みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。ついに! こちらのコーナーでもたびたびご紹介させていただいております、みんな大好き、チョ・イェウン作品『カクテル・ラブ・ゾンビ』が日本にお目見え! みなさま、ぜひご一読を!

 というわけで、本日はまず、チョ・イェウン作品も収録された社会派(エンタメ)小説アンソロジー、『微細粉塵』をご紹介いたします。

■「ようこそ、地球大学祭」(リュ・ヨンウン)■
 香港から韓国の地球大学に留学したミンは、周囲の学生から「中国人」と認識されている。深刻な大気汚染に悩まされる韓国では大気汚染の元凶は中国だとされ、韓国人は事あるごとに中国人を責め立てた。中国人と認識されているミンも標的にされ、自分は中国人ではなく香港人だと主張しても状況が改善されることはなかった。
 中国人留学生と韓国人学生の間の緊張が日々高まる中、ついに事件が勃発する。空気清浄機を人質にとった(?)留学生が、大学祭で大規模なデモを決行したのだ。「香港人」でありながら「韓国」サイドにつくか「中国」サイドにつくか、その二択に迫られたミンはパニックのあまり、信じられないような超常現象を巻き起こす。
 
 ……で、そういうオチかよ! とお怒りに、もしくは落胆される読者もいないとは限らないと思わなくもないのですが、作品の焦点はそこではないので、ご理解くださいませ。大気汚染という社会問題が人種差別というもうひとつの社会問題を生み出した悲劇を描いた作品です。

■「西大田ネゴリ駅 微細粉塵清浄区域」(キム・チョンギュル)■
 屋外では特殊マスク、室内には空気清浄機が必須の時代。ある日、「微細粉塵人間」なるものに変異する人類が出現する。全身が微細粉塵で構成され、はじめは奇病だと恐れられたが、やがて人々は彼らがもつ特殊能力に魅了される。彼らには生体反応がなく、食事や睡眠は不要。本来の呼吸も止まっているが、「意識的に」呼吸をすることで周囲の粉塵を吸収し、自分の体の構成物質として利用することができる。エネルギーもメンテナンスも不要の高性能な空気清浄機なのだ。そのため、「微細粉塵人間」は社会にもてはやされ、国は彼らを「微細粉塵浄化公務員」として雇用するようになった。
 カフェでバイトをする学生ドヨンは、弟びいきの母親との暮らしにうんざりしている。その上、バイト先では同僚のギヒョクにつきまとわれ、心が休まる場所がない。ギヒョクのつきまといは徐々にエスカレートし、ストーカー事件に発展する。

 ストーカー事件の加害者となった傍若無人な男ギヒョクは、警察で取り調べを受けますが、こともあろうに人々の羨望の的である「微細粉塵人間」に変異。ますます暴君化した彼の言動に、ドヨンの堪忍袋の緒がプツリと切れます。そして、まだまだ儒教色の濃い韓国で残っているのであろう「息子」尊「娘」卑の思想。何かと息子びいきに立ち回る母親の言動一つ一つに傷つくドヨンには、個人的に激しく共感。

■「微細粉塵殺人事件―探偵ジン・スルウの虚偽」(パク・デギョム)■
探偵スルウは探偵でありながらも推理は得意ではなく、事件解決にはミステリー好きの助手、スヨンの助けが不可欠である。彼が所属する韓国探偵クラブには、さまざまな特殊能力をもつ探偵が在籍し、その能力に合った事件が振り分けられる。スルウの特殊能力は「真偽判定能力」。生きた嘘発見器のようなものだ。
 今回スルウが引き受けた事件は、肺疾患を患う老人が自宅で死亡したというもの。第一発見者は同居していた孫のソンホで、当初は病死として処理された。二日後、ソンホの妻ジヒョンが老人を殺したと自首するが、その直後、今度は老人の息子(ソンホの父親)であるデソクが、真犯人は自分だと自首する。

 スルウによる取り調べでは、ジヒョンもデソクも真犯人ではないという結果に。二人の供述が嘘であることを証明し、真犯人と犯行方法を特定しなければならない状況で、スルウとスヨンが様々な角度から聞き取り調査を行います。茶道を趣味とするスルウが随所で日本文化や日本の推理小説を紹介するなど、作者の日本好きがうかがえる作品です。

■「宇宙人、ジョアン」(キム・ヒョイン)■
 有毒な微細粉塵から身を守る特殊防護服が必要になった時代。人々の暮らしは、高価な防護服を購入できる平均寿命100歳の「C(Clean)」層と、購入する余裕のない平均寿命30歳の「N(No clean)」層に両極化していった。短命であるN層では幼少時から幸せや自己実現を追求する者が多く、C層の人間はより長く生きることを望むあまり健康のみを追求し、嗜好品や娯楽を遠ざける生活を送ることが美徳とされた。
 C層の家庭で育ったにもかかわらず、防護服の故障で汚染大気を吸い込み続けていたイオは、20代後半にしてN層に多くみられる悪性腫瘍を患った。C層である自分の人生はまだまだ続くと信じて疑わなかったイオは、突如タイムリミットをつきつけられ呆然とする。初めて自分の人生と向き合うことになって当惑を隠せないイオだったが、ひょんなことから、大学で唯一のN層出身の学生、ジョアンに出会う。

 ジョアンには、命が尽きようとしている姉と、汚染された大気に触れまいと引きこもっている姉がいました。限られた時間を自分らしく生きるため、命を削ってでも自己実現を果たそうとする者、命を少しでも引き延ばそうと運命に逆らう者。生き方は人それぞれ、正解はありませんが、幸せを追求する方法を会得しているジョアンとの交流が、イオに大きな変化をもたらします。

■「粉塵の神」(チョ・イェウン)■
 大気に舞う微細粉塵、たびたび吹き荒れる「微細粉塵嵐」を恐れるあまり、2年もの間、家に引きこもるスアン。「微細粉塵嵐」に巻き込まれると、有毒物質に侵され命を落とすことも珍しくない。外部の人間との接触さえ恐れる彼女のもとに、ある日、高校時代の同級生ミジュが現れる。スアンが引きこもっているという噂を聞きつけ、様子を見にきたというが、それからというもの、ミジュは度々現れ、そのたびに「粉塵嵐が止むまで」と言い訳をしながら家に押し入ってきた。何か良からぬ企みがあるのではないかと疑うスアンだが、毎日のように訪れるようになったミジュは、ついに怪しげな空気清浄機を手にやってきた。その名も「粉塵の神」。購入契約書に署名をしながら、スアンの疑念は確信に変わる。

 引きこもりのスアンと招かれざる客ミジュ。はじめはミジュを毛嫌いしていたスアンですが、彼女への気持ちは、本人も予想だにしなかった方向へ動き始めます。前半部分とはまったく違ったムードのラストシーンにダイナミックに着地するのも、チョ・イェウン作品ならではの醍醐味でしょう。
 


 さて、お次は↑のアンソロジーの二つ目の作品の作者、キム・チョンギュルの短編集『ミッドナイト・レッドカーペット』。どこか謎めいたタイトルと妖艶な雰囲気の表紙に魅かれて手に取った一冊。気軽に手に取ってみたら、不条理に抑圧された人生を強いられてきた女性の苦しみをシニカル&コミカルに描いた重い一冊でした。全6作品収録の(エンタメ濃い目の)フェミニズム小説集ですが、そのうちのいくつかをご紹介します。

■「真夜中の流血事件」■
 タイトルから想像するのは、「真夜中に発生した殺人事件」かもしれないが、ここは(エンタメ濃い目の)フェミニズム小説。ここでの「真夜中の流血」は、女性を煩わせる月に一度の生理現象。それが女性にとってどれほどやっかいな現象なのかを世の男どもに訴えたい主人公が、生理用ナプキンとパンティライナーの違いから、生理によりもたらされる各種苦痛について、軽快に、事細かに語る。
 そんな厄介者が夜中の3時に訪れたある日、こともあろうにナプキンがない。仕方なく近所のコンビニに向かうが、そこにはもう一つの「流血事件」が……。

 雇用主からのセクハラ、女であるがゆえの不当解雇、性被害を受けた女性が泣き寝入りしなければならない現実などを描いた(エンタメ濃い目の)フェミニズム小説ですが、世界中の男に向かって怒りを爆発させる主人公の軽快な語り口調が実に心地よい作品。

■「魔法少女、闘え!」■
 あるとき地球に怪物が現れ、多くの人類が犠牲になった。時を同じくして、魔法少女に変異する人類も出現した。年端もいかない、アニメの主人公のように可憐な姿で魔法のスティックを振りかざし、怪物たちと戦闘を繰り広げる魔法少女。人類は魔法少女たちに熱狂した。
 魔法少女は政府の管理下に置かれ、23歳になると魔法少女を引退する。その後は政府が提示した男と強制的に結婚させられ、出産を強要された。一方で男たちは命の危険にさらされることもなく、まるでアイドルを追いかけるかのように魔法少女を追いかけた。
 魔法少女ユリには引退後の夢があったが、引退後の魔法少女には母親業に身を捧げる道しか許されていなかった。だが、引退を目前に控えたある日、後輩の魔法少女が戦闘で命を落とし、その死に対する国や社会の対応にユリの怒りが爆発する。

 人類を守るために怪物と戦い、自分たちの、ひいては次世代の生きる権利を守るために国家権力と闘う少女の姿を描いた作品です。

■「チチレーザー」■
 成人を迎えた女性は「完全な母乳」を出すための手術を受けなくてはならないという狂気に満ちた世界の物語。
 体のパーツを次々と新しい人工パーツに交換し、「最新機器の体」を手に入れることが可能になった時代。だが、それを許されるのは男のみで、「純粋な血が流れる人間」を絶やすまいと、女性の人工パーツ移植手術は禁止された。女性に許されたのは完全な母乳を出すための人工乳腺移植手術のみ。同時にそれは義務であり、拒むことは許されなかった。
不本意ながら手術を受けたハリは、術後の多様な不快症状に悩まされ、退院後に自宅で気を失ってしまう。目が覚めると体は汗まみれ。シャワーを浴び、髪を洗い、体も洗う。ボディタオルで胸元をこすったとき、目を疑うような怪奇現象が起こり、ハリは愕然とする。
 
 ここまで社会を皮肉った(というかバカにしたというか)タイトルは、いまだかつて見たことがないのでは。この「チチ」は「乳」、母乳のこと。つまり完全に訳すると「母乳レーザー光線」。怪奇現象まがいのその事件をきっかけに、男どもに、国に、反旗を翻すことを決意したハリ。どうかこんなクソな時代が訪れませんように。

 そのほか、本日の一冊目に紹介したアンソロジー収録作品、同性愛と微細粉塵人間を絡めた作品、不思議の国のアリスをモチーフとした作品など、全6作品を収録。男性陣のみなさまには、女性であるというだけで不条理な生きづらさがつきまとう私たちの苦悩と怒りに、少しでも目を向けていただければ幸いです。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。















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