そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江)
リチャード・デミング、ヘンリイ・ケイン、フレッチャー・フローラ、タルメッジ・パウエル、スティーヴン・マーロウ……これらの作家の共通点はなんでしょう?
そう問われたら、僕は〈マンハント〉作家だと答えます。〈ヒッチコック・マガジン〉でも良い。いずれも一九五〇年代から六〇年代にかけて活躍したミステリー作家で、日本では単著よりも先に挙げた二つの雑誌に掲載されていた短篇がよく知られている。
けれど、ここにジャック・ヴァンスを加えたら答えが変わる。別の共通点が出てきます。エラリー・クイーンの代作者、です。
六〇年代以降のエラリー・クイーン作品にはフレデリック・ダネイとマンフレッド・リー以外の手によって書かれた代筆作品が存在します。プロットをダネイが考えたものから文章を手直しした程度のものまで、クイーン当人の関わり方はまちまちです。特に(シリーズ探偵の)エラリー・クイーンが登場すらしないペーパーバックオリジナル作品はほぼ代作者の創作だったようで、書誌的にはいわゆる外典として扱われています。
このあたりの事情は二〇一六年に訳出されたフランシス・M・ネヴィンズによる評論『エラリー・クイーン 推理の芸術』(2013)に詳しく、そこで全貌が明かされた感もあるのですが、代作が存在するというのはファンにはその前からよく知られていました。それも当然でしょう。これらの作品は他のクイーン作品とは読み味が全くもって異なる。
梗概をダネイが書いていて正典として扱われる『盤面の敵』(1963)や『第八の日』(1964)でさえ異色作と呼ばれていますし(前者はシオドア・スタージョン、後者はアヴラム・デイヴィッドスンによる執筆)、ペーパーバックオリジナルの作品はクイーンらしからぬ軽ハードボイルド調です。『エラリー・クイーン 推理の芸術』にいわくペーパーバックオリジナルのものは「推理のないソフトカバー・オリジナルの犯罪もの長篇」として注文されたとのことで、先に挙げた面子が代作者なのも成る程と頷けます。時流に合わせたウケる作品を書いていた職人作家をセレクトしたということなのでしょう。
中でも、十作も代筆したというリチャード・デミングは、そうしたプロフェッショナルの代表選手です。
〈マンハント〉ではタフガイもの、〈ヒッチコック・マガジン〉ではヒッチコック好みのキレの良いツイストが炸裂する短篇を寄稿し、ペーパーバックの長篇では当時の主流であった私立探偵小説やクライム・ノヴェルを書きこなした。原書房から〈エラリー・クイーン外典コレクション〉としてクイーンの代作『摩天楼のクローズドサークル』(1968)が訳されていますが、これも軽めのパズラーとして中々の出来栄えです。ただ、邦訳作品を読む限りは作風と言えるほどの通底したものは僕は見つけられていません。精々、朝鮮戦争からの復員兵、タフガイとその頼れる相棒など、主役格によく使われる設定が幾つかある程度。ただ、何でも書ける代わりに独自の作風が薄いというのは職人作家として美点であっても欠点ではないでしょう。
デミング名義での唯一の邦訳書『クランシー・ロス無頼控』(1963)が、その腕がよく分かる一冊かと思います。〈マンハント〉に書かれていたクランシー・ロスというタフガイを主人公にした短篇をまとめた、日本オリジナルの作品集なのですが、まさにこの雑誌の読者のための小説という他ない内容なのです。
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クランシー・ロスは、ロータンダというナイトクラブのオーナーです。
といっても一九五〇年代のことですから、ただのクラブではありません。二階には賭博場があって、やってくる客はそちらが目当てであることが多い。もっとも、そこらのクラブのようにギャングの縄張りではない。ロスが何よりも嫌いなこと、それは誰かに従わさせられることなのです。逆に誰かを従わせることもあまり好きではない。クラブを守るための兵隊を雇うようなことはしておらず、腕っぷしの面で頼りにしているのは長年の相棒であるサム・ブラックだけ。彼がいてくれて、かつ、ロス自身の頭の冴えと早撃ちの腕さえあれば、どんな奴がクラブを狙ってきても心配することなんて何もない。
こうして要素を並べていくだけで「これぞ古き良き時代のタフガイ!」と喝采を送りたくなるようなキャラクター設定です。勿論、女性にもモテます。〈マンハント〉という雑誌の客層にこれでもかとチューニングがされているのですが……ただ、実はこのキャラクターはこれだけでは終わらない。真の魅力は実際にその活躍譚を読んでみていただいた方がより伝わる。特に「おれのお礼は倍返し」(1955)は第一話だけあって、シリーズの基本設定とコンセプトを過不足なく提示してくれる作品です。
物語は、ロスのかつての戦友ジェームズの妻、ジャニスがロータンダを訪ねてくる場面から始まります。
結婚したということは知ってはいたが、一度も顔を合わせたことはない彼女がどうして、と事情を尋ねたところ、ロスは衝撃の事実を知らされる。ジェームズが殺されたというのだ。殺したのはほぼ間違いなく、この街の顔役であるビックス・ロースン。
話を聞き終わる前に、ロータンダにジャニスを捜す刑事が現れる。ロースンの息がかかった者なのは間違いない。あの男は、警察すらも配下に置いている。このロータンダでさえ、自分の縄張りにしようと何度も狙ってきているのだ。ロスはお互いに干渉することはないようにと、その均衡を保っている最中だ。
しかしロスは、躊躇うことなく刑事を殴って追い返した。
ロースンは怒るだろうし、このままジャニスを匿うのは面倒なことばかりだろう。だが、それよりもロスは事の次第すべてが気に食わないのだ。かくしてロスはビックスらギャングとの戦いへ身を投じた!
殺人事件の捜査という筋もあるものの、物語を牽引するのは暗黒街の顔役との抗争パートです。『マルタの鷹』(1930)ではなく『血の収穫』(1929)であると言えばハードボイルド好きには分かりやすいでしょうか。とはいえコンティネンタル・オプとは違いロスは街の内部の人間で、この違いが物語の展開に効いてきます。
この腐りきった街で誰からも支配を受けずに自分のやりたいように生きること。それがロスの目的です。これがツイストに繋がっていて、かつ、先に言ったシリーズのコンセプトになっているのです。
そのツイストを一言で言ってしまえば「非情」になります。現代の読者の多くは「こんなことやっちゃうんだ」と驚くのではないでしょうか。それをやってしまう過激さこそが、ロスというヒーローの魅力なのです。
正直いって道具立てや構成の点で古びている作品もあるのですが、ブレない芯を持った一人の男としてこの街を生き抜くために文字通り何でもするというロスのキャラクターは今でも特異な尖り方をしていて、それだけで一冊を読ませ切るパワーがあります。
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訳者あとがきで山下諭一は本書を通俗ハードボイルドそのものと書いています。その通りで、ターゲット層を楽しませるように書いたとしか言いようがない連作だと思います。ただ、既にあるパターン化されたネタをそのまま書いたというわけではなく、そこにプラスアルファがちゃんとある。ここがリチャード・デミングの職人芸ではないでしょうか。
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小野家由佳(おのいえ ゆか) |
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ミステリーを読む社会人七年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby。 |