるんじゃないか、とさえ思うんだけど。おおげさ?