昨年は紫金陳の小説『悪童たち』を原作とするドラマ『隠秘的角落』を筆頭に、中国の動画サイト愛奇芸(iQiyi)の「迷霧劇場」というコーナーだけで計5本のミステリー・サスペンスドラマが生まれました。
 今年もそれに続き、各動画サイトでサスペンスドラマ・ラッシュかなと思っていたら、どうやら配信された作品は全体で10作品にも満たず、まだ20作品ぐらいが配信を待っている状態のようで、配信済み作品もそこまで高い評価は得られていませんでした。

 そんな中、9月9日にテンセントで配信された『双探』が面白いという評判を聞き、全16話だったので全部見てみたのですが、これがいろんな意味で予想外の出来だったので、今回はこのドラマを紹介します。

 

 

■なかなか交わらない二人の探偵
  内容を見る前は、『双探』というタイトル、そして刑事と納棺師兼監察医の二人が主人公……程度の知識しか得ていなかったので、てっきりバディものだと思っていました。複数の事件を解決する過程で本筋の事件と関連する証拠や証人が次々に出てきて、全ての物語が最終的に一つに集束する……といった典型的なサスペンスドラマだと思っていたんですよ。検死ができる相棒って『Xファイル』のスカリーみたいですし、どうせ肝心の謎が明かされないまま『双探2』が出るんだろと高をくくっていました。しかしこのドラマ、最初から最後まで二つの事件をメインに続いていきます。以下がそのあらすじです。

 北京の胡同(古い横丁)の公安局で働く普通の刑事・李慧炎と、納棺師でありながら監察医の資格を持つ周遊。二人は北京でそれぞれ異なる大事件に巻き込まれる。李慧炎の息子の同級生・范暁媛が何者かに誘拐されたのだ。李慧炎らは局の刑事全員で誘拐犯を追うが、犯人の抵抗に遭い、刑事隊長が大怪我を負う。
 一方、周遊は北京で離れて暮らす父親を殺され、息子である自分が検死をすることに。父親の死体から舌が切り取られていたこと、犯行現場となった部屋から彼と父親の故郷・双塔(架空の町。モデルは北朝鮮との国境に近い吉林省のどこかだと思われる)に伝わる石碑の写真が残されていたことから、犯人が明確な意思を持って父親を殺したのだと悟る。
 そして隊長の入院によって繰り上がりで指揮官役になった李慧炎は、残った部下を集めて誘拐犯を追い続けることを決断。李慧炎と周遊はそれぞれ極寒地・双塔に向かう。
 周遊の父親を殺した白石舟もまた双塔に戻っていた。しかし林で野宿していた時、誘拐犯から逃れた范暁媛と出会い、彼女になつかれてしまったことで、しばらく彼女を自分の仕事場にかくまうことに。だが自分の殺人の証拠を見られてしまい、彼女を警察に連れていけなくなってしまった。

 この作品、誘拐事件と殺人事件の真相を求めるために16話ずっと続き、その間、無関係な事件等は全く挟まれません。二人の主人公・李慧炎周遊は北京で顔を知っている程度の間柄にすぎず、一方が誘拐犯を追うため、もう一方が父親殺しの犯人を追うために偶然、同じ目的地である双塔へ向かいます。それで現地でまた顔を合わせるのですが、お互い向こうが双塔にいる目的が分からないから協力することはないんですね。だから物語終盤まで、『双探』というタイトルとは裏腹に二人が独立して捜査を展開するだけで、誘拐事件と殺人事件が交わることはありません。何なら誘拐事件と殺人事件の犯人同士の方が先に会ったりします。
 交わらないのも当然で、李慧炎は警察官の仕事として誘拐犯を追っていることに対し、周遊は父親の過去を知ることと父親を殺した犯人の復讐のために動いているので、主人公二人で公と私が明確に分かれています。
 一つの事件を合法と非合法の二つの手段で解き明かしていくという話はよくありますが、本作において表(誘拐事件)と裏(殺人事件)はそれぞれ独立しているので、李慧炎と周遊が集めた情報が一つになって「表裏一体」となるのは結構先の話です。

双塔に来た理由を話し、情報を交換する周遊(左)と李慧炎

 

■ほぼ人力の犯罪と捜査
 
作品の舞台双塔は北朝鮮に近く、朝鮮族も多く住んでいることから街の至る所に中国語と朝鮮語の併記が見られ、北京よりずっと未発達の田舎として描かれています。また現地の公安局は昔の文化宮という建物を改築しただけで、現代化どころか近代化もまだなんじゃないかという外見。それに李慧炎は北京で働いていますが、胡同勤務なので本来大事件とは無関係の刑事です。このドラマには現代的で発達した中国の姿が故意に映されず、科学的な犯罪や捜査がほとんど出てきません。唯一のハイテク機器はスマホなんじゃないかってほど、犯罪者側も警察側もコンピュータを全く使わないのです。

 1話冒頭で、とある人物の1990年代の回想が入ってから本編がスタートするのですが、そのシーンのせいで内容をよく見ていない視聴者から、「どうして90年代なのにスマホが登場するのか」と疑問が出るほど、現代っぽくない絵が続くんですよね。そもそも誘拐自体がよくも北京から双塔まで行けたなってぐらい杜撰さで、対する警察の捜査もいきあたりばったり感があって、逆にそこらへんがうまく噛み合っているからこそ成立してるサスペンスドラマといえます。もし誘拐犯が驚くべき知能犯で、目撃者を出さずに静かに誘拐していたら李慧炎たちの出る幕はなかったでしょうし、逆に双塔に防犯カメラが完備されていたら誘拐犯はすぐに逮捕されていたでしょう。
 ハイテク犯罪やサイバー捜査を扱ったドラマにリアリティがあるかは置いておいて、じゃあこのドラマのように、最先端技術が出てこず全て人の手で行われる犯罪や捜査を描けば泥臭くてリアルかというとそれも違っていて、このドラマは「足りてなさ」「追いついてなさ」の描写に重点を置いていることが分かります。

 そのことを示す象徴的なシーンがいくつかあります。
 李慧炎はもちろん、双塔の刑事たちも正義感がないわけじゃないのですが、だからなんでもできるというわけではありません。范暁媛の居場所に見当をつけた李慧炎が、双塔でとある用途に使われている建造物全てを捜索すべきだと提案したのに対し、双塔の刑事隊長が「そんなことできる人手はない」とにべもなく却下するシーンがあります。これは刑事隊長が不真面目なんじゃなく、双塔の公安局にローラー作戦ができるほど刑事がいないから、この提案は現実的に不可能なんですよね。

署内で事件について話し合う李慧炎(左)と双塔の刑事隊長

 また誘拐犯側の人間が「金でできないことはない」とうそぶくシーンがあるのですが、だったら誘拐という大犯罪にチンピラなんか雇わずにプロを、少なくとも誰にも目撃されず人をさらえる程度の知能を持った人間を雇えという話。

 そして殺人事件の方は、犯人の白石舟は北京から双塔まで難なく逃げていますし、物語の中で白石舟が殺人犯として警察に目をつけられているという描写はないので、北京と双塔で人を殺しているのに全くノーマーク。彼(殺人犯)を追っているのは刑事ではない周遊だけという状態。

 この物語が作品として成り立っているのは、人手や装備が警察側と犯人側双方に足りておらず、完璧に事を果たそうとする意識はあるのにそれらが追いついていないからです。だから警察側も犯人側も自分の仕事をそこそこうまく行えるわけですね。

 しかし物語ラスト、双塔から老朽化したある建造物が撤去され、今後はハイテク機器がそれに代わるという現代化の足音が聞こえてきます。これは、双塔のような田舎でも今後同様の事件は起きないという暗喩でもあり、これからは科学的手法を使わないサスペンスドラマは撮らないという監督のメッセージでもあるでしょう。

 

■癒し系サスペンスドラマ
 
現在、『双探』は中国の大手レビューサイト豆瓣で10点中7.2点という評価になっていますが、物語のアラや矛盾点なども指摘されています。また、第1話の時点で范暁媛が誘拐された理由や、白石舟が周遊の父親を殺した理由などがだいだいほのめかされているので、展開に緊迫感がありません。だから今後、これ以上評価が上がるのは難しそうです。
 しかし私としてはやはりこの作品を推したいです。
 というのも、見ているあいだ全然頭を使わずリラックスできていたからです。
 名探偵しか解けない密室トリックとか、最先端の科学を使った捜査でないと見つからない手掛かりとか、相関図が必要なほど複雑な人間関係とか、衝撃のどんでん返しとかが一切出てこないこの作品に、癒しを感じてしまいました。「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉があります。犯人が頭が良かったら警察はそれ以上に賢くなければならず、パワーバランスが悪いと物語として楽しめません。だから、この物語に出てくるレベルの犯罪者にはこのぐらいの警察力で十分なんですよ。

 近年、中国のミステリードラマは『白夜追凶』や『隠秘的角落』などが海外で高い評価を受けていて、そのクオリティが期待されています。『双探』が今後海外で配信されるかは不明ですが、たまにはこういった見ている側が頭を使わず展開にハラハラもしない、でも俳優の演技などでそこそこ面白い作品も海外展開されてほしいですね。


阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737







現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

◆【不定期連載】ギリシャ・ミステリへの招待(橘 孝司)バックナンバー◆

【不定期連載】K文学をあなたに〜韓国ジャンル小説ノススメ〜 バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー