みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。暑さも盛りを過ぎ、北海道ではナナカマドの実もちらほらと色付き始めました。暑さに弱いドサンコとしては、一日も早く冬が来てくれるよう願うばかり。というわけで本日は、ちょっとだけゾッとする作品を現実世界と非現実世界から一つずつお持ちしました。


 1冊目は、『墜落』(チョン・ミョンソプ)。作者のチョン・ミョンソプは児童書から本格ミステリー、歴史小説にゾンビものなど、幅広いジャンルの作品を次々と生み出しながら、テレビ番組やラジオ番組への出演や、図書館や学校での講演なども精力的にこなし、いったい体をいくつ持っているのかナゾな方。

 物語の主人公は、元役者、現クズ男のガン・ヒョンモ。失った栄光を取り戻そうと、金ヅルになりそうな女を求め、常に目をギラつかせている。
ある日、恋人(という名の金ヅル)のミジン(未亡人、2児の母)からメッセージを受け取ったヒョンモ。
「子どもたちと旅行に行くことにしたの。家からスーツケースを持ってきてくれない?」
 言われた通り、ミジンの部屋に置かれていた3人分のスーツケースを持ち、待ち合わせ場所に運ぶが、そこに彼女の姿はない。不審に思い電話をかけるも、応答はない。……が、聞き慣れた彼女のスマホの着信音がスーツケースの中から……。恐る恐る開けてみると……。

 裏表紙にも書かれているのでネタバレしてしまいますと、スーツケースの中には、ご想像通りのブツが3体。
 かなり序盤でのこの展開。そこから、なんとか殺人犯を捕まえようとするヒョンモの奮闘ぶりが描かれます。この男、かつて羽振りのいい時代があったがために、なんとかまた一旗揚げようと女から金をむしりとったり、新たな事業に手を出してみたり、マルチ商法に関わって訴えられたりというクズっぷり。ところがヒョンモのみならず、ミジンの弟まで彼女の財産を狙っているとあり、男二人は顔を合わせるたびに険悪なムード。しかも、そのミジンの弟が! こりゃ弟じゃないだろ! と勘ぐらずにはいられない衝撃的な写真を、ヒョンモは見つけてしまいます。
 自分に向けられる疑惑の視線をそらすため、ヒョンモはある場所にスーツケースを隠しますが、72時間後にはそれらも人目に触れるはず。それまでに何とか真犯人を見つけようと奔走するものの、弟(?)やマンションの管理人などを前に、危うくボロが出そうになること数回。そのたびに咄嗟に口から飛び出るハッタリたっぷりな芝居のうまさは、さすが元役者! と感心したくなる才能です。
 やがて、犯人探しは意外な結末を迎えます。ミジンらの命を奪ったのはもちろんヒョンモではなかったものの、真実を知ったヒョンモは怒りのぶつけどころを失います。
細かい章立てでスピード感たっぷり、ほぼ一気読みで駆け抜けながらも、一時の気の迷いや軽率な行動が生んだ予想外の結果に、思わず身震い。そんなつもりじゃなかったのに! と嘆いても、後悔先に立たず。欲張らず、マジメに生きよう……。


 さて、次の作品は長編ファンタジー。『異界里ファンタジア』(イ・シウ)。

 小説家になることを夢見ながらソウルで会社員生活を送っていたミホは、父親の急死に伴い、ド田舎の家と土地を手に入れた。ここぞとばかりに会社を辞め、田舎暮らしを始めたミホの身に、都会暮らしではあり得ない怪事件が次々と巻き起こる。
「異界里」の山中に建つその家は1階に倉庫、2階に居住空間が配置されている。隣には一人暮らしの老婆が暮らす一軒家。500メートルほど離れた貯水池のわきに住むキムさんは犬の繁殖を手がけていて、「ここに住むなら犬が必要だ」と犬を押し付けてきたが、あまりに唐突な話だったため断った。
 引越して来た日の夜、真夜中に階下で子どもたちが駆け回るような音が聞こえた。空耳だろうか。空耳だろうな。

「見ろよ。わざと聞こえないふりしてやがる」
「番犬もいないくせに」
「どうする? 今すぐ喰っちまおうか?」

 ……なんていう囁き声まで。ド派手な車を乗り回す隣の老婆によると、どうやらこの声の主の「オドゥク」は、異界里に生息する魑魅魍魎の一つらしく、好物は人間の「恐怖心」。人を怖がらせ、恐怖心いっぱいの人間を襲うらしい。翌日、やはり番犬を譲ってもらおうとキムさんを訪ねるが(前に会ったときと顔が違うような……)、犬が欲しけりゃオドゥクの肉をもってこいと追い返される。老婆の助言で特殊な矢(村の歯科医師が3Dプリンターで製作)を入手し、恐怖に飲み込まれそうになりながらも、やけっぱちでオドゥク(猿の顔をもつ犬)を捕獲、やっとの思いでキムさん(また前に会ったときと顔が違うような……)から(硫黄臭がする鼻息を吐く)犬を入手する。

 さて、はじめの数十ページでこのブッ飛び具合。もともと、ジャンル小説専門レーベルが運営するオンライン小説サイトで連載されていたこちらの作品、57回にわたる連載中に、これでもか! というほどのネタを仕込んだのでしょう。どちらかというと連作小説のようなネタの多さ。バケモノの種類も、人間に似た非人間の種類も豊富。
 村長の息子でキザな作家、人間らしからぬ能力をもつチョプン。ミホの後輩に恋してしまったチョプンの弟(?)ポレ(チョプンの父親がポレの母親とのこと)。異界里の守護神的存在「キムさん」や、人の不安を栄養源に成長する凶鳥、人間語を話す猫、顔の半分が口で、舌が目だらけのイキモノなどなど、その他多数。隣の老婆だって、ミホより速く山中を駆け回るし、剣使いが超人的。普通の人、普通の動物なんていない。
中でも目を引くのは、悲しき怪異、(巨大)人面蜘蛛。そもそも「怪異」という存在は、人間の欲望や念のようなものが呼ぶものらしい。母親であれば誰もが一度くらい、わが子を怪物のように感じたり、子の消滅を願ってしまうこともあるだろう。そうした母親たちの切ない苦しみが呼んだ人面蜘蛛は、捕食した人間の顔をもち、自分の身に危険が迫れば、わが子をも喰い殺すという習性を持つ。そんな事実を知ったミホは、人の顔をした蜘蛛の始末に躊躇する。

 そして、後半で一番ギョッとさせられたのは、こんなシーン。

 チョプンや老婆に連れられて、怪異どもと互角に戦う弓使いになったものの、怪異に襲われ、瀕死の状態に陥るミホ。そこに現れたある人物が、自分の腕の肉をスライスし、彼女の口に突っ込むと……。

 という、キリストばりの能力をもつ人物が、実はミホの近くにいたのです。後半は特に、なかなかのグロみが続きます。
 ベースにあるのは田舎暮らしを始めた都会っ子ミホの成長劇ですが、平たく言うとバケモノだらけのファンタジー。2018年に出版されたこちらの作品は、シリーズ第2弾の準備が進んでいるとのこと。怪異たちがもうひと暴れしてくれそうなので、そちらもいつか、ご紹介できればと思ってます。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。



















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