みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道にもやっと春が訪れました。4月末現在、みぞれがチラついたり、暖房をつけちゃったりもしてますが、とりあえず世間一般並みの春が到来したといえるでしょう。ほのかに暖かくなる日も増す5月。「こどもの日」のみならず、韓国では「両親の日」やら「夫婦の日」やらがある「家庭月間」であり、5月15日は国際家族デーなる日でもあるらしいということで、本日は家族ネタ小説をご紹介。
 


 まずは、5人のジャンル小説作家によるアンソロジー『Cliché~エクステンション』。タイトルに込められた意図は、ミステリーにありがちな枠組み、設定を越え、向こう側に向かって物語を展開していこうじゃないか、というもので、韓国ジャンル小説界の実力者たち、5人の作品が収録されています。
 一つ目にご紹介するのは、「You’re the detective」(パク・ハイク)。こちらは由緒ある新聞社の編集者、ソヨンが主人公。地味な編集者から華やかな記者への転身を夢見ているソヨンに、上司がある任務を言い渡します。それは、近隣で発生する事件を次々と解決するヒヨンという女が店長を務めるブックカフェへ行き、彼女を監視するというもの。いくらやり手の探偵店長でも、彼女の周りにばかり事件が発生するのはおかしい、彼女自身が何らかの形で事件を生み出しているのではないか、というのが上司の推測です。
 
 そのカフェでは、巷で噂のソプラノ歌手、ムンジュが読書に熱中していた。噂によると、家出少年の保護ボランティアとして活躍していた彼女だが、実は、過去に保護していた少年のうち、数名が行方不明になっていることが発覚し、オーディション番組で人気を集めたA君に対しての猥褻行為疑惑も取り沙汰されていた。
 かつて、誰もが羨むような幸せな家庭を築いた彼女は、立て続けに夫と息子を失った。その寂しさを埋めるべく家出少年の保護活動に力を注いできたが、行方不明になった少年たちはムンジュに殺されたのではないかという憶測も飛び交った。カフェを訪れては犯罪に関する書籍を読み漁り、自己に向けられた疑惑を払拭すべく手記を執筆していたムンジュは、ある冬の朝、駐車場に停められた車の横で死体となって発見された。

 さて、ムンジュの死は事故なのか、事件なのか。彼女がボランティア活動に尽力するようになったのは善意が始まりでしたが、あることをきっかけに善意に邪心が加わるようになりました。中盤からはソヨンと一緒にムンジュの手記を読むカタチで進行していくこちらの作品、親からの過度、かつ不当な期待をかけられる子どもの苦しみや、そんな子どもを救えなかった親の無念も描かれていますが、実際耳にする韓国の学歴第一主義の風潮については、教育熱が比較的のんびりしていることで有名な北海道で生まれ育った(たいそう立派な落ちこぼれだった)私にとって、本当にホラーそのもの……。
 
 ちなみに、5月には愛犬の日もあったりするので、もう一つ、犬ネタ小説もご紹介。こちらの連載でも何度かご紹介しているミステリー作家、ソン・シウによる「タミーを探して」。まじめで小心者の会社員ギスク……というか、彼女の大切な家族である分離不安犬「タミー」が主人公で、このタミー、ソン・シウ作品には度々登場しては大活躍する主要登場人物(犬ですが)の一人(一匹)です。
 
 極めてまじめな会社員としての一週間を過ごし、やっと迎えた週末。一人で宅飲みという至福のひと時を楽しもうとしたその瞬間、マンション中に響き渡るような泣き声、喚き声が玄関の外から聞こえてきた。近所に住む友人、ユギョンである。恥ずかしさのあまり、仕方なく家の中に招き入れて事情を聞くと、夫同然の恋人、ヒョクプンが浮気をしたのだという。その事実は近隣住民すべてに知れ渡っていて、こんな屈辱はありえない、アイツを刺し殺して私も死ぬ! と、まくしたてるユギョン。さんざんギスクの家で酒を飲み、クダを巻き、共に酔いつぶれたギスクが翌朝目を覚ますとユギョンの姿がない。そして、タミーの姿も。怒りに震えながらユギョンに電話をかけると、男性がそれを受けた。先方は警察だと名乗り、ユギョンの携帯はヒョクプンの家に置き忘れられているという。
 
 ヒョクプンの家に向かったギスクは、彼が腹部を刺されて救急搬送されたこと、ユギョンが町内中に響き渡るような声で「殺してやる!」と叫んでいたことを聞かされ、ユギョンの行方を追うことにします。
 犬をそう使うか! なるほどね! と思わず感心してしまうような、犬がいてこそ事件解決にたどり着く、ほっこりタイプのミステリーです。
 
 ちなみに、その他の三作品についても少々。
一つ目の作品、「道を、道を行くと」(キム・アジク)は、田舎に住む祖母宅を訪れた女子高生探偵が殺人事件に挑む作品。冒頭、田舎の商店で店頭の冷凍ケースから取り出した「とけかけた」アイスを手にした彼女が、「おばさん、これ、腐ってるんじゃない?」とイチャモンをつけるシーンで物語が始まるのですが、これが実に重要な謎解きのヒントになっていたという驚きと感動が魅力的。
 そして、すでに邦訳作品もお目見えしているチョン・ミョンソプの作品、「滅びた世界のシャーロック・ホームズ:橙色の都市」は、もちろんホームズへのオマージュ作品。主人公ももちろんホームズですが、本来のホームズと大きく違う点が一つ。物語の根幹ともいえる「設定」に関することなので、ネタバレを最小限にとどめようとするならば、このホームズ、普通の人間ではなく……までの暴露とさせていただきます。人類が科学を発展させすぎたせいで環境破壊が進み、地球が分厚い雲に覆われて、太陽光が地上に到達しなくなったことにより、ある種の生命体(?)にとって好都合な環境となった地球が舞台。75歳以上の独居老人に支給されるロボットに「ワトソン」という名前をつけ、二人(一人と一台ですが)暮らしを満喫しているホームズ(さて、ホームズは何歳なのでしょう?)、という設定もまた、これはこれで「家族」でしょうか。そんな科学が発達した世界でもなお、人の心のスキにつけこむエセ宗教が存在し、彼らの極悪非道な行為が更なる事件を生み出してしまう悲しい物語ながら、普通の人間ではないホームズが、極めて人間的な判断で事件を裁く痛快な作品です。
 最後に収録された「ジンドン分校タイムカプセル開封事件」(チェ・ヒョッコン)は、のどかな山里が舞台で、若き日の美しい思い出を共有するはずだったクラスメイトの間に、長い年月をかけて熟成された恨みが噴出するドロ沼作品です。作者のチェ・ヒョッコンは軽快な野球ミステリーやコージーミステリーなどの作品も多いのですが、ずいぶん昔に読んだ長編小説の中には、最後の最後に背筋が凍りつく一行をブチ込んでくるという魅力的な作品も。いつかご紹介できればと思っています。
 


 お次にご紹介するのは、みんな大好き、ジャンル小説レーベル「安全家屋」のショートシリーズより『怪物、ヨンへ』。こちらは以前、第9回でご紹介したキム・ジニョン、待望の新作! 冒頭に登場するのは、キャンプ場を訪れた3人の親子。瘦せこけた少女ヒヨンが空腹を訴え、林の方からいい匂いがすると騒ぎ立て、母親のウノクは、そんなヒヨンがうるさいとヒステリーを起こしている、という穏やかではない幕開けでございます。
 
 真冬のキャンプ場に子連れで現れた一家。荷物もテントの張り方もいかにもキャンプ初心者に見えたため、キャンプ場の管理人が偵察がてら菓子の袋を片手に一家に近づく。子どもへのサービスだと言って菓子を渡そうとするが、子どもの姿が見えない。娘はテントの中で寝ていると言いながら、ウノクは迷惑そうに菓子を受け取る。
「あの子、こんなものは食べないですけどね」
 
 ヒヨンが冬山の中に姿を消してから2時間。ウノクはそろそろ警察に届け出ようと主張するが、父親のヒョンギはまだ早いと反対する。もしヒヨンが無事な姿で見つかったらどうするつもりだ、またあの子と暮らせるのか、今さら離縁でもするつもりなのか、と。
 ウノクからの捜索願を受けた山岳救助隊が現場に向かうが、ウノクの姿もヒョンギの姿もない。日が沈む頃、救助隊がヒヨンを発見した。血まみれではあったが、本人に外傷は見られなかった。その近くでは、何かに体の一部を食いちぎられ息絶えたヒョンギと、血を流しながらもまだ息のあるウノクが見つかった。
 
 失踪人捜索班の若手女性刑事ヨンへは、失踪届が出されているゴンジェの捜索を担当しているが、実はゴンジェは失踪三日前、ヨンへに会うため警察を訪れていた。
「本当に申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。反省しています」
一面識もないにもかかわらず、ヨンへの前でひたすら頭を下げるゴンジェ。そしてヨンへの手や首を食い入るように見つめながら、「ない……なぜだ……おかしい……なぜないんだ」と繰り返し呟いた。
 ゴンジェの姿が最後に確認されたヨング山では近年、登山客の失踪事件が頻発していて、死体さえも見つからないケースが増加しているという。ヨンへは、そのヨング山と、ヒヨン一家が惨劇に見舞われた山が尾根伝いに渡れる距離にあることが気がかりだった。
 聞き取り調査のために会ったゴンジェの娘、ジヒョンを家まで送り届けているときのことである。住宅街を歩いていると、ジヒョンが突然、「何か胸騒ぎがするような匂いがする」と呟いた。ヨンへも気がついていた。匂いの発生源をたどると、住宅街に建つマンションにたどり着いた。その地下にある一室に、死後まもない男性の遺体が横たわっていた。久しぶりに嗅いだその匂いに、ヨンへはそれまで抑えていた空腹感とある種の欲望が押し寄せてくるのを感じた。
 
「幼い自分が、偶然見つけた父親の死体の前で空腹感をおぼえ、息絶えた父親の足を食いちぎって、生まれて初めて味わう“おいしい”という感情に感動している」という夢を繰り返し見るというヨンへ。実は彼女の父親もまた、長らく行方不明のままなのですが……。彼女はなぜ、遠く離れたところから死体の、しかも、まだ腐敗臭など発していない死体の匂いを嗅ぎつけることができたのでしょうか。
 悪を作り上げた人間、それを隠蔽する人間、とばっちりを喰らった人間、とばっちりを喰らった人間からさらなるとばっちりを喰らう人間。どこかで断ち切られるべきだった悪の連鎖が歪んだ正義となって現れて、見当違いも甚だしい悲劇を生んでしまう悲しい作品ですが、それでも最後には、それぞれがそれぞれの希望へ向かって歩き出し、血縁も種も越えた新たな「家族」を作り出す力強さと清々しさを見せてくれます。タイトルのもつイメージとは裏腹に、非常に人間的な怪物と非常に怪物的な人間が登場する物語。現実もまた然り、なのかもしれません。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。















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