元海兵隊員で元警察官、民間の軍事請負業者としてむずかしい任務をいくつもこなしたのち、いまはロサンゼルスで銃砲店を経営しつつ、自称〈世界一優秀な探偵〉とタッグを組む男。極端なまでに無口で、笑うときにはほんの少し口をゆがめる程度。いまも自分を兵士と思っていて、所持品検査をした警官に「戦争でもおっぱじめようってのか?」と言わせるほど、常に大量の武器を携行し、いざというときには頼りになる、世界一危険な男。ぴんときた方も多いのではないでしょうか。そう、ロバート・クレイスが生み出した心やさしき探偵エルヴィス・コールの相棒、ジョー・パイクです。
 2021年はそのジョー・パイクが主役となる『危険な男』(高橋恭美子訳/創元推理文庫)が日本で紹介され、本当にいい年でしたが、パイクが主役の作品には未訳のものがまだ3作あります。今月はそのひとつ、“THE FIRST RULE” (2010)をご紹介します。パイクが主役となるシリーズとしては、『天使の護衛』(村上和久訳/RHブックプラス)につづく2作めとなります。

 物語はパイクの軍事請負業者時代の仲間、フランク・マイヤーズが自宅で殺害されるショッキングなシーンから始まります。襲撃者は家族を守ろうとするフランクに3発の銃弾を撃ち込んだのち、妻、ふたりの息子、さらにはシッターとして住みこんでいたアナという若い女性までも殺害する、という残忍な犯行でした。周辺では直近3カ月で同様の事件が6件起こっており、11人が犠牲になっています。警察はフランクの事件も同じ一味のしわざと考え、その線で捜査がおこなわれるのですが、パイクにはどうにも合点がいかない点があります。
 過去6件の襲撃事件でねらわれたのは、いずれも資金洗浄や盗品の販売など、違法な行為に手を染めていた者ばかり。警察はフランクもそんな人間のひとりとしてねらわれたのだろうと見なしますが、そんなはずはないとパイクは考えます。軍事請負業者という仕事に生きがいを感じていたフランクですが、交際中だったシンディの強い願いを聞き入れて業界を離れ、いまは衣類の輸入業者として成功しています。パイクはもう何年も連絡を取っていませんが、正義感が強く、曲がったことの嫌いだったフランクがそんなふうに変わってしまったとは思えませんし、軍事請負業者だったときにチームを組んでいた仲間も、フランクにかぎってそんなことはありえないと口をそろえます。また、過去の襲撃では3人だった犯行グループが、フランクの事件では4人に増えている点も気になります。
 さまざまな情報源から、実行犯としてセルビア系ギャングの線が浮かびあがってきます。さらに、フランク一家とともに殺害されたアナの姉の情報から、ねらわれた原因はフランクの事業とはべつのところにある可能性が出てきます。フランクたちは本当の狙いを隠すために殺されたのではないか。そう考えたパイクは、かつての仲間の命を奪った者に報復するため、事件の真相解明に乗り出します。相棒のエルヴィス・コールと、かつての仲間のひとりで、いまも民間の軍事請負業者として活動するジョン・ストーン(そう、『約束』でジャーマンシェパードのマギーにでれでれしていた、あのマッチョなジョンですよ!)という頼もしい助っ人とともに。

 本作の敵は手強く狡猾で、住む家も車も電話も頻繁に変えるため、接触すらままならず。そんな状況を知恵と腕で打開していく過程はスリリングですし、綿密に計算された作戦行動と、緊迫感あふれるアクションシーンは、パイクが主役ならでは。どんなピンチに陥っても顔色ひとつ変えることのない姿には、いつものことながら惚れ惚れします。まあ、このあたりは冒頭であげた『危険な男』と『天使の護衛』をお読みになっている方ならご存じですよね。

 いちばんきゅんきゅんするのは、物語のなかで重要な鍵を握る生後10カ月の赤ちゃんをパイクが抱きあげるシーン。それまで小さな手脚をばたつかせながら、顔を真っ赤にして泣き叫んでいた赤ちゃんですが、パイクが抱きあげて目と目を合わせるとぴたりと泣きやむんです。サングラスをかけたパイクがあまりに怖かったからじゃないかと思う方もいるかもしれませんが、大はずれ。そのあと、コールに抱かれた赤ちゃんが、パイクを見たとたんにっこり笑い、両手をうれしそうに大きく動かすシーンがあるんですから。この赤ちゃんとパイクの交流(というほど言葉をかけるわけではありませんが)のシーンだけでもぜひ読んでほしい、と強く思います。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はM・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。その他、チャイルズ『スパイシーな夜食には早すぎる』(コージーブックス)、ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)、アダムス『パーキングエリア』(ハヤカワ文庫)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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