みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。この冬、恐ろしく雪が少ない正月を迎えた北海道です(一部地域除く)。帳尻合わせのドカ雪はいつくるのかと怯える日々です。
 さて、新年くらい心温まる作品を、と思ったのですが、そんなに都合よく望み通りの作品に出くわすはずもなく、いつも通りの感じになりそうです。何か馬にちなんだミステリーはなかったかしら……と記憶をたどってみたのですが、思い出されたのは十年以上前、オンラインで読んでいた新聞の連載小説。どんな小説かなんてことはさほど考えもせず、えっちらおっちら読み始めたところ、話はどんどんグロくなり、あまりのグロさに途中でギブアップ……。私の記憶が確かならば、その作品は『うさぎと潜水艦』(齋藤日菜訳/クオン)で日本にもお目見えしているパク・ボムシンの『私の右手が蹄に変わって』。紙書籍は絶版になっていますが、電子書籍で読めそうなので今年中にリベンジを……できれば……。


 さて、はじめにご紹介するのは、不気味な妖怪系ファンタジー作品で定評のあるチョ・ソンヒの長編小説『とりかえっこ』(北海道弁訳:ばくりっこ)。舞台となるのは、チョンナム高校新聞部。創刊100号記念誌を作成するにあたり、特集ページを準備する部員たちを、「学校の怪談」として伝えられてきた怪奇現象が襲います。冒頭のシーンは、夜の校舎、誰もいない古いトイレ。もはや何か起こらないはずがない設定。

 新聞部の会議が長引いたせいで、下校がひどく遅くなった。部活顧問も退勤してしまい、校舎に残っているのは一部の部員だけとなった。会議中から尿意をこらえていた部長のホンナムは、玄関に向かう途中で薄暗いトイレに駆け込んだ。個室に入って用を足していると、蛍光灯の明かりがちらつき、空気が一瞬、ひやりとした。気味の悪い雰囲気に飲み込まれそうになったホンナムが、気を紛らわせようと鼻歌を歌うと、それに合わせてハミングが聞こえてきた。ぎくりとして耳を澄ませると、その声は、ある歌になった。

「小石を投げて水切りを 波紋を竿で突き刺して お前の目玉と換えようか それでお前も見えるだろう 私の目が今 見ているものが」

 不気味な歌詞が、何度も繰り返された。誰かのいたずらだろうか。それは、「学校の怪談」として伝わる歌だった。チョンナム高校には、古い言い伝えがあった。学生の人数を数えたとき、実際にいる人数が在籍学生数より一人多いというものだ。その一人が誰なのかはわからない。「それ」は自由に校外を歩き回ることができ、二十数年前、「それ」とは知らずにある女子生徒と行動を共にした男子生徒が行方不明になる事件があった。ある日、どこからともなく聞こえてくる「水切りの歌」に返事をした途端、歌の主である女子生徒が見えるようになるが、「それ」が誰であるかはわからないままである。そして、それ以降、自分の知らないところで、ある「おぞましいこと」が起こるようになるという。ホンナムたちは、記念誌の特集記事として「学校の怪談」にまつわる過去の事件を調査することにした。
 
 新聞部の3年生、ホンナム、ミス、スンゴンは幼なじみで、ミスの父、ボンジュは食堂を営みながら、男手一つで娘を育ててきました。いつも通り、ちょっとだけ(でもかなり重要な)ネタバレをしますと、ボンジュはかつて、ろくでもない男でした。酒乱で妻に暴力をふるい、その獣のようなふるまいは幼い娘にまで及ぶように。そしてミスが4歳の時、ボンジュとミスは船旅に出ましたが、船上でミスが行方不明になります。警察も出動し船内を捜索しますが、ミスの姿はありません。おそらく甲板から海へ落ちたのではないかと推測されましたが、5年後、ミスは突然帰宅します。その間の記憶はなかったものの、娘の生還に喜ぶボンジュ。なかなか軌道にのらなかった商売も徐々に客が増え始め、商売繁盛、順風満帆の人生が訪れたように見えましたが、ボンジュには誰にも言えない秘密がありました。実はボンジュにとって、ミスは絶対に戻ってきてはならない……というよりむしろ、戻ってくるはずのない存在だったのです。なぜなら……(以下、今回の連載タイトル参照)。そのミスがなぜ、どうやって戻ってきたのか。ボンジュは娘の生還を喜ぶと同時に、常に「戻ってきたミス」と二人きりになることを恐れながら暮らしてきました。
 また、ミスの片足は不自然な角度に曲がっていて、スムーズに歩けない状態でしたが、ある日、ボンジュはその理由をスンゴンに打ち明けます。ミスがまだ幼いころ、自分が加えた暴力のせいだと。ところが。ミスの足が曲がった原因は、「小学生の時、自分が橋の上からミスを突き落としたせいだ」「中学生の時、自分がミスを自殺に追い込んだせいだ」「ついこの前、自分がミスを走るダンプカーの前に突き飛ばしたせいだ」と主張する人たちが現れます。怪談の真相、ミスの正体(とか言っちゃっていいのかわかりませんが)はいかに。実は、愛する者への想いや「生」の意味なんかも考えさせられて、ある意味、ハートウォーミングな作品。


 お次は、2024年にドラマ化された『殺し屋たちの店』の原作者であるカン・ジヨンの新作長編小説。タイトルは……『正の実数』(もしくは『ヤン(人名)の過ち』)……たぶん。何を隠そう、私はこの「ヤン」を「羊(「ヤン」と読む)」だと勘違いして購入。帯に書かれた「私は正の実数ではなく、実数として生まれてきた負の数なのだ」という文章を「私は羊(「正(プラス)」と同じ単語)の過ち(「実数」と同じ単語)ではなく、過ちで生まれてきた陰獣(「負の数」と同じ単語)なのだ」と読み違えた私。どっちにしても謎めきすぎて意味不明ですが、この言葉は作品後半に登場して、なるほど! と納得させられます。で、内容は平たく言うと、ゾンビもの!

 ブラック企業で社畜のように働くヤンには、身体に障がいをもつ姉ジャヨンがいる。両親は相次いで肺炎により他界。ヤンは、安月給で姉の施設費用をまかなっている。ジャヨンは自分の行動が制限される分、自分の意思、選択を妹に実行させることで代理満足を得ていた。両親は万事において姉の味方で、ヤンには自分の意思など存在しないと感じながら生きてきた。
 会社にも家にも自分の存在価値を見出せないまま過ごしていたある日、海辺を歩いていたヤンは、何者かにあとをつけられていることに気がついた。振り向くと、そこには自分によく似た顔をもつ女が。女は突如ナイフを振りかざし、ヤンの首に突き立てた。頸動脈から吹き出す鮮血。何が起こったのかわからないまま、心拍は徐々に停止し、ヤンはそれを感知しながら、その場に倒れ込んだ。
 どのくらい時間が経ったのだろう。砂浜に横たわったまま目を覚ましたヤンは、自分が流した大量の血で砂が赤く染まっていることに気づく。これほど大量の血液を失っても人は生きているものだろうか。首筋の傷口に手をやってみる。確かに傷はある。だが、そこに触知するはずの脈がない。そういえば、呼吸もしていないではないか。

 ……とまあ、このなんとも魅惑的なシーンが登場するのは、15ページ目! もう、この先、期待しかない! 物語は、短い節ごとに話者交代制で進みます。ちなみに、この後に続く節の話者は、殺人犯の女、タンファ。彼女がヤンの死体のそばで共謀者と通話していると、背後から声が聞こえてきます。
「あの……」
 さっきまで誰もいなかったはずなのに? ヤンの死体を見つけて近づいてきた「誰か」であれば、悲鳴をあげるはず。いったい、誰が? タンファがゆっくりと振り向くと、血に染められたコートを着たヤンが自分をじっと見て、言葉をかけてきます。
「どうして私を殺したの? いくら考えても、殺される理由が思い当たらなくて」
 再び少々ネタバレとなりますが、このタンファ、自国から亡命してきた不法滞在者で、韓国での確実な身分が必要でした。そのため、仲介業者を通して「消して差し支えない人物(=殺人依頼があった人物)の情報」を入手し、ヤンが標的になったわけですが、いずれにせよ、ヤンには自分が誰かに恨まれる覚えはない。ヤンはタンファを味方につけて殺人依頼者を探しますが、仲介業者の書類にあった依頼人の名は、なんと父親の名前。父親はとうの昔に死んでいる。絶対に、死んでいる。その事実は、ヤンが一番よく知っている。なぜなら……(以下、今回の連載タイトル参照)。
 その後も、とにかく殺しの連続。その手法もなかなかのグロさ。後半もずっとさつじーーーん。下り坂を転げ落ちるようにさつじーーーん。なんなら、登場人物の中に、誰一人ハッピーな人生を送ってきた人はいないのではないかとさえ思える暗澹たる事件ばかりの作品なのですが、亡命者を生み出す社会や、社会的弱者とその家族を取り巻く社会にはびこる「悪」、誰の心にも潜んでいるはずの利己的で邪悪な部分を多少(?)大げさに描写したらこんな感じになるのかもしれないと思わされる作品でした。
 ちなみに、今回のタイトル「したはずなのに!」の前にはもう一文字、漢字が必要なのですが、さすがに新年にはふさわしくないと判断し割愛いたしました。察していただければ幸いです。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。














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