今月もこんにちは! 今年の映画ベストテンの発表の場が無いのでここをお借りします(勝手にすみません!)。
1位 ファースト・カウ 
2位 キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン 
3位 イニシェリン島の精霊 
4位 フェイブルマンズ 
5位 別れる決心 
6位 熊は、いない 
7位 鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 
8位 プチ・ニコラ 
9位 理想郷 
10位 逆転のトライアングル
 です。

*今月の業界本*
ゴーティエ・バティステッラ『シェフ』(田中裕子訳/東京創元社)


 ネットフリックスのクルーが世界最優秀シェフのドキュメンタリーを製作している最中、その主人公である三つ星レストランのオーナーシェフ、ポール・ルノワールが猟銃自殺を遂げます。ポールの一人称の回想と、周囲のひとびとによるポールにまつわる出来事が語られるにつれ、少しずつ自殺の謎が浮き彫りになっていきます。華やかな印象とは裏腹に、下積みの苦労が終わると今度は厨房での権力争い、やっと独立して店が持てたら今度は同業者としのぎを削る毎日、過酷な労働条件と家庭生活の両立の難しさ、そして星取りとそれを維持する重圧などなど、最高級料理業界での仁義なき戦いが赤裸々に描かれます。この物語で鍵となるのはフランスで最も権威のあるレストランガイド。作中では「ル・ギッド」という名前になっていますが、もちろんモデルはあの「ミシュラン・ガイド」。実は本書の著者はジャーナリストから「ミシュラン・ガイド」の編集部員となり、その後小説家になったという経歴の持ち主。主人公を含め、エゴとプライドのかたまりのようなキャラクターたちが大勢出てきますが、なんと実名でアラン・デュカスやジョエル・ロブション等も登場。まことしやかに語られる有名人たちのエピソードも著者が経験した実話に基づいているとのことで、なかでもオーソン・ウェルズ! いかにもって感じです。
 
*今月のロマサス本*
サンドラ・ブラウン『いきすぎた悪意』(林啓恵訳/集英社文庫)

 主人公はアメフトの元花形選手ザック。短い結婚生活の後、元妻のレベッカはセレブ界で多くの相手と浮き名を流し華やかな生活を送っていましたが、4年前ある事件の被害者となった彼女は、それ以来植物状態で生命維持装置につながっています。その事件で、元妻が自分に延命治療の決定権を与えたままだったことを知りザックは驚きますが、ある複雑な事情で彼はそのままにしておいたのです。ところがある日、州検事のケイトがザックを訪ねてきます。レベッカへの暴行事件で実刑を受けた犯人エバンが早期釈放されたというのです。果てしない財力と政財界に影響を持つエバンの父親による裏工作は、やがて取り返しのつかない惨事を引き起こします。年末のお楽しみ最新作はホットな主人公とクールな敏腕検事のコンビに降りかかる危機の数々と、あっと驚く怒涛の展開で読者をぐいぐいひっぱるのですが、今回は命と法の正義の間で究極の選択を迫られる主人公の葛藤も大きな読みどころとなっています。それが何なのかはぜひ本書でお確かめください。それにしても毎回かならずグッとくるフレーズがあるサンドラ本ですが、「破壊的なかっこよさ」なポスターって見てみたくないですか?(笑)
 
*今月のイチオシ本*
イーライ・クレイナー『傷を抱えて闇を走れ』(唐木田みゆき訳/ハヤカワミステリ)

 同じアメフト選手でも本書の主人公ビリーはアーカンソー州にある小さな町の高校の選手。アルコール依存症の母、乱暴な義父、そして幼い弟とトレイラーハウスで暮らしています。そんな生活から抜け出すには、試合で活躍してスカウトの目に止まり、町を出ていくしかありません。あからさまな差別や偏見で孤立するビリーに唯一手を差し伸べようとするのはよそから来た新任コーチ。しかしビリーは練習中にチームメイトに怪我をさせてしまい、悪質だとして大事な試合の欠場を余儀なくされてしまいます。この事件がもとで義父と争いになり、つい手を出してしまったあとビリーが家に帰ると義父は死んでいたのです。殺人事件の真相に近づいていく中で、若くして運命に背を向けられたビリーが抱える絶望や、将来を約束されていたはずの兄の現在、コーチの隠された過去などが少しずつ語られていきます。生き抜くための手段として暴力が身についてしまったビリーの苦悩が痛いほど伝わってきて本当に辛い。とても苦くて悲しい物語ですが、それでも読んでよかったと強く思いました。2023年MWA最優秀新人賞受賞作です。ぜひ。
 
*今月の新作映画*
『宝くじの不時着』(12月29日(金)公開)

 タイトルを見て「何このパクリは!」と思ったあなた、でもそのとおりの内容なんですよこれが!


 物語の発端はソウルの居酒屋でタダで配られ、忘れられたロトくじ。風で韓国と北朝鮮の軍事境界線の監視所まで飛ばされ、除隊間近のパク・チョヌ兵長(コ・ギョンピョ)の元へと舞い降ります。何の気なしにTVでやっていた抽選会の中継を見てみると、驚いたことに結果は1等で賞金6億円! もちろん誰にも内緒でくじを隠して監視任務についていたところ、うっかり手放したくじは風に飛ばされ、なんと境界線を超えて北朝鮮の領土に落ちてしまいます。やむを得ず夜中にこっそり非武装地帯にくじを探しに行ったチョヌは、北の兵士リ・ヨンホ(イ・イギョン)と出会い、彼がくじを拾っていたことを知ります。どっちが持ち主かでお互い引かない二人。くじが無いと当選金がパアになるチョヌ、くじがあっても換金できないヨンホの間では一向に解決策が見当たりません。そんなこう着状態だったのを救ったのはお互いの上官と同僚でした。二国間で(くじのためだけに一時的に)結ばれた同盟関係。高額当選金を得るために彼らが考えた一発勝負のマル秘作戦とは!?


 そのぶっ飛んだ設定と奇想天外な面白さで2022年に韓国でまさかの大ヒットとなった本作は、なぜかベトナムでも異例の大ヒット。韓国映画の歴代興収ベストワンに輝いたそうです。いやほんとこれ、超面白いんですよ!!! タイトルにだまされないで(?)ぜひ観てほしい! 大笑いして見終わった後、「現実もこんなふうに平和に解決できたらなあ……」とちょっとしんみりもしましたが、笑う門には福来る、世界に平和が来ますように!という願いをこめてオススメしたいと思います!


タイトル『宝くじの不時着』
●12月29日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

監督/脚本:パク・ギュテ
   監督『飛べ、ホ・ドング(原題)』(2007)
   脚本『結界の男』(2013),『達磨よ、遊ぼう!』(2001), 『北京飯店』(1999)
出演:コ・ギョンピョ/ウム・ムンソク/クァク・ドンヨン
    イ・イギョン/パク・セワン/イ・スンウォン/キム・ミンホ
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2022年/韓国/113分/シネスコ/5.1ch
原題:6/45
日本語字幕:岩井理子
字幕監修:松尾スズキ
提供:ツイン、Hulu
配給:ツイン  G
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公式サイトhttps://takarakujimovie.com/
X(旧Twitter)https://twitter.com/takarakujimovie

■『宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました』本予告

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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