今月もこんにちは! 今回のラインナップはすべて、お待ちかねのシリーズもの最新作です!

*今月の満身創痍本*
アラン・パークス『闇夜に惑う二月』(吉野弘人訳/ハヤカワ文庫)


『血塗られた一月』に続くシリーズ第2弾は、前作の翌月となる1973年2月に始まります。心身ともに傷を負ったグラスゴー市警の刑事ハリー・マッコイは、職務に復帰するやいなや、前途有望な若手プロサッカー選手の惨殺事件を受け持つことに。彼は地元の大物ギャングの娘と婚約中で、容疑者として浮かび上がったのはボスに近しい手下の一人でした。怒り狂ったボスよりも先に犯人を見つけるべくマッコイと相棒のワッティーは捜査を進めますが、同じ頃教会で自殺したホームレスの男性が残した私物はマッコイの精神に大きな打撃を与えることに……。警察ノワールは数あれど、本書主人公ほどのトラウマを背負っているキャラクターはそうそういないのでは、と思わずにはいられません。まっとうな警官でいるために、おぞましい過去から救ってくれた親友を犯罪者として扱うことはできるのか。その葛藤から酒や薬に慰めを求めるマッコイ。本書ではそんな彼を崖っぷちに追いやるような衝撃の事実が発覚します。この結末から次作がどうなるかめちゃくちゃ気になる一冊です。ちなみに犯人の怖さも年間ベスト級!

*今月の昇進本*
ジェフリー・アーチャー『運命の時計が回るとき』(戸田裕之訳/ハーパーBOOKS)


 1作目の『レンブラントをとり返せ』では新米警官からスコットランドヤードの巡査へ、2作目の『まだ見ぬ敵はそこにいる』では巡査部長、続く3作目の『悪しき正義をつかまえろ』で内務監察特捜班を指揮する警部補だった主人公ウィリアムは、本書ではついに未解決殺人事件特別捜査班を率いる警部へと昇進。まだ三十そこそこなのにすごいキャリアですが、最初から読んでいれば彼にはそれだけの資質があることは一目瞭然。美術品詐欺、麻薬取り締まり、内務監察と毎回趣向の違う要素で楽しませてくれる本シリーズ、今回は複数の殺人事件!……だけではなくて、宿敵マイルズ・フォークナーがまたもや世界を股にかけて大がかりな犯罪を企んでいるという情報が。何度も煮湯を飲まされてきたウィリアムは、今度こそ奴を捕まえることができるのでしょうか。そして本書で主役級の活躍をするロス・ホーガンにも注目です。クライマックスはハラハラドキドキの手に汗握る大作戦。痛快なフィニッシュに拍手喝采! 続編も期待せずにはいられません。

*今月の素人探偵本*
C・A・ラーマー『野外上映会の殺人』(高橋恭美子訳/創元推理文庫)


〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉シリーズ3作目の舞台は、アガサ・クリスティー『白昼の悪魔』を映画化した『地中海殺人事件』野外上映会の会場。ブッククラブメンバーたちが座っていた場所のすぐ近くで、派手な言い争いをしていたかと思うと一目をはばからずイチャイチャしていたカップルの女性の方が首を絞められて死んでいました。暗がりで映画に没頭していたにしろ、犯行はおろか容疑者すら目撃しなかったメンバーは大ショック。しかものちに被害者の夫だとわかったカップルの片割れは彼らとほぼ一緒にいたのです。ブッククラブのメンバーたちは犯人探しを始めるのですが……。前述のアーチャー新作で、将来の夢はFBI長官だというアメリカ人学生とウィリアムの間にこんな会話がありました。
「刑事になるのに最も大事な資質はなんでしょうか?」
「生まれついての好奇心かな。それがあれば、何か不自然に感じたらすぐに気づくだろ?」
好奇心なら人一倍強いメンバーたちですが、ウィリアムが最も必要な資質だとする”辛抱強さ”に関してはどうでしょうか(笑)。前作で付き合い始めた刑事のジャクソンとのラブライフも好調なアリシアは彼から聞き出す内部情報をもとに、ミッシーやペリーは直感(?)でと捜査はやや暴走気味。特にリネット、危ないよ! 文中でも釘を刺されますが、相手は殺人犯なんだからもうちょっと慎重になった方が……と心配するのは私だけでしょうか(苦笑)。訳者あとがきによれば次作は『そして誰もいなくなった』の読書会会場が陸の孤島となって事件が起きるとか。それ、ぜひ読みたい!

*今月のイチオシ本*
シャルロッテ・リンク『誘拐犯』(浅井晶子訳/創元推理文庫)


 ロンドン警視庁の刑事ケイトが賃貸に出していた実家が、手のつけようがないほど借家人にめちゃくちゃにされていました。呆然として近くのB&Bに宿を取ると、そこの一人娘アメリーが行方不明になったことを知ります。タイミングを同じくして1年前に失踪した少女の遺体が発見され、両親は気が狂わんばかりに動揺しますが、ほどなくしてアメリーは奇妙な状況で生還します。ところが彼女は行方不明になっていた間の記憶を一切なくしていたのです。そんな奇妙な事件が発端となり、ケイトはかつて起きた別の少女の未解決失踪事件を調べ始めますが、それは世にも恐ろしい犯罪と血も凍るような真相を明るみに出すこととなるのです。
 前作『裏切り』で父親が惨殺された事件を担当した地元の警部ケイレブが今回も登場します。“自分で自分の足を引っ張ることにかけては才能があり、ときにはまったく関係ないことでも、攻撃されたと感じる”ような自己評価の低さから、周囲に対してつねに緊張し自分を守るために殻にこもりがちなケイトは、好意を感じていたケイレブとの関係も石橋を叩き壊すように自らダメにしていました。そんなケイトが本書ではまさかの大胆な行動に! すごいよケイト!よく頑張った!! でもその人は(以下ナイショ)!!! とても他人事とは思えないケイトの行く末がひたすら気になるので、次も絶対に読ませてくださいね、東京創元社さん!!

*今月の新作映画*
■『理想郷』(11月3日(金・祝)公開)■




 忙しない都会を離れ、スローライフに憧れてスペインのガリシア地方の村に移住してきたフランス人のアントワーヌとオルガの夫婦は、オーガニックの野菜を育てて市場で売ったり、過疎化が進む村で放置されている廃墟を修復したりと、ささやかで静かな生活を楽しんでいましたが、貧困にあえぐ村人たちには彼らの考え方は相容れないものであり、ことあるごとに諍いが起き、とりわけ隣に住む兄弟は敵意に満ちた目で彼らを観察していました。夫婦はよそ者であることは自覚しており、彼らなりに溶け込もうと努力をしていたのですが、ある日隣人のあからさまな嫌がらせに我慢できなくなったアントワーヌは、自衛手段として彼らの行動をこっそり撮影しはじめます。しかしそのことがやがて大きな悲劇の引き金になってしまうのでした。
一体どこからこんなふうに拗れてしまったのか、きっかけはなんだったのか、多少なりとも歩み寄れなかったのかなど、観客はいろいろ複雑な思いを抱きながら入り込んでいくと、事態は不安から恐怖を掻きたてるものへと変わっていき、緊張が最高潮に達したところで物語は切り替わります。



 本作は人間の恐ろしさを完膚なきまでに描き出すとともに、外国人差別や多様性への無理解の問題も提起し、他人の立場や考えを尊重することの大切さも観客に強く訴えます。可能であれば見終わってから誰かと話し合うことをお勧めします。なおアントワーヌ役のドゥニ・メノーシェが出演する映画『ジュリアン』(2017年)はDVを描いた映画の中でも屈指の怖さです。自分はクライマックスのシーンには心底恐怖を感じ、見終わった後もなかなか抜けきれませんでした。機会があったらぜひこちらもどうぞ。


 


作品タイトル:理想郷
公開表記:11月3日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
コピーライト:© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo
Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

出演:ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
脚本:イザベル・ペーニャ、ロドリゴ・ソロゴイェン
撮影監督:アレハンドロ・デ・パブロ 
2022/スペイン・フランス/スペイン語・フランス語・ガリシア語/138分/カラー/シネスコ/5.1ch
原題AS BESTAS/英題:THE BESTAS
字幕:渡邉一治
配給:アンプラグド
後援:駐日スペイン大使館、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
 
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■【予告編】『理想郷』2023.11.3 ROADSHOW■

 
 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









 

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