「今の翻訳ミステリー大賞シンジケートは、過去の名作についての言及が少ない!」ーーそんなことをお思いの方はいらっしゃいませんか?

そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江)

 ヘンリイ・ケインの「失われたエピローグ」(1948)は名品です。
 無様に敗北して控え室に戻ってきたボクシングのチャンピオンが、周囲にいる全ての人間からの信頼を失ったことを思い知らされる。
 派手な見せ場も洒落た言い回しもなしに、淡々とした会話と行動だけで一人の男の人生の終わりを語り切る。
 しみじみと「佳いものを読んだなあ」と想ってしまうような忘れがたい作品です。
 ケインの最高作はこれだと思っています。
 恐らくはこの作家を知る人の多くもそう考えているのではないでしょうか。
 少なくとも日本で最も紹介回数が多いケイン短編であることは確かです。
 《ミステリマガジン》で1974年5月号、2019年3月号と二度訳出されていますし、小鷹信光編のアンソロジー『アメリカン・ハードボイルド!』(1981)にも収録されています。
 ただ、この短編を代表作と呼んでしまうことには僕は躊躇ってしまいます。
 ヘンリイ・ケインという作家について語るなら、彼が生み出した私立探偵ピート・チェンバースの存在が絶対に外せないと感じるからです。
 
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 ピート・チェンバースはケインのデビュー作『マーティニと殺人と』(1947)で初登場した私立探偵です。
 シリーズは一九七〇年代まで書き継がれ、長編は全部で二十九冊、短編集も七冊出されています。押しも押されぬ人気シリーズだったといっていいでしょう。マイク・ハマーと並ぶ通俗ハードボイルドの代表といわれることも多いです。
 しかし、この並べ方は個人的には違和感を覚えます
 チェンバースものはハマーと比べて圧倒的に軽い。
 その軽さというのが、都会の盛り場を遊び歩くハンサムなプレイボーイというチェンバースのキャラクターよりも、むしろ文章であったりストーリーの運び方の部分に表れているところが最大の特徴でしょう。
 特に文体が物凄い。
 そもそもが超簡潔化されていて、スラングも交えた独特な文体らしいのですが、ケイン作品を主に訳した中田耕治が、日本人にニュアンスが伝わるようにローカライズしようとしたものだから、とてつもなく特徴的な文章になっているのです。
 どれくらい特徴的なのかは『マーティニと殺人と』を開いてみればよく分かります。「速記者(男性ダヨ)」「ウオノメに新品の靴をはいたようなアンバイ」など、原文と訳文で軽さが掛け算されてしまったような表現や文章のオンパレードです。
 ストーリーもユーモラスです。
 軽いハードボイルドというだけなら、同時期の他の私立探偵小説にも同じようなところはありますが、チェンバースものは少しメタ的にジャンルを捉えているというか「そうくるか」となるような外し方をしてきます。
 第二長編『地獄の椅子』(1948)の導入が素敵です。旧友が「起きたらベッドに女の死体があった」と駆けこんでくるところまでは「最初に死体を転がせ」という原則に沿った感じなのですが、それで彼の家に行ったら死体が更に二つ追加されているのです。落ち着くために死体の前で二人はとりあえず酒を飲む。コミカルで「おっ」となる始まり方です。
 あらゆる要素が俗っぽく、そこからくる軽薄さが楽しい。
 チェンバースものはそんなシリーズで、僕は古雑誌に載っているとついつい読んでしまうのです。
 これは純粋な偏愛で、今あえて他の人にオススメしたいとはそんなに思わないのですが……例外があります。
 「一杯のミルク」(1947)をはじめとした、チェンバースものの第一短編集Report for a Corpse(1948)に収録された短編たちです。
 これらの作品については、今なお面白いと断言できる。「失われたエピローグ」と同様に。
 
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 Report for a Corpseはケインがキャリアの最初期に《エスクァイア》に発表していた作品を集めたものです。
 ピート・チェンバースといえば《マンハント》のイメージが強いですが、実は短編デビューは《エスクァイア》。男性向け高級雑誌……いわゆるスリック・マガジンです。
 求められる作品の質はパルプ誌とは段違いだったと思われますが、何度も作品が載っている上、長編『地獄の椅子』の一挙掲載までしてもらっているあたり、ちゃんと人気も集めていたようです。
 短編集としては未訳なのですが収録作は全て訳出されています。
 
 「死体だけが知っている」(1947)《ハードボイルド・ミステリ・マガジン》1963年8月号
 「一杯のミルク」(1947)早川書房編集部編『名探偵登場⑥』(1963)
 「タダほどトクなものはない」(1947)《ハードボイルド・ミステリ・マガジン》1963年9月号
 「”証拠”がなにより証拠には」(1947)《ハードボイルド・ミステリ・マガジン》1963年10月号
 「幽霊の足」(1947)《ハードボイルド・ミステリ・マガジン》1963年11月号
 「醜悪な自殺」(1948)《別冊宝石》No.97
 
 この六編は、間違いなく他のチェンバースものよりも出来が良い。
 突飛なシチュエーションから始まった事件をチェンバースが解決するのは他のシリーズ作品と同様なのですが、その後の話のまとめ方の手際が他作よりも鮮やかなのです。
 どの短編も最終章でチェンバースが友人のパーカー警部と事件のミソの部分について語らって、そこでタイトルの単語がキーになっていることが分かるという趣向なのですが、いちいち唸らされる。
 中でも飛びっきりに良いのが「一杯のミルク」です。
 
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 その夜、ピート・チェンバースはニューヨークのバーでミルクを頼んでいた。
 好きでそんなものを注文したわけではない。依頼人に目印として指定されたのだ。
 目印に気づいてくれたのはとびっきりの美女。彼女に案内されホテルの部屋まで行くが、急に気が変わったと追い返される。
 妙だと思って帰った翌朝、彼女が死んだと聞かされて仰天する。しかも第一容疑者はチェンバースらしい……
 シリーズの特色が思う存分に発揮された小洒落た導入部から始まった本編は、この後も意外な展開が続きます。
 短さもあり、最後までするする読ませてくれるのですが、読み終えたとき「おおっ」と思うのです。
 この話、余りがない。
 提示された情報すべてが綺麗に拾われていて、タイトルになっている「一杯のミルク」を一番大きなピースにしたパズルとして完成されている。
 ああ、素敵だなと思える佳品なのです。
 
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 初期のチェンバースものは《エスクァイア》に掲載されていたと述べましたが、実は「失われたエピローグ」も初出は《エスクァイア》で発表時期も同じです。
 腕っぷしと頭で大金を稼いで異性にはモテモテ……チェンバースは当時の”成功”の象徴のようです。余りにも俗っぽい故に、多くの人が彼に自分の理想を重ねたであろうことが容易に想像できます。
 そんな夢物語を楽しんでいた人と、夢破れた男の人生の悲哀を噛みしめていた人、読者層が被っていたのだと思うとなんだか不思議な感慨が湧いてきます。
 かけ離れているようで、この二つは表裏一体で、それは変わっていないからこそ、僕という現代の読者も両方とも面白く読めるのだろうな、と。
 僕がアメリカン・ハードボイルドというジャンルが好きな理由も、つまるところここにあるように思います。

 

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小野家由佳(おのいえ ゆか)
ミステリーを読む社会人五年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby