田口俊樹
〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕
白石朗
2021年度(令和三年度)の文化功労者に、児童文学者の松岡享子さんが選ばれていました。松岡さんの多くの児童文学の翻訳のなかでぼくが印象深いのは、これまでにもあちこちで話題にしてきたオリバー・バターワース『大きなたまご』です。
ニューハンプシャー州のある農家のめんどりが巨大なたまごを生み、やがてそこからトリケラトプスが孵るという奇想天外な物語。そのトリケラトプスの飼い主である少年ネイトくんの作文形式で生き生きと語られるこの作品に松岡さんはボルティモアの図書館勤務時代にめぐりあって惚れこんだとのこと。邦訳は1968年に学研より刊行されました。ひところ絶版状態でしたが、2015年に岩波少年文庫から再刊されたことからもわかるように、日本でも広く若い読者に読みつがれてきました。ストーリーの牽引力もさりながら、随所にただようアメリカ的なユーモアを見事にとらえた松岡さんの翻訳の力も大いにあずかっているのではないでしょうか。
〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕
東野さやか
スイーツではないけど、信州味噌ピッツァも気になります。ピザと味噌の組み合わせが想像できず、これはきっと若竹さんが考えたメニューにちがいないと思ったのですが、実在するメニューだとは……。
行きたいところ、食べたいものが一気に増えた本でした。
〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『スパイシーな夜食には早すぎる』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』など。ツイッターアカウント@andrea2121〕
加賀山卓朗
それで思い出したのが、宮本輝『流転の海』シリーズです。主人公の松坂熊吾が宇和島出身なのですが、方言の会話にまったく違和感がなくてとても驚いた記憶がある。思えば、獅子文六『大番』の主人公、丑之助も宇和島あたりの出身で(だからその名もずばり『大番』という地元の銘菓がある)、大河小説の出だしの設定にちょうどいい田舎ということなんでしょうかね。
〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕
上條ひろみ
十月に読んだ本ではグレアム・ムーアの『評決の代償』(吉野弘人訳/ハヤカワ・ミステリ)がイチ推し。秘密を抱えたまま死亡した被害者、容疑者にされる主人公、先入観という目くらまし、そして陪審員制度という闇。のけぞるほどおもしろい陪審員ミステリでした。
今フランスでいちばん売れているというギヨーム・ミュッソ。新作の『夜と少女』(吉田恒雄訳/集英社文庫)でも、予想もしなかったところに連れていってくれる魔法は健在でした。少女失踪と男性教師が事件のポイントになるところは偶然にも『評決の代償』を思わせるけど、こちらもなかなか。
ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)はお待ちかねのワニ町シリーズ第四弾。今回も最強チーム大暴れで、期待を裏切らないおもしろさ。イケメン保安官助手カーターとフォーチュンの恋の行方も気になるけど、フォーチュンの友人アリーには幸せになってほしいな。
十月は悲しい知らせも。作家の山本文緒さんが亡くなりました。つらいときにいつも寄り添ってくれる山本さんの作品に、これまでずいぶん力をもらってきました。新作がもう読めなくなるのはほんとに寂しい。ご冥福をお祈りいたします。
〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』など。最新訳書はエリー・グリフィス『見知らぬ人』〕
高山真由美
最近読んでよかったのは『スカートのアンソロジー』(ひとこと感想はこちら)で、いま楽しく読んでいるのは同シリーズの『絶滅のアンソロジー』。次に読みたいなと思っているのは、「書評七福神の九月度ベスト!」で杉江松恋さんが選ばれていた『おはしさま』と、「ミステリちゃん」10月号で若林踏さんが紹介されていた『八月のくず』です。気がつけばみんな光文社(もしかしておなじ編集さんじゃないかしら)。
〔たかやままゆみ:最近の訳書はポコーダ『女たちが死んだ街で』、ヒル『怪奇疾走』(共訳)、サマーズ『ローンガール・ハードボイルド』、ブラウン『シカゴ・ブルース(新訳版)』、ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』など。ツイッターアカウントは@mayu_tak〕
武藤陽生
〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕
鈴木 恵
逆に夢オチで終わる噺といえば、人殺しの片棒を担がされそうになる「夢金」とか、鞍馬山の大天狗に八つ裂きにされそうになる「天狗捌き」とか、悪夢のような話ですね。こういうのは、夢から覚めて、めでたしめでたしで終わります。
ところが、江戸時代に書かれた『稲生物怪録(いのうもののけろく)』という本に採録されているのは、いわば覚めない悪夢なのです。ある家に物の怪がついて夜な夜な怪異を起こすので、追い払おうと手を尽くすものの、ことごとく失敗するというお話。
わたしが読んだのは、ちくま新書の『まんが訳 稲生物怪録』(大塚英志・監修/山本忠宏・編)なんですが。これ、わたしみたいな素人には、とても取っつきやすいです。絵物語を漫画風にカット割りして吹き出しをつけ、そこに台詞や説明文を入れていくというスタイル。とにかく不思議な話で、ほんとうにあったことだというのがまず不思議。そのうえ、主人公の淡々とした反応ぶりがまた不思議。むしろ物の怪と同居するのを愉しんでいるふうさえあります。こんどは角川ソフィア文庫版(京極夏彦・訳/東雅夫・編)のほうも読んでみるつもり。すごい鉱脈を見つけた気分です。