こんにちは。皆様の今年のミステリベストはもう決まったでしょうか? 各社ベストテン発表後にも次々と面白い作品が目白押しに刊行され、うれしい悲鳴の今日この頃。そんな中、悩みに悩んで選んだ今回の推し作品をご紹介します。
 
*今月の幸せ本*
アリソン・モントクレア『王女に捧ぐ身辺調査 ロンドン謎解き結婚相談所』(山田久美子訳/創元推理文庫)


 第二次大戦終戦直後、まだまだがれきの山がそこかしこに残っているロンドン。運よく爆撃から逃れたメイフェアの雑居ビルにある〈ライト・ソート結婚相談所〉には、お相手を探しにくるクライアントの列ができていた……のならよかったのだが、実のところ経営状態はなかなかスリリング。今日も一癖ありそうなお客さまを迎えてマッチングに頭を悩ますアイリスとグウェンの前に、思いもよらない依頼が入ってきたのです。
 大好評を博した『ロンドン謎解き結婚相談所』につづくシリーズの2作目は、いきなり王室の危機! エリザベス王女(現女王エリザベス2世)の幸せを脅かしかねない醜聞を、アイリスとグウェンは阻止することができるのか!? 国家レベルの陰謀から家庭内のいざこざまで、二人を襲う危機の連続にハラハラドキドキ。実はアイリスは元スパイ、グウェンは上流階級の戦争未亡人。アイリスの情報収集能力とグウェンの人を見る目の確かさと直感が、戦後の混沌とした結婚事情を軽やかにさばいていくという設定もいいのですが、本シリーズの一番の読みどころはやはり二人の友情でしょう。お互いを心から信頼し、立場を尊重しつつも、少しでも疑問に思ったことはしっかりと話し合って解決する。その関係は羨ましいほどで、二人のことが好きにならずにはいられなく、幸せな気分で読み終わることができます。ずっと続いてほしいシリーズです。

*今月の矜持本*
マイクル・コナリー『警告(上・下)』(古沢嘉通訳/講談社文庫)


 消費者問題がメインの小規模ニュースサイトで記事を書くジャック・マカヴォイのところに、ある日ロス市警の刑事がやってきます。ある女性が殺され、捜査上でジャックの名前が浮かんできたというのです。いわゆる一晩の情事で終わった相手でしたが、警察は彼を容疑者の一人としてマークします。身の潔白を証明するためにも被害者を調べ始めたところ、同様の手口で殺された女性を複数発見するのですが、それは新たな殺人の引き金となってしまうのです。
『ザ・ポエット』(1996)、『スケアクロウ』(2009)に続く、事件記者ジャック・マカヴォイのシリーズ3作目。58歳になったマカヴォイが、元FBI捜査官のレイチェル・ウォリングに協力を頼み、ペンと生身の身体で卑劣な犯罪に立ち向かいます。実は自分はこのシリーズは未読だったのですが、そんなことは全く気にならずぐいぐいと物語に引き込まれました。とにかく読ませる!さすがコナリー!! しかもこの犯罪というのがひたすら胸糞悪く絶対に許せない類のもので、1ページでも早く正義の鉄槌を下してほしい! と猛烈な念を送りながら読まずにはいられませんでした。当然マカヴォイも同様で、そのためにやや逸脱行為も辞さないのですが、最終的にはジャーナリストの矜持を取り戻し、読者の心に熱い感動を残します。

*今月のイチオシ本*
エイドリアン・マッキンティ『レイン・ドッグズ』(武藤陽生訳/ハヤカワ文庫)


遺書はねえ、手帳は見つからねえ、靴は左右逆」(クラビー談)
 キャリックファーガス随一の観光名所である古城の中庭で、女性の転落死体が発見されます。そこは高い塀に囲まれており、一つだけしかない出入り口が朝に開門されるまで出入りは不可能。そうした状況から最初は自殺と考えられましたが、冒頭のクラビーの愚痴のとおり不審な点がいくつかあり、検死の結果他殺説が濃厚となります。
 北アイルランドの王立アルスター警察隊警部補ショーン・ダフィのシリーズ5作目。ついにエドガー賞を受賞した本作は、密室殺人、爆破事件、陰謀、失恋、その上まさかの北欧要素まで入っているという面白さ超てんこ盛りの一冊です! IRAをはじめとする数々の組織によるテロがひんぱんに起こる地域で警官でいるという、いっときも気を抜けない危険な日々を送っているショーンですが、相棒のクラビーや新米のローソンとのほのぼのしたやりとりや、趣味の音楽や読書(今回のチョイスもすごい!)へのこだわり、お隣のセクシーマダムとの駆け引き(?)などの描写がうまい具合に配置されていて、そういう場所での彼らの生活感が伝わってくるのがこのシリーズの読みどころではないかと思っています。今回は最後にすごい転機が訪れて、続編が待ちきれません!

*今月の映画と原作本*
『ハウス・オブ・グッチ』(1月14日公開)



 サラ・ゲイ・フォーデン著(実川元子訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の同名本を元にした、世界でも有数のハイブランドに起きた愛憎渦巻くスキャンダルと、一族崩壊への日々を描いた衝撃の実話です。




 1978年、ミラノ。明るく情熱的なパトリツィア(レディ・ガガ)は、ある日パーティで一人の男性に出逢います。自分の周りにはいなかった控えめで真面目なその青年は、グッチ一族の御曹司マウリツィオ(アダム・ドライバー)でした。家業を継がずに弁護士を目指していた彼はたちまちパトリツィアと恋に落ちますが、彼女を財産狙いと決めつけた父(ジェレミー・アイアンズ)は結婚を許しません。一族と縁を切り彼女を取ったマウリツィオは幸せな結婚生活を始めましたが、叔父(アル・パチーノ)とウマがあったパトリツィアは、彼の経営手腕に惚れ込み、次第に夫を一族でのしあげようと画策します。



 映画の方は、パトリツィアを主人公にして彼女が起こした恐るべき事件をメインに、ファッション界の明暗を赤裸々に描きながらも、当時の女性の社会進出のハードルや上流社会の排他性にも言及しており、観客を飽きさせない一級のエンタメ作品となっています。奔放でありながら愛情深く、自分に正直なパトリツィアを演じるガガと、作品によって全く雰囲気が変わるアダム・ドライバーに、限りなく豪華で目をみはる衣装やインテリアも見どころです。
 原作ノンフィクションの方は、グッチ誕生からお家騒動による経営状態の変化をつぶさに追いかけ、当時の競合ブランドとの熾烈な戦いなど、なかなかエグい驚愕の事実が明かされ、事件が起きた背景をより深く知ることができます。私見ですが、この事件をご存じの方は先に原作を読んでから、ゴージャスなヴィジュアルを味わってはいかがでしょう。逆に全く知らない方には先に映画をオススメします。その後原作を読めば、リドリー・スコット監督の脚色の職人芸に目をみはること間違いなしです。ぜひ両方とも。

 
 

 

◆作品タイトル:『ハウス・オブ・グッチ』
◆公開表: 2022年1月14日(金)より全国公開
◆コピーライト:ⓒ 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
◆配給:東宝東和
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監督:リドリー・スコット 
脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティベーニャ
原作:サラ・ゲイ・フォーデン『ハウス・オブ・グッチ 上・下』(実川元子訳、ハヤカワ文庫、2021年12月刊行予定)
製作:リドリー・スコット、ジャンニーナ・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ、マーク・ハッファム
出演:レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レト、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエックほか
原題:HOUSE OF GUCCI
北米公開日:2021年11月24日(水)

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♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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