みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。残すところ、今年もあとわずか。そして11月といえば! いい夫婦の日! ということで、今回は、夫婦を題材にしたミステリー作品を二つ、ご紹介します。



 はじめにご紹介するのは、二巻組の長編小説、『死んだ夫が帰ってきた』(チェ・インド)。上下巻、どちらも500ページ前後というなかなかの長編です。第1巻は妻ヒョシン視点のみで展開され、第2巻は夫ジェウ視点で第1巻のストーリー全体をたどって伏線回収をしながら、再びヒョシン視点へと戻り、一連の事件の謎を解いていく(というか事件を更に泥沼化させていくというか……)構成。可能な限り一気に読み進まねば、1巻にどんな伏線が敷かれていたか忘れてしまい、伏線回収の快感に浸りそびれる危険が。とはいえ、一度開けば、おのずと一気読みしたくなる吸引力。先が知りたくて、謎解きの答えが知りたくて、閉じるのが大変なくらいです。
 主人公は、不動産会社で分譲マンションのセールスを担当する30代女性のヒョシン。顧客の中には富裕層も多く、その中の一人、キム社長の愛人ナンヒに見初められた彼女は、ナンヒの息子、ジェウと結婚することになります。ただし、その結婚にはジェウもヒョシンも乗り気ではなく、世間体のため、母親や社会からのプレッシャーから逃れるためだけの結婚でした。当然、二人の間には初めから愛情も人情もなく、息の詰まるような夫婦生活を送っていたある日、ついに重大事件が勃発します。
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 5年前に行方不明届を提出した夫の死亡認定が下り、やっと自由の身を手に入れたヒョシン。正真正銘の独身となったヒョシンは、これまで隠密な交際を続けてきた恋人のピルジュを堂々と自宅へ招き入れ、解放感に浸りながら夫秘蔵のワインを二つのグラスに注いだ。これから手に入る保険金で何をしよう。二人で旅行に行こうか。家具を入れ替えようか、家のリフォームをしようか、いっそ、不快な思い出ばかりのこの家をさっさと売却して、新たな住まいを探そうか。希望に満ちた二人がそんなことを話していると、警察から突然の知らせが入った。夫が見つかり、地方の精神病院で保護されているというのだ。そんなはずはない。ヒョシンは、心の中で激しく否定する。夫が生きているなど、あり得ない。自分がこの手で殺したのだから。

 警察官と共に山奥に建つ精神病院へ向かうと、色黒で体格のいい「男」が車椅子に乗せられて現れた。姑は「男」を一目見るなり「ジェウ!」と泣き叫んで駆け寄り、「男」を抱きしめた。だが、ヒョシンは凍り付いたまま動けない。そんなはずはない。あの「男」が夫のジェウだなんて。顔も体格も夫とはまるで違う。それなのになぜ、姑はあの「男」を息子のジェウだと認識しているのだろう。この「男」は自分の夫ではないというヒョシンの主張は誰にも聞き入れられず、警察官や姑たちに言いくるめられ、ヒョシンは不本意ながら正体不明の男と暮らすことになる。
 男は過去の記憶を部分的に失っていて、そのせいで家に戻ってくることができなかったという。家の間取りや夫婦仲について断片的に覚えているようなそぶりもあるが、声はもちろん、自分にかけられる言葉や自分を気遣う態度がかつての夫とはまったく違う。かつての夫は料理をしたことなどなかったが、新たに現れたジェウは、頻繁に豪華な手料理をふるまってくれる。すべての要素が「男」と夫は別人であることを示しているにもかかわらず、隣人も姑も彼をジェウだと認識し、住民登録証に登録されている指紋までもが彼がジェウであることを証明していた。
 やっとヒョシンと堂々と付き合えるようになった途端、見知らぬ男が間に割り込んできたとあって、ピルジュの機嫌もすこぶる悪い。慎重を期して、二人の間は今まで以上に人目を忍んだものとなり、気軽に連絡も取り合えなくなった。一刻も早く男を追い払いたいピルジュは、男が保護されていた精神病院で情報収集をしようと思い立ち、スタッフとして潜入することにした。
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 かつての夫ジェウとは違い、自分を気遣い、何かと心温まるサプライズを用意してくれる新たな夫ジェウ。彼の正体を激しく疑いながらも、こんな男とならやり直してもいいかもしれない、という漠然とした期待が、ヒョシンの心の中に漂い始めます。それを愛人ピルジュが黙って見ていられるわけがありません。苦境に喘いでいた過去のヒョシンを支え、二人の明るい未来を築き上げるために尽力してきた自分がないがしろにされている。そう感じ始めたピルジュは徐々に本性を現しはじめます。
 そして第2巻では、ジェウとヒョシンが結婚するに至った経緯をジェウ視点でたどります。ジェウとヒョシン、姑のナンヒの関係のみならず、周辺人物の正体までもが明らかになりますが、真実を手にした登場人物たちの騙し合いは、手の汗握るラストシーンまで続きます。被害者と加害者が複雑に入り交じり、入れ替わり、どんでん返しの連続。誰に同情するか、誰を諸悪の根源とみなすかはあなた次第……といった感じのダイナミックな作品です。読み進めながら、「実は全部ヒョシンの夢でした~」なんて結末だったらどうしてやろうかと思いましたが、そんな心配も杞憂に終わるのでご安心を。


 次にご紹介するのは、以前にも何度かご紹介しました韓国社会派ミステリーの女王、ソ・ミエによる短編集、その名もズバリ、『夫を殺す30の方法』。ソ・ミエ短編集の刊行は今回が初めてではないのですが、この度、彼女の作家生活30周年を記念して、短・中編小説を集めた「ソ・ミエ コレクション」(全3巻)がジャンル小説専門レーベル「エリクシール」から登場。まだまだジャンル小説が軽んじられていたであろう30年前から現在に至るまで、多数のミステリー作品を発表し続けてきた女王。こちらはそのコレクションの第1巻で、本日はその中から3つの作品をざっとご紹介いたします。

■「夫を殺す30の方法」■
 支配欲の強い夫との結婚生活も、7年目に突入した。毎日一つずつ、家計簿の隅に赤い文字で書き記すメモ。「バスルームのスリッパ」「ガムテープ」「剃刀」。夫殺しに使えそうな日用品を思い浮かべ、その利用法を考えることが、まるで日課のようになっている。何度、想像の中で夫を殺しただろう。この世には、夫に失望したり、愛想をつかせたりしながらも共に暮らしている妻が大勢いるのに、なぜ自分は夫を殺したいほど憎むのか。もはや、自分が悪いのか、自分をこんな思いにさせた夫が悪いのかわからない。
 そんな思いに苛まれ続けていたある日、帰宅途中の夫を発作的に殺害してしまった。だが自宅に戻ると、いつものように夫が待ち構えているではないか。不可解な状況に戸惑い、絶望しながら、寝室で眠りについた。
 玄関の呼び鈴の音で目が覚めた。来訪者は刑事で、夫の死体が発見されたという。さっきまで家にいたはずの夫の姿がなかった。
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妻はこの後、自分が夫殺しの犯人だと自首します。ところが、供述した殺害方法が実際の殺害方法と一致しません。はたして妻は真犯人なのか否か。現実と妄想の境界を利用した、ちょいイヤミス作品です。

■「殺人協奏曲」■
 結婚後、数年で冷え切ってしまった夫婦関係。自宅には妻のアトリエがあり、妻はほぼ一日中、アトリエに閉じこもって作業に没頭し、夫婦らしい会話もない。
 ある日、妻を旅行に誘ってみた。こんな夫婦関係で旅行だなんてあり得ないと鼻であしらわれると思ったが、意外にも妻は乗り気のようだ。食事の支度をしながら、鼻歌まで歌っている。そんな妻の後ろ姿を眺めながら、練りに練った殺害計画を心の中で反すうした。
   * * *
 夫の提案を聞いて、思わず歓喜の声をあげるところだった。これはまたとないチャンスだ。どんなふうに殺してやろう? アリバイ工作は? 事後処理は? そんなことを考えるだけで、鼻歌を歌いたくなった。残り少ない彼の人生、食事くらい手のこんだものを提供してあげようと思う。
   * * *
 旅行が決まってからというもの妻の表情は明るくなり、料理にも以前より力を入れるようになった。女なんて単純なものだ。
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 ……と、夫婦の旅行を配偶者殺しのチャンスとして利用しようとした二人ですが、別荘で出くわした非日常の風景が、相手に対する感情を少しずつ変化させていきます。予想外に生まれた、なじみのない感情に戸惑いながらも、まるでそれが避けることのできない運命であったかのように、二人の意図は巧妙に絡み合い、美しくも残忍な協奏曲を奏でます。

■「ぶざまなハツカネズミ、一匹」■
 ある日、ギソクが暮らすアパートの郵便受けに、一通の脅迫状が届いた。
“お前のことは何もかもお見通しだ”
 一通目の脅迫状には、そう一言だけ記されていた。数日後に届いた脅迫状には、まるで一日中、尾行でもしていたかのように、ギソクの行動が仔細に書き連ねられ、最後はこう結ばれていた。
“お前の犯した罪を、いつまでも隠し通せると思うなよ”
 その数日後には、愛人を連れて別荘を訪れたときの写真が送られてきた。
出勤してからも、自宅に脅迫状が届いているのではないか、それが妻に見つかっているのではないかと気がかりで仕事が手につかない。愛人との不倫を知っている親友にも相談するが、脅迫状の差出人も相手の要求もわからず、対応策も浮かばない。ついには愛人にまで不倫現場の写真が送りつけられた。ギソクは、常に誰かに見張られているような気がして、まるで自分が箱の中に閉じ込められた、実験用のハツカネズミになったような気分になっていく。
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 相手を裏切り、傷つけることは平気だけれど、自分に被害が及ぶのは絶対にヨシとしない身勝手な男ギソク。そこで踵を返せば、背信行為をすべてなかったことにできると思ったら大間違い。ハツカネズミと化したギソクには、それ相応の報復が待ち受けているのです。

 デビュー作でもある「夫を殺す30の方法」は2001年にドラマ化され、そちらは今のところYouTubeで視聴できます(韓国語ですが)。その後も、たびたび演劇作品としてあちらこちらで上演されてきた、韓国で人気のちょいイヤミスで、つい先日、9月末にも京畿道城南市で上演された模様。発表から30年経ってもなお色あせないテーマ、作品なのでしょう。
 今のご時世、男女関係のもつれの被害者が男だ、女だなんてことは関係ないのかもしれませんが、台所で妙に楽しげに鼻歌を歌っている配偶者、恋人、パートナーを見つけた方、自分に何か落ち度がなかったか、いま一度じっくりとご自身の言動を振り返り、胸に手をあて、ご確認くださいますよう。
 この一年も、大変つたない文章にお付き合いくださり、ありがとうございました。何年たっても向上しない(どころか、年々あやしくなる)日本語力ではありますが、また来年もお目にかかることができれば幸いです。

■[드라마시티] 남편을 죽이는 서른 가지 방법 | KBS 2001.07.22. 방송■

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。















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