みなさま、あけましておめでとうございます。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。新年早々、痛ましい出来事に見舞われた2024年。今年はどうか、暗いニュースが一つでも少ない一年でありますように……という願いを込めて、わが書棚にて明るく爽やかな作品を探してみましたが、発見に至りませんでした(想定内)。ので、とりあえず結末だけでも明るそうな作品をご紹介。
まずはこちらでもたびたびご紹介しております、『カクテル、ラブ、ゾンビ』(2024年、かんき出版、カン・バンファ訳)で日本にもお目見えした作家、チョ・イェウンによる中編小説『縫い合わせた目の町』をご紹介。この邦訳が最適なのかわかりかねますが、つまりは「縫って閉じ合わせた」目、という意味……と補足説明をしてもなお、ミステリアスなタイトル。物語の舞台は近未来ですが、進む自然破壊、環境汚染、地球温暖化や次々と出現する未知のウイルスたちとの闘争を見るに、現在の延長上にはこんな未来が待っていても不思議ではないのではないかと思わされるシリアスな風刺(ジャンル)小説です。
あるとき、地球上に奇病が発生した。体の一部に、本来あるべきではない余分な感覚器官が発生する不気味なその病を、人々は恐れた。手の甲に第二の口、額に第三の目。尋常ではない姿に変貌した罹患者に対する警戒心は強まり、良くない噂ばかりが広まった。変貌の兆しが見え始めた罹患者は、やがて人間を捕食する怪物になるという噂を信じた人々は要塞都市を作り、罹患者は即刻、町の外に追放するという策を講じた。そのため、町の外に広がる荒野には、怪物に変異した者たちが血肉を求めてさまよい歩き回っているという。奇病の原因は、解けた極地の氷から流れ出した古代のウイルスだと推定された。
まだ凶暴化もしていない罹患者を町の外へ連行し遺棄するのは、門衛の役目だった。少年イギョの叔父、ペグはその門衛の一人であり、職務を遂行したあとは決まって、浴びるように酒を飲んだ。
「地球上に生き残った人類は、この町の住人だけである」
「罹患者を発見した場合、すみやかに長老に通報しなくてはいけない」
「それが町を、地球を守るための唯一の方法である」
幼いころからそう教育されてきた住人は、そうすることが当然であると信じてきた。
ある日、イギョは親友レムを失った。級友のジェロがレムの体に第二の口があることを通報したせいで、レムが追放されたのだ。
ペグは、偵察中に目撃した謎の飛行物体のことをイギョに話した。それを聞いたイギョは、考えた。それは旧時代の遺物とされる「飛行機」という物体ではないだろうか。この世で生き残った人類は、この要塞の住人だけのはずだ。だが、もし外界に自分たち以外の人類が存在するのだとしたら。彼らが他国への往来に飛行機という乗り物を用いているのだとしたら。そう考え始めたイギョは、罹患者が人間を捕食する怪物に変貌するという話も、生き残った人類が自分たちだけだという話もすべて嘘で、追放された者たちはどこかで生存しているのではないか、レムがどこかで生きているのではないか。レムを探しに行かなくては。イギョは、町からの脱出を企てた。
こうして、イギョの冒険が始まります。実は、イギョも母親から何度も言い聞かされていました。“家の外では、服を汚したり濡らしたりしないようにね。人前で服を着替えちゃだめだよ。誰かに背中を見られないよう、十分注意しなくちゃいけないよ”と。その忠告が、イギョの背中を押すことになります。
未知のものに対する恐怖心と、自己と異なる者に対する排他的感情。誰もがいだく感情が引き起こした悲劇だけれど、その状況を打開する勇気を生むのもまた、人の心。決して、全編通して明るい作品とは言えませんが、絶望の向こうに隠れている希望、明るい未来がうっすら浮かび上がる絶妙なラストシーンを見せてくれる作品です。
お次は社会派ミステリー作家、ソン・シウの短編集『天女のための弁論』。こちらも独特のタイトルですが、あらすじも視点もやっぱりちょっと独特。
タイトル作「天女のための弁論」の天女は、あの天女。山で天女を見つけた男が、そのまま天女を嫁にしてしまおうと羽衣を奪い、軟禁まがいにコキ使うというあの昔話の被害者、天女。なんとまあヒドイ話ではありませんか! こりゃ、レッキとした人権問題だろ! というわけで人権問題のプロでもある作家、ソン・シウの登場です。
一見、ただの童話かと思わせる物語の舞台は中世、コリア王国というアジアの端っこにある小さな国。何の因果か、そこに時空のゆがみが生じ、西洋の近代的な法体制が入り込み、科学捜査、法医学の分野まで激しく近代化したというSFファンタジーの衣をまとった社会派ミステリー童話(?)ですが、物語開始後、2ページ目で殺人事件が発生。
事件の被害者は、木こりのスェドル。40歳を過ぎた身ながら、独身で母親との二人暮らしを送っていたスェドルは、天女に関する噂を耳にします。それは、満月の夜、天女たちが渓谷で水浴びをしているすきに羽衣を隠してしまえば、天女は天に帰ることができず、一生、妻として、労働力として使うことができるというもの。そんな噂をもとにまんまと天女を手に入れたスェドルですが、召使い同然の生活を強いられた天女は、事あるごとに「殺してやる!」と夫をののしるありさま。その様子は近所にも知れ渡り、天女はあっさり第一容疑者にされてしまいます。
天女はアリバイを証明するために手織りの反物を提出しますが、反物の中になぜかスェドルの血痕が残っていました。その血痕のせいで、反物は意図せず物的証拠と化してしまい、天女は有罪に。そして、判決を不服として控訴を申し立てた天女の前に現れたのは、女性人権運動家の第一人者として名高い弁護士、シム・スンエ。控訴審の場に巨大な機織り機を運び入れたスンエの口から、重要な物的証拠である反物を作り出した「機織り機」の構造に関する説明が流れ出しますが、法廷にいない読者もご安心を。機織り機の詳細なイラストが掲載されていますので、傍聴人と共に機織りについて学べます。という話ではなくて。
海外、特にアジアの国々から嫁いできた女性も少なくない韓国。天女同様、親族も知人もいない異国の地で、「労働力としての」妻であること、嫁であることのみを強要され、人権を踏みにじられた生活を送っている女性が多くいるはず。そんな深刻な社会問題をコミカル、かつシリアスに描いた作品でございます。
こちらの書籍にはもう一つ、みなさまおなじみの犯罪童話を扱った作品が収録されていますが、そちらのタイトルは「人魚の訴訟」。そうです、あの「人魚姫」の人魚。いやいやいや、足をやるから声よこせとか、そんなギブ&テイクってアリですか? という人魚の声にならない叫び(文字通り)を代弁してくれるこの作品は、人魚姫が自分の声と引き換えにしてまで愛を伝えたかった相手、マックス王子が殺害されるシーンで開幕(好きです、こういう「のっけから死体」な作品)。ちなみに、こちらの物語も時代は中世、法体制のみ近代化したという設定です。
事件当時、王子が滞在していた離宮にいた人魚姫は、犯行動機が最も明らかな人物。そもそもこの人魚姫、海辺で寒さに震えているところを王子に拾われ、宮殿に住まわせてもらうことになった身でした。王子に思いを寄せていた人魚姫としてはラッキーでしたが、なにせ声を奪われたので思いを伝えることもできない。その上、船上パーティーで船から落っこちて溺れたところを助けてくれたのが隣国のカース姫だと信じこんだ王子は(本当は人魚姫が助けたのに!)、彼女との結婚を決意します。ところが、このカース姫というのがタチの悪い女で、どこの馬の骨ともわからない人魚姫が王子の周りをうろついているのが気に入らない。そこで権力にものを言わせて、人魚姫を追放するよう王子をそそのかし、ついには王から直々に追放令が下されます。人魚姫にとって不利な証言をする人物も現れ、たちまち殺人犯に祭り上げられてしまった人魚姫。この不条理な状況を打開するためには、まず声が必要であると判断した彼女は、声を奪った魔女を相手に「不公正契約無効確認訴訟」を起こします。
魔女が何度も法廷に登場したり、ともすると「ばかばかしい」とされかねないコミカルなストーリー展開ですが、テーマは極めて深刻。「天女のための弁論」同様、声をあげたくともあげられない人々、代弁者を必要としている人々がいるということ、サポート体制さえ整っていれば、人権を踏みにじられることなく、人間らしい人生を歩める天女や人魚がいるのだという現実にもっと目を向けるべきである、という作者の思いが十二分に表出した作品でございます。
今年もグロ多め、不穏な作品ばかり紹介するであろう私が言うのもなんですが、2025年が2024年より少しでも人に優しい社会、地球に優しい社会でありますように。
藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |