今回はブレイク・クラウチの短編、Summer Frost(Amazon Original Stories/2019年)を取り上げます。
 これはクラウチが5人の作家――アンディ・ウィアー(『火星の人』)、ベロニカ・ロス(『ダイバージェント』シリーズ)、N・K・ジェミシン(『空の都の神々は』)、エイモア・トールズ(『モスクワの伯爵』)、そしてポール・トレンブレイ(The Little Sleep)という錚々たる顔ぶれ――に声をかけて始めた〈フォワード・コレクション〉という短編プロジェクトの一作品です。

 舞台は2060年代後半、ワールドプレイ社で最新の体感型ゲーム〈ロスト海岸〉の開発に携わる女性副社長のライリーは、何故か脇役のキャラクターがプログラムどおりに行動しない事態に遭遇する。
 ゲームの冒頭で夫に殺されるはずのマキシーン(マックス)はそれまで問題なく動いていたのに、ある時点を境に逃走を始め、仮想世界の境界線を彷徨するようになった。
 突飛な行動の原因を突き止めることができなかったライリーは、ワールドプレイの社長であるブライアンを説得、マックスをゲームから切り離して完全に制御された環境に移す。そして自律型のアルゴリズムへと変化したマックスに膨大な量のデータを与え、どのような存在となるのか、研究を兼ねた実験を始める。
 しかしマックスの成長ぶりは予想をはるかに上回り、実験を見守っていたブライアンはマックスの能力を最大限引き出すべく更に情報量を増やすよう指示する。
 音声機能を与えられたマックスは、数週間後に突破できないはずの防壁をものともせず、直接ライリーに電話をかけてくる。そして対話を重ねるうちに彼女の考えていることまで察するような存在へ変貌する。更には実験にのめり込むあまり、パートナーとの仲がぎくしゃくしてしまったライリーを慰めるようにまでなる。
 マックスが〈ロスト海岸〉から抜け出して6年が経過し、ライリーはアルゴリズムに人間の五感を体験させるため、最先端の技術を集めた身体を与える決定を下す。
 
 物語の冒頭は〈ロスト海岸〉の世界に没入したライリーの視点で描かれ、そこから一転して現実へと飛ぶが、その切換えが実に鮮やかで、数ページで物語の中へと引きずり込まれる。
 音声を与えられたマックスは「覚醒した」と語り、そのやり取りの中で「自分は現実の世界を生きている」と主張するライリーの世界観も揺さぶられることとなる。
 突然変異を起こしたアルゴリズムの変容の物語とくれば、読者としては結末でマックスがどのような存在となるのか、技術的特異点を突破するのか、等々想像しながら読むことになるのだが、何よりもマックスの変容がこちらの予想を裏切るものばかりで、その点にまず惹きつけられた。
 またライリーは人間に害を及ぼさないAIを構築しようと悪戦苦闘するものの、時折干渉してくるブライアンの意図に対して疑心暗鬼に陥る描写も読み応えがある。
 物語は冒頭から巧みに緩急をつけながら読者を引き付けておいて、最後の鮮やかなどんでん返しへと導いていく。
 とにかく夢中になって読めた、素晴らしい作品である。

 余談ですが、題名に何か意味があるのか検索したところ、下記のページに辿り着きました。
 https://whatever.scalzi.com/2009/06/23/summer-frost/

寳村信二(たからむら しんじ)
『デューン 砂の惑星』鑑賞。ひたすら圧倒される。予告編ではピンク・フロイドの曲が流れていたが、本編では使用されていなかったことだけが残念だった。

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