みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。立春も過ぎ、北海道も暖かい日が増えてまいりましたが、鮮やかな花々に彩られた本州の春の風景をメディアで見るにつけ、驚愕を禁じ得ません。まだまだ冬靴、冬タイヤの北海道でございます。この時期の雪は格段にばっちいものでございまして、道路わきに残る雪山も泥にまみれ、とけかけの雪と泥があいまったばっちい泥雪シャーベットが跳ねてきますので、雪のない地方からお越しのみなさま、車道近くを歩くときには十分ご注意ください。
そんなばっちい春を迎える北海道から、本日は新たな場所で新たなスタートをきるみなさまへ、「家」アンソロジーをご紹介。
1冊目は、『あなたにとって一番危険な場所、家』。こちらは、すでに日本にもお目見えしている作家、チョン・ヘヨン、チョン・ミョンソプに加え、こちらでおなじみチョン・ゴヌ、チョン・ボラという4名の大御所作家による家アンソロジーでございます。

◆「誰かが住んでいた家」(チョン・ゴヌ)◆
投資詐欺にひっかかり、借金取りに追われる身となった「僕」は、彼女のJと二人で夜逃げ同然で田舎町を抜け出し、ソウルへ向かった。住居が必要だったが先立つものもない。不動産屋で提示された物件は、キッチン、トイレは十分な広さで、エアコン、家具も備わった広いワンルーム。相場の半額ほどの価格が気に入って、即座に契約を決めた。
異常は、ほんのささいなことから始まった。
「トイレの換気扇から変な匂いがする」
Jがもらした一言を軽く聞き流していたが、匂いはすぐに浴室の排水口からも漏れ出した。排水管の流れが悪いのだろうか。「僕」は排水口のふたを開け、中に手を突っ込んでみた。ぬめった何かが指先に触れた。恐る恐る引き抜いてみると、大量の長い髪の毛だ。引き抜いても引き抜いても、際限なく真っ黒な髪の毛の塊が出てくる。前の住人のものだとしても、あまりにも不自然な量だ。なんだか不吉な気の流れを感じる。
そう思っているうちに、Jの生気が日に日に失われていった。家にいると妙な寒気を感
じ、夜も眠れないという。やがて、話しかけても反応がなかったり、画面の消えたスマホを眺めながら楽しそうに笑い転げたり、不可解な行動が増えていった。
ある日、深夜に玄関のチャイムが鳴った。インターホンには何も映っていない。不審に思いながら玄関の方を見ていると、電子ロックを解錠しようとする音が聞こえ始めた。何度も何度も試している。インターホンには、長い黒髪の人影が映し出されていた。
翌日、外出から戻らないJを「僕」がハラハラしながら待っていると、玄関のチャイムが鳴ります。ハッとしてインターホンに目をやると、そこには魂が抜けたようなJの顔が。慌てて鍵を開けた途端、「僕」は頭を殴られて気絶。倒れ込んだまま目を覚ました「僕」の隣には、「魂が抜けた『ような』」顔のJ! このテのちょいグロホラーが本当に天下一品の作家、チョン・ゴヌ。みなさま、常識外れの激安物件にはご注意を。
このほか、「死んだ家」(チョン・ミョンソプ)では、特殊清掃会社を営む二人の女性チームが登場。若くして自殺した女性の部屋、引きこもり男子のゴミ屋敷など、様々な現場の清掃を通して他人の人生を垣間見る二人ですが、思わぬことがきっかけでマンション投資詐欺の関係者と接触することに。実は彼女たちにとっても他人事ではなかった投資詐欺。悪党をとっ捕まえるために一肌脱ぐ頼もしい女性陣の奮闘を描きます。
「返信理由」(チョン・ボラ)は、メールのやり取りを書き連ねた書簡体スタイルの小説。始めは大学の先輩・後輩の和気あいあいとした交流だったのが、後輩が先輩の新居を訪れた直後から空気が激変。後輩が先輩へ送った写真データの大半が壊れていた上、無事だったものさえも家の写真が真っ黒だったというのです。それを見た先輩が、「うちがオンボロだってバカにしてるの?」と人が変わったようにご立腹。後輩は何度も詫びのメールを入れますが、先輩からの連絡が途絶えてしまいます。数々の奇怪な現象、謎の死。救いの手を求める者がいて、救いの手を差し伸べる者がいて……救いの手を差し伸べるふりをする者も。最後のどんでん返しで「ホッ」と「ゾッ」、両方の感情が刺激されるオチとなっております。
最後に収録された「そうして生きていく」(チョン・ヘヨン)では、鬼神となった父親が登場。食道がんで他界した父親が毎晩現れ、力の限りに娘のジヘをあの世に引きずり込もうとします。悪夢にうなされ、眠ることも食べることもできなくなったジヘは精神科に通院することに。ところが医者には、献身的に介護をしてきた家族を失った後にそうした症状に苦しむのは「よくあること」で「当たり前のこと」だと言われ、医者への不信感が募ります。病床にある父親に尽くし、父親が他界してからは母親を気遣う日々。なぜ自分だけが苦しまなくてはならないのだろうと絶望するジヘでしたが、悪夢にうなされているのは自分だけではありませんでした。母親もまた悪夢にうなされていたのです。「確固たる」罪悪感と共に。始まりはただの(というのも失礼ですが)ホラーですが、最後には在宅介護問題を扱った社会派ホラーに着地する作品です。
お次に紹介するアンソロジーは『鬼神憑依マンション』。タイトル作は再びチョン・ゴヌ(好きすぎてスミマセン……)でして、その他、ペ・ミョンウン、文化リュ氏、イ・ヒョングによる4作品を収録。

◆「鬼神憑依マンション」(チョン・ゴヌ)◆
ホラーチャンネルを運営するYouTuberとホラー小説家が、心霊スポット探訪企画で訪れたある町。かつてそこにはムーダンが暮らす家があった。高名なムーダンだったが、徐々に精神を病んでいき、焼身自殺をするに至った。その跡地に建てられたマンションがまともなわけがない。建築中から数々の不吉な事故に見舞われた上、入居後には大規模な火災が発生し、3人の住人が命を落とした。YouTuberと小説家は当時の住人の連絡先を入手し、火災に関する取材を試みる。
(半地下室、102号の男の話)
火災が起こる前、402号の女が死亡する事件が起きた。ある日の早朝、何かが地面に叩きつけられるような音がして、窓の外に目をやると、窓ガラスに血しぶきが飛び散り、地面に顔をつけて部屋を覗き込む女がいた。402号の女が、奇妙な笑みをたたえ、血まみれのままこちらを見つめていた。左目だけで。右目があるべき場所には、ぽっかりと穴が空いていた。
……と取材は続き、303号(マンションの管理人。火災で息子を喪失。性犯罪者で前科者の502号が402号の女を殺したと主張)、203号(夫婦喧嘩多発、DV夫は事故により死亡)、そして、502号と402号の関係をなぜか事細かに、「まるでその場にいたかのように」知っている103号など、取材が進むにつれ事件の全貌が明らかになっていきます。女の転落事故と火災には、どんな関係があったのか。人間なんて所詮さもしいものなのね……と思わされるちょいグロ作品です。
◆「ソンジャン・マンション」(文化リュ氏)◆
両親がいないシウォンにとって、たった一人の頼れる肉親である兄、ジョンウォン。そのジョンウォンが、突然視力を失った。兄が一人暮らしを続けるのは困難だと考えたシウォンは、二人暮らし向けの格安物件を見つけ、二人で暮らすことにする。
マンションの一階には、名高い韓方(韓国版漢方)医が暮らしていた。彼女自身の息子が瀕死の状態に陥ったときも、韓方で回復させたという。
住人の中にも盲人がいるようで、杖で地面を軽快に叩きながら歩く音が聞こえるが、シウォンもジョンウォンもその姿を見たことはなかった。
ある日、白杖を手にした人物がマンションの裏手に広がる林に向かうのを目にしたシウォン。兄とよく似た背格好だったため、こっそり後をつけていった。近づくにつれ、ますます兄に見えた。男は草藪にいた猫を抱え上げ、不気味な笑い声をたてた。すっくと立ったその両脚の間に、よだれが流れ落ちていた。
こちらの作品のキーパーソンは、名高い韓方医。全身骨折、内臓破裂で病院からも見放された息子を(心肺停止の状態から……)回復させたというその手段とは。夜ごと床から這い出てくる母子の鬼神も魅惑的。ラストシーンが思いの外ダイナミックで、長編や映画でも味わってみたくなる作品です。
「オーシャン・マンション」(ペ・ミョンウン)は新婚夫婦が主人公。結婚を機に、恋人(夫)が暮らすオーシャン・マンションに移り住んだソユンですが、騒音トラブルで心身を病んでしまいます。さらに、見知らぬ男(DV夫)からの度重なる間違い電話や、近隣住民からの身に覚えのない苦情も重なり、精神的に追い詰められていきますが、実はすべての鍵を握るのは、冒頭で海から現れるずぶ濡れの不気味な女(のような……)、そしてマンションのあちこちに出没するずぶ濡れの女(のような……)だったりします。
もう一つの収録作品「ドリーム・ビラ・リゾート」(イ・ヒョング)では、はるか昔に2度ほど利用したことがあるリゾートホテルから「VIP限定無料宿泊券」を受け取った男が、恩恵にあずかろうとのこのこと出かけたために出くわした災難を描きます。奇妙に表情のないフロントデスクのスタッフや、どこからともなく向けられている気がする視線に違和感をいだきながらも、贅沢な時間を満喫する男。ところが、思わぬ相手に刺殺される悪夢にうなされ、夢から醒めると自分の手が血まみれという事態に。
「夢鬼神」の手から逃れるために夢から夢へ、追いつ追われつの攻防戦を繰り広げる鬼神アドベンチャーでございます。
年々、引越し料金が高騰しているとのことですが、新生活のスタートに向け、格安物件で経費削減を、とお考えのみなさま、どうぞヘタな物件をつかんでしまいませんよう、くれぐれもお気をつけくださいませ。(ワタシ含め)これといった新生活が待ち受けていないみなさま、どうぞ穏やかな春を迎えられますよう。
藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |