みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。早いもので、今年も残すところあとふた月(弱)。本コーナーも今年最後の更新となりました。そして、今年最後というタイミングでついに! 第32回の記事でご紹介した『呪いのウサギ』(チョン・ボラ)が今月29日、ついについに邦訳出版ですって(関谷敦子訳、竹書房)! 2022年にはブッカー国際賞の最終候補作品に、翌23年には全米図書賞の最終候補作品に選ばれた話題作(と書いて「ちょいグロ、もしくはイヤミス」と読む)、ぜひお手にとってくださいますよう! そして同じく第32回の記事でご紹介した『デザート・ワールド』の作者、キム・イファンの短編集『お布団の外は危険』(関谷敦子訳)も来月、竹書房さんよりお目見え! キム・イファン作品はすでにいくつか邦訳出版されておりますので、そちらも含めてぜひともお楽しみくださいませ! 個人的には、第30回でご紹介した超ド級エンタメ小説『バンパイア・ナイト』の邦訳出版もぜひぜひお待ち申し上げております! ……と、うれしい知らせが舞い込んだ11月。わが家のトイレに貼ってあるカレンダーによると、今月16日は「家族の日」なる記念日だとか。そこで本日は、家族、親族を題材にした作品を二つ、ご紹介します。


 はじめにご紹介するのは、長編小説『ねずの木』(キム・ヘソル)。タイトルでピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが(そういう私はちっとも存じあげておりませんで……)、グリム童話『ねずの木の話(百槇の話・柏槇の話)』をモチーフとした作品です。グリム童話の『ねずの木の話』では、継母が先妻の子を殺し(殺害方法に関しては割愛)、その死体を切り刻んでシチュー(もしくはスープ、もしくはソーセージ、もしくはプディング)に投入し夫(殺害された子の実父)に食べさせる……というグリムらしいグロな展開ながらも意外にめでたい(?)エンディング。本作品で採用されている点は、「親子間に生じた殺意」、でしょうか。ですが恐ろしいことに、こちらの作品の親子は実の親子。そして、その「殺意」には、親子ならではの「愛情」もちょっぴり混ざってたりします。

 看護師として勤務しながら一人息子を育てるシングルマザー、ヨンジュ。夫との結婚生活は1年しか続かなかった。父親は若くして他界し、母親は男を作って家を出た。ヨンジュは自分を捨てた母親を恨みながら、成人するまで父方の伯母のもとで暮らした。
 ある日、息子のソノが幼稚園で騒動を起こした。「お医者さんごっこ」の最中に、女の子のスカートの中に頭を突っ込んだというのだ。ヨンジュは、自分の職場である産婦人科にソノを連れていったことが関係しているに違いないと考えた。ソノに悪意など、まるでなかったはずだ。だが、幼稚園からは登園を断られ、その上、降園後の保育を頼んでいた家政婦にも辞められてしまった。ソノがたびたび癇癪を起こし、暴力をふるうというのだ。他者に向けられる攻撃性は日に日に悪質さを増し、幼児の域を超えていた。その矛先はついに母親であるヨンジュに向けられる。
一方、実の子を殺害する事件が続けざまに発生し、事件を担当する刑事が聞き込み調査に奔走する。幼い娘をキャリーバッグに閉じ込め殺害した母親は、不眠に苦しみ睡眠薬を服用していた。もう一つの事件では、若い母親が夜泣きのおさまらない赤ん坊に睡眠薬を飲ませて殺害した。いずれも、同一人物から入手した自家製睡眠薬が用いられていた。

 ソノを預ける場所も家政婦も失って仕事に出られなくなったヨンジュは、致し方なく実母を訪ねてみることにします。二十年ぶりに訪れた実家の庭には、記憶の奥底に眠っていた大木、ネズの木が。幼いころ、母親の言いつけを聞かずにその木に登って落下した、思い出の木。そんな苦い思い出が蘇るヨンジュでしたが、母親はそんな出来事はなかったと言い切ります。ヨンジュには、幼いころから夢と現実とを混同する癖があり、事実と相反する話をあたかも事実であるかのように話すことがよくありました。そのせいで記憶が歪められているのだと母親は主張しますが、ヨンジュの脳裏にはもう一つ、うっすら残る幼少時の不穏な記憶がありました。それは、母親に階段から突き落とされるという恐怖のシーン。まるでその場面が再現されるかのように、母親がソノを階段から突き落とす瞬間をヨンジュは目撃してしまいます。
 そして、乳幼児殺害事件の担当刑事が、事件に用いられた睡眠薬を取り扱っていたチムジルバンのスタッフを突き止めますが、彼女はすでに退職した後でした。退職の理由は「田舎に帰って、孫の子守をするため」というもの……。
 幼い孫にグリム童話の『ねずの木の物語』を読み聞かせる祖母、階段の上から子を、孫を突き落とし、ほくそ笑む(祖)母。母親に凶器を振りかざす幼子。母と子、祖母と孫の間で繰り広げられる悪魔的で読後感の大変良くない場面たちに、軽く胸やけを覚えるサスペンス。「ネズの木、飛び下り事件」、「階段突き落とし事件」に隠されていた真実がさらなる胸やけを助長します。



 次にご紹介するのは、『誰か、いる』(チェ・インド)。以前ご紹介した2巻組、長編小説『死んだ夫が帰ってきた』の作者による長編小説で、これまた長い2巻組でございます。前回ご紹介した作品では、殺したはずの夫が明らかに異なる人物として帰宅。それにもかかわらず彼の帰還を喜ぶ友人、親戚を目にした妻がその異様な事態の背後を探るという、騙し、騙されの攻防戦、犯罪者vs犯罪者という胸踊るドラマを見せてくれました。そんなチェ・インド作品ゆえ、今回もがっつり犯罪サスペンス! と思いきや! 全然違った! 今回はがっつり鬼神vsムーダンなエンタメ作品でございました。

 主人公のソヒは契約社員として働き始めたばかりの新社会人。早くに父親を亡くした彼女が、唯一の肉親である母親まで亡くしてしまいます。天涯孤独となった彼女にとって、頼れるものはルームメイトのヘリと交際相手のドジンだけ。契約社員ゆえ経済的にも不安定、それどころか契約期間満了により失職が危ぶまれる先行き不透明な日々を過ごす彼女に、予想外の「縁」が訪れます。

 母親の葬儀を終えたソヒのもとに、弁護士を名乗る人物から連絡が舞い込む。父方の伯母、ソンミが遺した遺産の件で話があるという。だが、幼いころに死に別れた父親の記憶はなく、父親が他界してからは、ソヒもソヒの母親さえも父方の親戚と連絡をとったことはなかった。身内を失くした者を狙った質の悪い詐欺に違いないと感じたソヒは接触を拒み続けたが、弁護士は自宅にまで押しかけてきた。遺産相続人はソヒを含めて6名。相続の手続きを進めるにあたり、相続人すべての相続意思の有無を確認する必要があるため、弁護士事務所に集まるよう要請される。
相続人はすべてソヒのいとこであり、幼いころのソヒに会ったことがあるという。ソヒにとっては初めて会う人物ばかりだったが、誰もがソヒを親族として歓迎した。その中でも、皮革製品工房を営むスアは誰よりも再会を喜び、ソヒを気にかけていた。
 伯母の遺産は莫大なものだったが、相続には条件が設けられていた。それは一定期間、相続人が揃った状態で、遺産の一つである伯母所有の古家に泊まること。突然、降って湧いたようにもたらされた儲け話に不信感を抱きながらも、予想もしていなかった「血縁者」との出会いに喜んだソヒは、相続条件を承諾することにした。
山奥に建てられた伯母の古家は鬱蒼と生い茂った草木に覆われ、鉄条網に囲まれていた。野生動物、特に獰猛なキバノロも多く、夜間の外出は命取りになりかねないため禁じられた。コンビニもスーパーも近くには見当たらない。持ち込んだ食料以外は、日中に山や川から調達してくるしかない。食器類は鍵のかかった古い倉庫の裏に山積みになっていた。ヘビースモーカーのジョンヒョンが、食器の山から真鍮の器を取り出し、灰皿代わりに使用した。それを目にしたスアが突然、激怒した。その器はぞんざいに扱ってはいけないものだ、それどころか触れることさえ許されないものだとジョンヒョンを叱り飛ばした。わけもわからず責め立てられたジョンヒョンは、器を地面に叩きつけて不満を露わにした。その夜、ジョンヒョンは行方をくらました。

 何やらイワクがありそうな真鍮の器、鍮器ユギ。ジョンヒョンがどうなったかは、みなさまのご想像通りかと思います。イワクつきゆえ遠ざけたいブツであるはずの器が知らぬ間にソヒの家に入り込んでたり、知らぬ間に鬼神召喚の御札を握らされていたり、知らぬ間に家の壁じゅうが御札だらけだったり、眠れば必ずや鬼神に魂を狙われたり、眠りたくないのに知らぬ間に眠ってしまってたり、覚醒したはずなのにまだ狙われてたり、さらに次々と襲い掛かってくる幻惑、幻惑、また幻惑。見えないものが見えてしまうムーダンの「血」は天から授かった喜ぶべき能力なのか、忌み嫌うべき呪いなのか。今まで知らなかった自分の出自を期せずして突きつけられたソヒは、何を選択してどこへ向かうのか。とにかく油断も隙もあったもんじゃない事態が多発する作品です。前作は比較的早い段階から「犯罪者vs犯罪者」という構図が見えていたので、その攻防戦を楽しみながらページをめくれたのですが、今回は正体不明な存在に追われすぎて読後感グッタリでございました(いい意味で)。
 
 本年も、しまりなくタラタラと書き連ねた駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。みなさまが韓国ジャンル小説に興味をもたれる小さなきっかけにでもなれましたら、幸いです。2026年も、どうぞよろしくお願いいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。



















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