みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。今年も北海道のわりに暑々の夏がやってきました。ただでさえ停滞気味の思考回路は停止寸前、生粋の道産子にはなかなか厳しい毎日です。今回は、そんな停止寸前の思考力をもって読破した、少しだけ社会派の顔ものぞかせるジャンル小説をご紹介いたします。

はじめにご紹介するのは、『トッケビ狩り』(イム・イジョン)。本作品は2021年、月刊『文学思想』で新人文学賞を受賞した短編小説『ホドゥ』を膨らませて長編小説にしたもの。一見、エンタメ小説丸出しのタイトルではありますが、実は全然エンタメではなく、幼いころに両親を亡くした兄弟が社会の荒波にもまれながら生き抜く物語。……と言ってしまえば簡単なのですが、一歩間違えばブタバコ行のほぼ有罪の犯罪行為、あなたは「兄弟愛」でどこまでやれますか、それをやってのける兄弟をどれだけ理解してあげられますか、と問われているようなシリアスな作品。
別荘の庭で目を覚ました幼いスオの瞳に映るのは、三日月が浮かぶ空。夜露に濡れた芝生が指先に触れる。自分がなぜ、こんな時間に庭に出てきてしまったのかわからない。でも、敷地から出てはいけない、森に入ってはいけない、祈祷院の人と話をしてはいけない、と口うるさい両親も眠りについている。今なら好きなところへ行けるかもしれない。そこに姿を現した兄のテオが囁く。
「森へ行こう。トッケビを探しに」
東の空が白み始めるまで歩き回ったが、トッケビは見つからなかった。二人はすごすごと踵を返すが、別荘の周りが異様に騒がしいことに気がつく。パトカーも来ている。救急隊が、何かを載せた担架を家の中から運び出していた。
両親が死んだ。兄弟は叔父に引き取られたが、おとなたちはなぜか、両親を殺したのはテオだと囁き合った。やがて二人は叔父の家から追い出された。
叔父の家を出た二人は、家出シェルターに身を寄せた。テオは高校を卒業すると同時にシェルターを離れ、スオの学費を稼ぎ始めた。だが、テオからの連絡は徐々に途絶え、ついには音信不通になる。父親代わりでもあった弟思いの兄が、どこへ消えてしまったのか。兄の行方の手がかりを捜していたスオは、「アラン」という女が兄の失踪に絡んでいることをつきとめ、彼女の動向を探ることにした。
息子を望む家庭に生まれたアランは、家族から存在を否定されながら育ったせいで、自分が女であることに嫌悪感を抱くようになった。末期がんで衰弱しきった母親さえも、死ぬ間際まで「お前さえ生まれなければ」と恨みがましく口にした。居場所のない家を飛び出してシェルターを転々とする中、生まれて初めて自分の存在を認めてくれる人物が現れ、彼女の自宅に身を寄せる幸運にも恵まれた。だが、ある日、謎の男が自分を尾行していることに気づく。凶悪犯罪に加担した過去があり、その復讐を恐れていたアランは、恩人を裏切り再び根無し草のような生活を始める。
お気づきかと思いますが、アランのあとをつけていたのはスオ。アランがどこかで兄と接触するのではないかと彼女を尾行し目を光らせていましたが、なかなか兄が現れず、しびれをきらせたスオは、ついにアランに自分の正体を明かします。兄の行方を探っている中で、アランと兄が殺人事件に関与したという情報を入手したスオは、兄が殺人など犯すわけがないと思う一方で、もしかするとすでにアランに消されているのではないかという不安にもかられていました。
物語終盤、スオは別荘があった村を訪れ、兄の行方を追うと同時に幼少時に体験した事件の真相を追うことにもなりますが、彼の記憶の奥底にわずかに漂っていた断片的な残像や、なんとなくひっかかっていた疑問のかけらが徐々にひと塊の鮮明な形となっていく様子には、恐怖にも似た感情をかきたてられます。何十年も訪れることがなかった別荘跡地。廃墟と化した祈祷院。あの日、夜の森にスオを誘ったのはテオでしたが、彼にはスオを連れ出さなくてはならない理由がありました。なるべく別荘から遠く離れなくてはならない理由が。「あの日」を描写したページを読みながら、文字が真相にたどり着く前に、え! ひょっとして! ひょっとして……!? と一人でコーフンする喜びなんかも味わえるミステリー。韓国の女性たちを苦しませてきた男児選好思想や家父長制、家出青少年をとりまく社会問題を扱いながらもシャーマニズム的な不穏な空気もまとわりつく作品です。
余談ですが、たまに廃墟探訪ブログなんかをのぞかせていただくことがあるのですが、のぞきたくなるのがなぜか決まって深夜なの、ナゾ。

お次は、二人の作家によるアンソロジー『立入禁止アパート』の中から、「Missing」(チョン・ヘジン)をご紹介。こちらは、ホラー作家集団「マッドクラブ」とジャンル小説サイト「ミラー」のコラボ企画シリーズとなっております。約130ページ、さほど長い作品ではなく、警察官ソンジェのカウンセリングシーンから始まるのですが。ソンジェは男尊女卑の両親のもとに生まれ、傍若無人な兄がいて、何をやっても存在を認められない不遇な幼少期を過ごしてきた女性で。学歴社会の韓国において、どれだけ優秀な成績をおさめても褒められず、兄より秀でれば兄の顔に泥を塗ったと責められ、兄の罪を暴こうとしては家門に泥を塗る気かと父親にボコボコにされ、女なんてものは家でパンツでも洗ってりゃいいんだという教育方針の母親に育てられ……という環境で精神を病んでしまいカウンセリングを受けるに至ってしまったわけですが。こうした不遇で不条理な彼女の運命を描いた分量がまあまあありまして。これ、ジャンル小説ですよね? マッドとミラーのコラボですよね? まさかこのまま社会批判小説で終わりませんよね? ワタシ、何を読まされてるんでしょう? と少々困惑、落胆したあまり、何度か本を閉じようとしてしまったことを告白します。そして、そう思いながらも読み進めた結果、終盤に差しかかって、え! マジか!! と激しく鳥肌がたったこともここに告白いたしましょう。そして、その「しかけ」を理解した上で再読し、あちこちにバラまかれた山のような布石に気づいたときの鳥肌も相当なもの。
ソンジェの両親は、息子の教育にすべてを捧げてきた。特に警察官である父親は、ことあるごとに「子どもが俺の背中を見て警官になってくれりゃ本望だ」と熱弁をふるった。だが、この「子ども」に娘であるソンジェは含まれず、両親の期待と愛は兄のウジェだけに注がれた。息子を立派な警察官に育て上げるためには莫大な出費も厭わず、息子には最上級の教育を施したが、両親のそんな努力が報われることはなかった。両親の期待に応えるどころか親の金で悪事をはたらき放題だったウジェは、気にくわないことがあれば平気で妹に暴行を加えるようなろくでもない人間になった。ソンジェは両親と兄を見返すために自分の力で優秀な警察官になったが、そんな彼女を認めてくれる家族はいなかった。
実家を離れ、男社会の中で警察官として確実な歩みを進めていたスンジェが田舎に呼び戻された。母親が自分の介護を口実に、ソンジェを田舎に、家庭に束縛しようとしたのだ。ひとかけらの愛情も注いでくれなかったくせに、労働力としてだけではなく経済的にも自分を支配しようとする母親に嫌気がさした。
そんな母親が他界し、続いて父親も旅立った。四十九日法要の日、物理的にも経済的にも何一つ親の介護に携わらなかったウジェが帰省した。長子である自分に転がり込んでくる恩恵にあずかるためだった。ウジェの息子、スンビンは幼いころのウジェによく似ていた。じっとしていることができず、常に走り回っているいたずら小僧そのもので、隙あらばお化け屋敷のような廃アパートに入り込もうと機会をうかがっている。法要後、おとなたちが目を離した隙にスンビンがいなくなった。ソンジェが声を張り上げながら辺りを探し回ったが見つからない。そんな状況でも、ウジェは幼馴染と酒を飲みに出かけてしまった。心配のあまり半狂乱になった母親のヒギョンがウジェに電話をかけるが、男児たるもの冒険心があって当たり前、そのうち帰ってくるだろうと取り合ってもくれない。そんな能天気なウジェに、ヒギョンが声を荒げた。
「ソンジェがいたら、必死に探してくれたはずなのに!」
さて、ここからじわりじわりと、次元が歪み始めるというか、謎が解け始めるというか。誰にかけても何度かけても繋がらない電話とか、不自然に登場するアイテムとか、改めて読み返すと、なるほど! と納得、あるいはさらにこんがらがる箇所もありはしますが、本当に見事に目をくらまされていたことに気づき、唖然。
こちらも男児選好思想が大前提となった社会派小説なのですが、クライマックスでは、視覚的(日の暮れた廃アパートの中、薄汚れたワンピースを着た少女が目……があるべきところ……から血流してるとか!)、精神的(そのワンピース、遠い昔に見た記憶が……)に幾重にも連なって現れるホラーシーンが見もの。そしてやはり読了後に再読して(しつこい)、「なるほどね!」「これがあれね!」「だからこうなったのね!」と噛みしめていただきたい感動の(でもちょっぴりさびしくもある)ホラー作品となっております。
男児選好思想により女児堕胎が横行していた韓国。最近では、その風潮も薄れていることから、性別告知禁止法が違憲とされ無効になったようですが、どうか恐ろしく忌まわしい歴史が繰り返されませんように。
| 藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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| 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |