このコラムは毎回、本題に入る前に中国ミステリー関連のエピソードを入れるようにしているのですが、最近の界隈では人に教えたいという情報があまり入ってきません。

 日本でも人気の「劇本殺」(マーダー・ミステリー・ゲーム)関連の情報はいつも、どのマーダー・ミステリー・ゲームのシナリオが何のミステリー小説のパクリかという指摘ばかり。マーダー・ミステリー・ゲームの作品には定期的に、中国国内のミステリー小説や海外の有名作品のトリックやシナリオをパクっているという疑惑が持ち上がり、そのせいでミステリー小説界隈(特に作家)とマーダー・ミステリー・ゲーム界隈はそれほど仲が良くなく、実はファン層はそれほど重なっていないのでは? と思っているのですが、最近新たにパクリ疑惑をかけられたマーダー・ミステリー・ゲームはちょっと事情が違いました。その作品のタイトルが日本人作家のミステリー小説と同名で、しかもその小説は中国国内ではまだ出版されていないため、マーダー・ミステリー・ゲーム製作側に単に日本語のできる人間がいるのではなく、ミステリー小説の愛読者がいるのではないかという疑惑が持ち上がったのです。これが内通者探しに発展しないことを祈るばかりです。

 中国SF界隈の隆盛ぶりは中国ミステリー界隈から見てもうらやましい限り。特に資金が潤沢なところがいいですね。
 このコラムで何度も紹介している、中国の短編ミステリー小説を対象にした華斯比推理小説賞は、編集者の華斯比個人が開催して賞金を用意している賞です。しかし彼が民国時代の探偵小説を収集するために資金不足になり、賞の開催が延期されることになりました。一個人の経済状況が賞の存続に関わるという状況は改善しなければいけないでしょう。
 そしてもう一つうらやましいのが、中国SFの短編集ラッシュです。未来事務管理局による各作家の短編集「NEXT科幻書」シリーズ(既刊4巻)、作家の陳楸帆による女性SF作家の作品のみを集めた「她科幻」シリーズ(既刊4巻)、そして作家の程婧波による33人の女性SF作家の作品を集めた「她:中国女性科幻作家経典作品集」(上下巻)など……。なぜ女性作家シリーズをタイミング悪く立て続けに出してしまったのかは不明ですが、同じテーマの短編集をほぼ同時期に出しても問題ないぐらい、中国SFは出版に積極的です。
 中国のミステリーとSFの間にある格差は別に今に始まったことではありませんが、このところ大きく水を開けられているような気がします。そんな中、密室をテーマにしたミステリー短編集が11月に出ました。今回はこの『品脱猫 密室』を紹介します。

 上述の華斯比が編纂した本書には、以下の5編の密室短編ミステリーが収録されています(日本語タイトルは「憎悪の槌」以外全て仮訳です)。

 

■憎悪之錘(憎悪の槌) 鶏丁
 
中国の密室もので真っ先に上がる作家がこの鶏丁(またの名を孫沁文)。トップバッターにはふさわしい人選です。

 近頃、不動産業者を空き部屋まで案内させて鈍器でぶん殴って殺し、現場を密室にするという事件が多発していた。そんな中、刑事の兄を持ち、ミステリー小説オタクの「わたし」こと鄧宇は、とある不動産会社に入社する。しかし同僚も同じように殺されてしまい、「わたし」は犯人探しを決意する。

 刑事の兄に事件解決のアドバイスをしていた「わたし」が、同僚が殺された事件の解決のために積極的に行動するのは理にかなっているように見えるが、実はここが同作品の最大の見どころ。なぜ彼がその事件のみ重要視し、残りの事件はアドバイス程度に留めているのかが、タイトルにある「憎悪」の意味とともにラストに分かります。
 ちなみに本書は稲村文吾氏によって翻訳されており、『現代華文推理系列 第二集』で読めます。

■最後的瞬移魔法(最後の瞬間移動マジック) 張淳
 
この作家は『唐人街探偵』2と3に脚本家として参加したことがあり、その前は別のペンネームで雑誌に短編を投稿していました。

 各市で起きる殺人事件の捜査に協力する大学生の「傷痕」は、H島で行われる瞬間移動マジックを観に行く。そのマジックは、H島の石造りの密室に閉じ込められたマジシャンのレオがF市の劇場に一瞬で現れるというもの。しかし実際に劇場に現れたのは、レオのバラバラ死体だった。そして死体は謎の煙に包まれると一部を残してほとんど消えてなくなり劇場から数キロ離れた海岸で発見される。レオはマジックに失敗したのか、それとも殺されたのか?

 ミステリー研究会会長の「傷痕」が、他のメンバーとメールで事件の推理を重ねていきながら真相にたどり着くという構成。捜査や聞き込みをする代わりにメンバーたちの突飛な意見を聞くことで、事件の可能性がどんどん狭まっていき、ずいぶん楽な推理だなと思うのですが、じゃあ密室の謎さえ明らかにすれば全部解決するのだなとも分かります。瞬間移動マジックが行われた石造りの密室自体には抜け道などの仕掛けはありませんが、その密室を構成する外的環境にきちんとトリックがあるという盲点を突いた作品です。

■日落瀛台(瀛台に日が落ちる) 阿元
 2000年初期から創作活動をしていて、2018年には宇宙を舞台にした長編ミステリー『太空無人生還』(宇宙でそして誰もいなくなった)を発表。

 内憂外患の時代を迎えた清朝末期。皇帝の一族である載澤は、北京の南海に浮かぶ小島・瀛台に幽閉された光緒帝の脱出を計画する。しかし外部のみならず、内部にも李蓮英ら敵の太監たちでいっぱい。そこで彼は西洋人の手を借りることを思いつく。

 光緒帝毒殺説を基にした歴史ミステリー。瀛台を密室に見立てた本作で使用される脱出トリックは大掛かりですが、ズルくも感じる。確かに当時すでに存在してはいたが、とんでもなくハイテクなものが使われているので、敵(太監)側とそこまで技術力の差があっていいのか疑問に思いました。
 光緒帝脱出の鍵を握るのが西洋の技術というのは、逆にいまの中国では書けないのではないでしょうか。絶対に中国人だけの手でなんとかしないと、読者に受けなさそう。

■玻璃之家(ガラスの家) 時晨
 
エラリー・クイーン好きの作家。彼のシリーズではお馴染みの数学者・陳爝が登場します。

 ガラスアーティスト趙心水が、自宅でガラスの破片にまみれて死んでいるのが発見される。当時家に泊まっていた3人の友人の証言によれば、深夜ガラスが割れる音がして、リビングへ向かうと趙心水が粉々になった作品の中に倒れていたという。他殺を疑った刑事の唐薇は、陳爝に3人のうち誰が犯人か尋ねる。事件現場の写真を見た陳爝は、犯人もトリックも全て分かった様子で、「奇想天外なトリックだ」と褒めるのだった。

 本作で密室となったのはリビング。リビングに至る道はドアとガラスによって閉ざされ、3人の客が寝ていた部屋もガラスが割れる音がするまで開いた形跡がありません。また、3人とも倒れている被害者のもとへ駆け寄っているので、ガラスまみれの被害者に近付いて首を切ることも不可能。収録作品の中で一番現実的ですが、運に頼る要素も多く、実行するのは無理なんじゃないかと思えるトリックでした。

■冥王星密室事件(冥王星密室殺人事件) 羅夏
 
もともとはSF作家で、島田荘司の大ファンだそうです。

 人がほとんどいない冥王星基地の外で宇宙服を着たの射殺体が発見される。冥王星でも火薬の入った普通の銃は使えるが、人の出入りが厳格に管理されている基地では居住者の居所が正確に把握され、当時外にいた人間は誰もいない。また、冥王星で人が隠れられる場所はない。では銃弾はどこから飛んできたのだろうか?

 冥王星を密室に例えたスケールの大きさは買いますが、デカければ全部許せるというわけでもなく、5作品の中で一番「無理だろ」と思ったトリック。「ただし引力や風などの影響は一切受けない」といった仮定の算数の問題を小説にしたような内容で、面白みはあるのですが、科学的という設定で一番非科学的なことをやっていないかという印象でした。
 ちなみにこの作品、初発表時のタイトルは「冥王星密室殺人事件」だったようですが、本書に収録されるに当たり「殺人」の二文字が抜かれています。

 

 本書の収録作品5編を佳作と呼ぶのは気が引けます。どれも新作ではありませんし、各作品に瑕疵があるようにも見えます。何より、収録作品が5作だけなのは短編集と呼べるかどうか。ただ、こういったジャンル別の短編ミステリー小説集が出ることがまれなので、後に続いてほしいところです。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737







現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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