■チャットアプリで過去の恋人を救う
 中国には「テンセント動漫」「ビリビリ漫画」「快看」など、漫画が読めるウェブサイト・アプリがたくさんあり、海外作品のみならず中国オリジナルの漫画が豊富に掲載されているわけですが、書籍化までされるのは稀で、ホラーやミステリー漫画が本になるのは滅多にないのではないかなと思います。そんな中、先日書店でミステリー漫画の新刊を発見。それが『第七名被害人』(仮タイトル・7人目の被害者。シナリオ・四夕文文武、作画・画報熊)でした。

 同作品は「テンセント動漫」で現在も連載中で、もともと有名作品だったようです。前評判も内容も知らないまま読んでみたところ面白かったので、ここで紹介してみます。興味があれば下のリンク先から読んでみてください。全話無料です。リンク先☞ テンセント動漫『第七名被害人』

 2023年、大学生の李雲杉(り・うんさん)は4年前に亡くなった恋人の徐思嫺(じょ・しかん)の墓参りで、彼女の母親から徐思嫺の遺品を受け取る。その中には彼女の壊れたスマホがあり、修理したところ日付が2019年に設定され、突然「Wechat」(LINEのようなチャットアプリ)が起動した。そして画面には2019年当時に李雲杉が徐思嫺とWechatで交わしたやり取りが表示された。どういうわけか、このスマホは2019年の徐思嫺のスマホとつながっていて、2023年の李雲杉は過去の彼女にメッセージを送ることができた。自分が未来からメッセージを送っていることを説明した彼は、彼女に辛い事実を伝える。それは、徐思嫺が間もなく、連続殺人事件の7人目の犠牲者になってしまうことだ。未来を知る李雲杉は彼女を危険から遠ざけようとアドバイスし、当時の事件の真相を探る。しかし徐思嫺には当時の李雲杉の知らないところでさまざまな問題が降り掛かっていて、それが事件を取り巻く人間関係をより複雑にする。

 

 時空を超えたスマホ(というかチャットアプリ)を使って恋人の命を助けようとするSFミステリー。未来の自分が過去の自分に連絡するというストーリーでも、自分のスマホが過去の友達のスマホとつながるというわけでもない。4年前に亡くなった徐思嫺のスマホを2023年に起動したところ、2019年の徐思嫺のスマホとリンクし、2023年にスマホで打った文字が2019年のスマホに反映されるという結構ややこしい設定です。

 そして2023年の李雲杉は2019年の徐思嫺とやり取りをする中で、当時も徐思嫺がスマホを見ながら変わった行動を取っていたことを思い出します。そう、つまり李雲杉がいるこの世界線の徐思嫺も、2023年の李雲杉から情報を受け取って危険を避けていたにもかかわらず死んでいるのです。では今回の李雲杉の行動も全て無駄なのでしょうか? その不安が的中するかのように、2023年の李雲杉が2019年の徐思嫺を通して防ごうとした殺人事件は続き、徐思嫺の番が近付きます。

 不思議なのが犯人の存在です。7人もの人間、しかも大半が李雲杉の友達の高校生を殺すことになる凶悪犯なのに、ストーリーの中で影が薄く、読者にすら正体も動機も明かされません。そしてなぜか未来の被害者であるはずの徐思嫺に一番疑惑が向けられるという展開に。彼女は何者かにハメられているのか? となったところで1巻は終了。

 1巻には12話までしか収録されておらず、続きが知りたくなってアプリで12月20日時点の最新話64話まで読み進めたところ、第1話の伏線が回収されていて、考え抜かれた構成に素直に驚きました(実は表紙もちょっとしたネタバレになっている)。

■コミックスで全話出るのか?
 現在、物語は終盤に入っているようで、アプリ版のコメント欄では読者による考察が進んでいて、作品も反応も作者が望んだ展開になっているようです。ただ一つだけ心配なことがあって、本作が70話前後で完結すると仮定した場合、1巻に12話しか収録できないのなら最低でもあと5回単行本を出す必要があるのですが、果たしてそんなことが可能なのかということです。一応1巻には「1」という数字が書かれ、続刊があることが示唆されていますが、2巻が出ないままになっている中国の漫画コミックスなんて結構あるので……。

 ウェブ・アプリ漫画が発達している中国において、漫画の書籍化にどれだけ意味があるのか疑問に思ったことがあります。ただ、本作は書籍化されて書店に並んだからこそ、普段アプリで漫画をほとんど読まない私のような人間が手に取り、アプリで続きを読むまでハマったわけで、意味が全くなかったわけではありません。しかし、では結局のところ、漫画の書籍化って従来の読者層以外にアプローチする広告手段の一つに過ぎず、印税収入は二の次なのでしょうか。

 

 もう一冊、こんどは小説を紹介しましょう。法医秦明シリーズの第1作『屍語者』(2012年)です。

■解剖室の中のリアルなミステリー
 作者の秦明は現役の法医(監察医)で、本シリーズでは自身が体験・取材した事件を下敷きに、作者と同名の監察医秦明を主人公にし、解剖室から難事件を解決する様子を描いています。
 中国では警察関係者が小説を出版し、ベストセラー作家になることはそう珍しいことではなく、例えば、映像化もされた心理サスペンス小説『心理罪』シリーズの作者・雷米は中国刑事警察学院の教師だったりします。

 私はこういった本物の警察関係者が書いたミステリー小説というものがあんまり好きではなく、よほど興味がないと読みませんでした。作者の立場上、警察という組織が最先端科学と立派な職業倫理と高潔な精神をもって悪辣な犯罪者を追い詰めて市民の平和を守る、といった内容しか書けないんだろうと思っていたからです。また、そういった本は往々にしてシリーズ化されて巻数が多くなり、とてもじゃないが追い切れません。
 しかし先日、ふとしたきっかけで『屍語者』を読んで気に入ったので、この際だからと最新刊まで全巻揃えてみることにしました。外伝等を含めるとその数14冊。

 さすがにまだ全て読めていないので、ここでは『屍語者』を中心に何冊か取り上げます。

 

■経験・技術不足を補う新人監察医
 まず本書は1遍の長編ミステリーではなく、各話ごとにほぼ独立した事件を扱う短編小説集です。本書は全20話収録、1話だいたい20ページの読みやすいボリュームの中に事件の起承転結が書かれます。
 秦明たちの役割は犯罪死体を解剖してそこに残されている証拠を集めることで、出てくる死体はどれも個性的。それらの死体の傷や遺留物等から死因や容疑者を特定していくわけですが、注目すべきは2012年に出版された第1冊目『屍語者』の時代設定が2000年代初頭であるということ。当時は先進諸国に比べても解剖の科学的技術がまだ発展しておらず、秦明もまだ監察医成り立てで色々見落としそうになる中、経験豊富な「師匠」に導かれて徐々に一人前に成長していく、というのが本書の大まかな本筋です。現代中国では当たり前となった世界に本書はまだ変わっておらず、SNSプラットフォームの登場による新たな犯罪の発生や、防犯カメラ不足による捜査の限界など、現代ではあり得なさそうな不便な状況の中をあがく秦明たちの姿に隔世の感を覚えずにはいられません。

 シリーズ2冊目の『無声的証詞』では秦明の妻の友人も犠牲になった7年前の未解決殺人事件の解明を主軸にし、3冊目の『第十一根手指』では現場で見つかった11本目の手の指の謎をめぐって捜査が展開されますが、やはりどちらも短編小説集です。各話20ページ前後、数十分で読める内容なのが本シリーズの人気の秘密なのかもしれません。
 ただ読んでいて気になったのは、秦明たち監察医の解剖でだいたい犯人の特定ができてしまっているので、彼ら以外の警察官は何やってんだ? ということです。

 

■設定がやや現実離れした外伝作品
 その反動か埋め合わせか分かりませんが、全4冊の長編小説『守夜者』では現場で働く警察官を描いています。この作品も法医秦明シリーズと銘打たれていますが、秦明をほとんど出さずに別の人間を主人公としています。そして「守夜者」という公安の秘密組織や催眠術師などが出てきて、体験や取材を基にしてきたこれまでの作品とは異なり、フィクション性が強く、法医秦明シリーズとして破綻しているように見受けられました。あと、すでに事件が終了している遺体と直面している秦明ら監察医に比べ、実際に犯罪者を追って犯罪を未然に防ごうとしている守夜者たちに余裕がなく、作品全体がピリピリしていて過去の法医秦明シリーズにあった軽妙なやり取りも失われているようでした。やはり私は、軽口を叩きあってオンとオフを切り替えられる秦明たちが出てくる作品が好きですね。

 秦明が監察医になったばかりの2000年初頭から現在まで続く本シリーズは、中国の20年間に渡る監察医の歴史をまとめていると言えるかもしれません。死体が発生する以上、監察医の仕事はなくなりませんし、科学技術が発達してもそれを悪用した犯罪が起きれば捜査はより困難を極めます。ますます最新の科学技術が日常に溶け込む中国で実際にどういった難事件が発生するのかは興味があるところなので、秦明にはこの時代を反映したような事件をネタに小説を書き続けていってほしいものです。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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