みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。やっと朝晩だけは涼しくなってきた北海道です。海水浴場の営業も終わる季節ではございますが、本日の舞台は海! の前に新刊情報!
 この夏、韓国ミステリーの女王ソ・ミエの新刊、ハヨンシリーズ第三弾が登場! まずは、これまでの作品をさらっとおさらいしましょう。


 第一弾『おやすみ、ママ』では、両親の離婚により母親の実家で暮らしていた少女ハヨンが火災で焼け出される場面で物語の幕開け。ハヨンは父親と暮らし始めますが、父親の再婚相手であるソンギョンとの関係に苦しみます。ソンギョンもハヨンと良好な関係を築こうとしますが彼女の言動に違和感をおぼえ始め、ある日、ハヨンの部屋で小鳥の死体が詰め込まれた箱を発見……と、ざっくり言うとイヤミス。最後にハヨンがささやくセリフがそのまま作品タイトルになってるわけですが、どんなシチュエーションで誰に向かってささやいたのか(「ママ」って言ってますけども)……思い出すたび身の毛もよだつラストシーンが印象的。


 第二弾『あらゆる秘密に名前がある』では、ハヨン一家が小さな町に移住します。夏休み中のハヨンは裏山に出かけ、巨大な洞窟を発見。そこには「イ・ユリ」と記された学生証や日記が入った鞄があり、日記にはいじめに苦しむ胸中が綴られていました。新学期、新しい学校へ登校したハヨンは、ユリが行方不明になっていることを知らされます。こちらの作品ではハヨンよりも父親がかなり怪しめ。その片鱗は、第一弾でも見え隠れしているのですが。


 そして、今作『私にないもの』でハヨンは成人に。二十歳で韓国を飛び出したハヨンは単身アメリカに渡り、偽名を使って暮らしていました。
 ある日ハヨンは、有名美術館のハン館長から娘のセナの監視を頼まれます。ハヨンにとっては館長もセナも見ず知らずの人物でしたが、カフェで働いているハヨンを見かけたセナが、ハヨンのことをいたく気に入っているというのです。巨額の報酬をちらつかされたハヨンは、それを引き受けてしまいますが、もちろんその任務はただの監視などではなく、セナはただのお嬢様などではなく、ハヨンは更なる改名と逃亡を余儀なくされます。歪んだ愛情を注がれ続けたセナの心には、違った形の歪んだ愛情が育っていたのです。第一弾、第二弾とは違った雰囲気を感じさせる作品ですが、共通項である(血の繋がりの有無とは関係ない)家族愛の大切さが描かれたれた第三弾、完結編となっています。


 さて、本日のテーマ「海辺の町にて」。はじめにご紹介するのは、『いない人たちを想って』(チョン・ジヘ)。こちらは三つの章で構成される連作小説で、第1章「ジウンの部屋」では、本作品の最重要人物であるジウンの生涯が描かれます。

 ジウンが生まれたとき、両親は大学生だった。学業を断念する気のなかった両親は、ジウンを父方の祖父に預け学生生活を続けた。小さな島で始まった祖父と二人きりの生活は、ジウンにとって幸せそのものだった。祖父は両親以上に愛情を注いでくれた。だが、その幸せは永遠ではなかった。祖父が他界し、島でジウンと暮らし始めた両親は事あるごとに声を荒げて激情をぶつけあった。両親の口論はいつも、ジウンの存在を全否定することで終わりを告げた。
ジウンが中学3年生になったころ、鬼神を召喚する降霊術が流行した。鬼神を召喚すれば願いを叶えてもらえるという。失敗すれば鬼神に体を乗っ取られるリスクもあったが、もうこんな人生は終わりにして一人で静かに暮らしたいと願うジウンは、鬼神を召喚することにした。現れた鬼神は言葉巧みにジウンの心を操り、長い髪でジウンの首を締めあげた。なんとか一命はとりとめたが、それ以来、たびたび鬼神がジウンの体に入り込んでは悪事をはたらき、ジウンを苦境に陥れた。
 やがて、両親は互いに新しいパートナーを見つけた。ジウンは父親と祖父の家で暮らすことにした。父親の後妻には幼い息子ウニがいたが、後妻はウニを実家に残してジウンの家に住み着いた。ウニは度々ジウンの家に現れては、母親に追い返されていた。そんな後妻が近所の少女ソルを預かることになった。ソルの父親が海で命を落とし、母親が働きに出なくてはならなくなったためだ。ソルは誰よりもジウンになついたが、ジウンは父親と後妻の愛情を一身に受けるソルを疎ましく思った。息子を捨てた分際で他人の子どもに愛情を注ぐ後妻も理解できなかった。ソルにねだられ出向いた祭りの人ごみの中、ジウンは繋いでいたソルの手を離した。その後、ソルは海辺で溺れているところを発見され救助された。ジウンの度重なる問題行動を嫌悪した父親は、新たな命を宿した後妻と共に家を出た。

 ついに一人きりの平穏な生活を手に入れたジウンのもとに、一人の男が尋ねてきます。どこか見覚えのあるその男は、継母の息子、ウニでした。実はこの作品、三つの章で構成されていますが、第1章である意味、物語は完結しています。望み通り一人の生活を手に入れたジウンの身に、その後、何が起こったのか(とか言っちゃった時点でまあまあなネタバレ、スミマセン)。ジウンさえも気づいていなかった(衝撃の!)真実に気づかせてくれたのは、ウニでした。
 第2章ではムーダンのクスル婆さんが登場。この婆さん、「クスル」という名の鬼神の力を借りてムーダン業をこなしていたのに、近頃クスルが見えないといいます。そこで、同じく鬼神が見える少女カンにクスル探しを依頼しますが、交換条件を提示されます。それは、11年前に事故で他界した妹、ハンの霊を「一緒に連れていって」ほしいというもの。連れていってほしい? どこに? それは、「ここにいない人たちが行くべき場所」へ。そんな依頼をなぜ自分にするのかと訝しがりながらも、すぐにその意図に気づき、愕然とする婆さん。カンの目には、死期が迫った人にまとわりつく「黒い塊」が見えるのでした。一見、第2章で唐突に現れたクスル婆さんではありますが、実は第1章のある場所でとても重要な役割を果たしています。
 第3章では、大人になったソルが登場。母親から独立したいがためにある男性と結婚したのですが、その男性、毎晩、夢に鬼神が出てくるせいで金縛りにあい苦しんでいました。ソルはそのテの問題に明るいムーダンに会いにいきますが、そのムーダンが思いがけない人物で。その出会いがきっかけとなりソルの心の奥底に封印されていた記憶が少しずつ顔をのぞかせて、過去と現在が、人と人が絡み合っていく様が爽快! ラストシーンでソルと夫は、島にある夫所有の家へ向かいますが、その家はなんと! そうきたか! と思わず膝を打ちたくなること請け合い! 決して明るい話ではないのですが、不思議と爽快な満足感を味わえる一冊でございます。


 お次にご紹介するのは『タコの影に濡れ衣を着せられた嫁』(オ・ユギョン)という、なんとも奇妙なタイトルと目をひく表紙。「タコの影に濡れ衣を着せられた嫁」というのは、もともと1930年代「毎日新報」の読者投稿欄に掲載された怪談のタイトルだとか。もともとのタコ怪談では、嫁の部屋の障子に映ったタコの影を見て、嫁が坊主と浮気をしていると誤解した姑が嫁を追い出すという話だったようですが、令和に新たに誕生したタコ怪談はそんなかわいいものではありません。タコでもなければ坊主でもない、言うなれば、妖怪(あ、言っちゃった!)。

 海辺にある小さな村で、名家と称されたシン家の人間と使用人、数十人が一夜にして姿を消すという事件が起こった。生き残ったのはシン家の当主ユンジョの嫁と生まれたばかりの息子ヨンフィ、7歳になる使用人の娘サグムだけだった。海岸に倒れていた嫁は記憶を失っていた。
 15年の月日が流れた。診療所の看護師がシン家を訪ねた。当主の息子、ヨンフィは先天性の皮膚病を患っていたが成長とともに症状が進行し、寝たきりの生活を送っていた。痛みのためか意識も遠のきがちで意思疎通もままならない。往診とはいえ直接対面することは許されず、簾越しでの対応を迫られた。簾の端から差し出された手は血の気がなく鼠色で、死斑のようなまだら模様が浮かんでいた。腕の皮膚は今にも破れそうに軟らかく、簾が揺れた拍子に肉塊のような胴体と、関節が確認できないほどだらりと広がった手足の影が見えた。
 15年前の事件の後、分家から移り住んできたイルホは、病弱なヨンフィでは本家を守ることができないと考え、一刻も早く嫁取りをして跡取りを産ませるべきだとヨンフィの母親に主張した。だが、こんな正体不明の病に侵された男に嫁いでくる者などない。イルホは苦肉の策として、ヨンフィの代役となる若者を雇うことにした。

 ヨンフィの代役として雇われた男、チギョムは事の真相を知らされないまま新郎として結婚式に登場します。チギョムの役目はあくまでも対外的なメンツを守ること。村人たちに「健康な当主」としての姿を見せれば、あとはお役御免。シン家の血筋を継承する子を産む嫁が寝室で対面するのは、ヨンフィでなければなりません。そこで嫁がヨンフィの奇怪な容貌を目にしないよう、シン家の大人たちは嫁に袋をかぶせたり薬を盛ったりあの手この手で策を講じます。
 15年前に記憶を失くした当主の嫁(ヨンフィの母)、ソチョンテク(これは人名ではなく、「地名+宅」で、その地方から嫁いできた嫁を指す言葉。)は夢遊病に悩まされ、(なぜか!)海中で暮らしている夢を見たり、(なぜか!)無意識のうちに海辺へ向かっていることも。そんな夢を見た後には、(なぜか!)海中での暮らしが恋しくなったりもします。
 終盤では巨大タコと人間が大乱闘。それぞれが意思をもっているかのようにうごめく巨大タコの(手)足がぁぁぁぁぁ……というシーンが映像化されたならば、さぞかしゲログロなエンタメを堪能できるのではないかと思います。
 以前、海に暮らすタコが特定の人間になついたという映像を見て以来、なんだかタコを食べられなくなっているのですが、それとはまた別の意味でタコが苦手になりそうなゲログロファンタジー。この夏の締めくくりにいかがでしょうか。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。

















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