今月もこんにちは! 先日、日帰りで兵庫県立美術館安彦良和展に行ってきました。もし関東に巡回したらもう一度観に行きたいです。新幹線の往復は読書に最適。今回は『恐怖を失った男』がちょうど読めきれました。

*今月の新シリーズ開幕本*
M・W・クレイヴン『恐怖を失った男』(山中朝晶訳/ハヤカワ文庫)

 ワシントン・ポーのシリーズが絶好調な著者の最新作はアメリカが舞台の新シリーズ! 主人公のベン・ケーニグはかつて連邦保安官局特殊作戦群の敏腕指揮官として犯罪者に恐れられる存在だったのですが、ある事件のせいでマフィアから高額の懸賞金をかけられ、身元を隠して孤独な逃亡生活を送っていました。ある日、小さな町で拘束されてしまいます。そこに現れたのはかつての上司。行方不明になった一人娘の捜索を頼まれますが、それは孤立無縁で死地に赴くことを意味していました。銃撃による頭部損傷のために恐怖を感じることがなくなったケーニグの大胆不敵な救出作戦は、まるで〈ジョン・ウィック+ランボー+300+エクスペンダブルズ〉の重厚バージョンといったところ。リー・チャイルドのジャック・リーチャーも思い出されますが、こちらは一人称で描かれているため、よりケーニグの冷静沈着度というか、臨機応変な攻撃や作戦の組み立て方が臨場感にあふれています。本国では秋には続編が出るとのことで、楽しみです!

*今月のプラマイゼロ(?)本*
マウリツィオ・デ・ジョバンニ『P分署捜査班 鼓動』(直良和美訳/創元推理文庫)

 ナポリの吹き溜まり分署ピッツォファルコーネ署シリーズの第4弾。事件の始まりは、分署近くのゴミ集積所に捨てられていた生まれたばかりの赤ん坊。発見者のロマーノ刑事をはじめ、刑事部屋の面々が全力で親探しにかかりますが、アラゴーナ一等巡査は突然目の前に現れた移民の少年から奇妙な依頼を受けます。21世紀の87分署との呼び声も高いこのシリーズは、本家同様、個性豊かなキャラクターたちが、同時に抱える複数の事件を捜査していきます。捨て子の親探しと行方不明の仔犬の捜索という一見地味な事件の裏に隠された意外な犯罪。その真相がどのような着地点を迎えるかはもちろん、刑事たちが抱えるそれぞれの事情が事件の解決にどう反映するのかが大きな読みどころになっています。本書はロマーノとアラゴーナの意外な(?)一面が物語のメインとなっていますが、かたやDVで家庭崩壊、かたや人種差別発言し放題という2人なので、今回の言動や活躍があったとしてもプラマイゼロとはまだ言えないなあ……なんて思ったり。でも今回の事件をきっかけに、今後は2人とも少しは心を入れ替えることを期待します!

*今月のびっくり作者本*
ルパート・ホームズ『マクマスターズ殺人者養成学校』(奥村章子訳/ハヤカワミステリ)

 まずは著者があのルパート・ホルムズだと知ってびっくり。映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でも効果的に使われた名曲“Escape”や、日本でも大ヒットした“Him”でおなじみのあの人だったとは。未訳のサスペンス小説 Where The Truth Liesはアトム・エゴヤン監督映画『秘密のかけら』(2005)の原作でした。
 本書の主人公クリフは、設計の不備を内部告発しようとして、航空機メーカーをクビになってしまいます。画策した上司の殺害をもくろみますが、失敗し、その場で逮捕され連行。ところが着いた場所は、なんと殺人者養成学校だったのです。物語は、あしながおじさん風にクリフが彼の支援者に向けて書いた日記をメインに、学校の規則やカリキュラム、彼を取り巻く学友や教職員について語られるのですが、これがもうなんともいえないブラックユーモアで彩られていて、読み終わった途端「うーん、やられた(笑)」と思いました。ちょっと変わったミステリが好きな向きには特にオススメです!

*今月のイチオシ本*
C・J・ボックス『暁の報復』(野口百合子訳/創元推理文庫)

 みんな大好き猟区管理官ジョー・ピケットのシリーズは、毎回いきなり読みはじめても問題なく面白く読めるのですが、今回は前々作『嵐の地平』を読んでいるとより面白さが増しますよ! 逆恨みをつのらせて出所したダラス・ケイツが、ジョーと家族に復讐を企てようとしているのを小耳にはさんだ知人がジョーに知らせようとしますが、その真偽を確認する前に、その男は遺体で発見されてしまいます。家族に重大な危険が迫っていると知りながらも、なすすべもないジョー。はたしてジョーは家族を守ることができるのでしょうか。
 ピックアップ・トラックはどうなるのかとか、おお! これは前知事のくれたアレではないか! とか、シリーズファンのお楽しみも満載。盟友ネイトがどのように関わってくるのかも読みどころの一つですが、今回はなんといってもあの人!! 世界最凶の姑ミッシーが再臨!!! 毎度期待を裏切らない華々しい離婚・再婚ステップアップを繰り返し、パワーアップしてのし上がる彼女。今回はどんなかたちで読者の度肝を抜いてくれるのか、ぜひ読んで確かめてください!!

*今月の新作映画*
『墓泥棒と失われた女神』(7月19日(金)公開)




 舞台は1980年代のトスカーナ地方。刑務所から戻ってきたイギリス人のアーサー(ジョシュ・オコナー)を、数人の男女が迎えます。彼らは墓泥棒の一味で、盗掘中に一人逃げ遅れたアーサーを置き去りにしたのです。古巣に戻ったアーサーは、大きな屋敷を訪れます。そこには行方不明になった婚約者ベニアミーナの母親フローラ(イザベラ・ロッセリーニ)が、住み込みで身の回りの世話をする女性イタリア(カロル・ドゥアルテ)と住んでいました。仲間たちの強引な誘いで、アーサーはまた墓荒らしの仕事に舞い戻ります。



 トスカーナにはエトルリア文明の名残があり、実際に墓荒らしがたくさんいたそうです。主人公のアーサーは得意のダウジングで次々にお宝を見つけますが、仲間たちにとって墓を暴くことは金目のものを見つけるためだけで、冒瀆的だとも思わず、宝飾品の芸術性などもまったく気にしていません。でもアーサーはそうではなかったのです。



 過去と現在が混じり合った物語は幻想的で、時にユーモラス。そして至るところに生命力と魔法が満ちています。輝く陽光と漆黒の闇が紡ぎ出す魅力的な作品です。ぜひ映画館で。


 


作品タイトル『墓泥棒と失われた女神』
公開表記:7月19日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
コピーライト:© 2023 tempesta srl, Ad Vitam Production, Amka Films Productions, Arte France Cinéma

監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル(『幸福なラザロ』『夏をゆく人々』)
出演:ジョシュ・オコナー、イザベラ・ロッセリーニ、アルバ・ロルヴァケル、カロル・ドゥアルテ、ヴィンチェンツォ・ネモラート

■2023年/イタリア・フランス・スイス/カラー/DCP/5.1ch/アメリカンビスタ/131分/原題:La Chimera
後援:イタリア文化会館
配給:ビターズ・エンド

■オフィシャルサイト&SNS 
公式サイトwww.bitters.co.jp/hakadorobou
作品公式X(旧Twitter)https://twitter.com/BittersEnd_inc


■映画『墓泥棒と失われた女神』90秒予告【アリーチェ・ロルヴァケル監督最新作】

  

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

◆【偏愛レビュー】本、ときどき映画(Web出張版)【毎月更新】◆

◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆